40:月見湖での邂逅①

 商事の者が馬で並走しながら暫くすると建物が見え始める。


 集落のようにも見えなくはないが、全て商事が月見湖の管理で建てたのかもしれない。


 所々で何かの作業を行っている人の姿が見えた。


 ここもゆくゆくは観光地化されていくんだろうな。

 今、作業しているのも商事がここを独占し、利益を生み出す金の卵として見ているからだろう。


「此処から先は馬車は入らずに。そのまま停止してください」


 馬車の外で騎乗した女性の声が聞こえると、馬車も停車する。


 今度はエリが扉を開けて確認をする。


「ここで馬車は降りるって事で良いかな?」


 エリの声に女性は下馬した状態で馬を引いてこちらに来ると、告げた。


「はい。此処から先は馬車ではなく徒歩での移動をお願いしております。月見湖周囲は混雑防止、景観保護の為にそのように決められておりますので。馬車は脇に停車場がありますので、そちらに商事の者が誘導させて頂きます。皆様方も商事の者に案内させますので、降りた先の休憩所で座ってお待ち下さい」


 皆で降りて軽く伸びをして、案内の者が来るまで休憩所で椅子に座る。


 休憩所からでも月見湖は見えるな。

 こうやって静かに湖を見ていると、なんだか、休暇に避暑地にでも来た気分だ……

 実際、各地を旅して観光だから良いのか。


 もしも家族、奥さんや子どもが居たらこういう事もするのだろうか?

 前世も今世も実の親は居なかった。里親とも仲は悪くはなかったけれど、結局、家族として深い仲とも言えない。


 こっちでいつかは……家庭を持つ事もあるのだろうか……いや、名乗り上げている候補は居る訳だが。


 休憩所に居る皆を見回しながらそんな事を考えてしまう。


 すると通りから休憩所に入ってきた男性がお辞儀をし、声をかけてくる。


「皆様方、お待たせいたしました。月見湖の案内を任されております、ギュンターと申します。本日は月見湖の絶景スポットの御紹介と、開店しております商事の店等を紹介いたします。よろしくお願い致します。それでは参りましょうか」


 休憩所を移動して先に進むと月見湖を一望できる展望台が見えてくる。


「御足元にお気を付けてください。ここが月見湖展望台となります。昼は月見湖に照らす太陽の輝きの中、緑覆う明媚な山の鏡写し。夜は月見湖には月が映され、月見山のシルエットが薄暗い中に儚く見えます。静かな場所で絶景をお楽しみ頂けるかと。横道に進むと森林浴の出来る休憩所もありますので、そちらも行ってみてください」


 説明するギュンターが手を月見湖に向けて言った。


 確かに湖の水面が揺れ、キラキラと光を反射し、奥には緑豊かな山と湖に映る鏡写しの山。


 富士五湖に映る逆さ富士の様に、風光明媚な景色。

 これが夜中には月見湖に月と月見山か……


 良い休暇だ。昨日があんまりな経験をしたから嬉しいね。気にしないようにしていても、昨日の今日じゃな。


 だがそれでも、こんなに素晴らしい景観で吹き飛ばしてくれる。


「この景観は、確かに絶景ですね……」


「ほんとっ! 宝石箱みたいに湖面が煌めいて月見山に彩りを与えてる!」


「確かに、この景色は秘匿したくなるかも知れませんわね……下手に公開していたら静かな景色で楽しむ事なんてできなくなりそうです」


「……綺麗、ですね」


「何度見ても美しいでありんすなぁ。ジヒトはんに見せられて嬉しいでありんす」


 私含め、口々に感嘆の声が自然と出てくる。

 それだけ、この景色の雄大さ、荘厳さに圧倒されている。


「我々、商事の維持している景色の素晴らしさに喜んで頂けて大変嬉しく思います。後ろに控えておりますので、お声をお掛けください」


 そう言って展望台の出入り口まで下がるギュンター。


 それから暫くの間、私達は景色を見て静かに楽しませてもらった。


 展望台での景色を堪能し終わると、次の場所に案内してもらう。


「では、次にこの月見湖で開店している場所ですが、一般の方に公開はまだされておりませんので、商事の系列店となります。手前のレストランではラティア領で取れた野菜や山菜等をふんだんに使った料理が楽しめますし、奥のレストランではラティア領以外の料理も提供しております。御宿泊先のホウジョウ・ホテルで提供される朝食夕食でもお好きな方をコースで選べますので、御安心ください」


 レストランやホテルの説明を聞いているとお腹が減ってきている事に気付かされる。


 さっきまでは自然の景色で頭がいっぱいだったからだな。


「湖に面した建物ではボート貸出、それに遊覧船も出ておりますので、また違った景色が楽しめますよ。出向時間は気にせずに、皆様方のお好きな時に申し付けて頂ければ、と。簡単な説明ではありましたが、以上で御案内を終わらせて頂きます。何かあれば、作業をしている者でも各店舗のスタッフでも良いのでお聞きください。では、失礼致します」


 お辞儀をしてギュンターは去って行った。


 さて、ここからは自由な時間だけれど、まずは食事を楽しもうかな?


「散歩とかする前に、ちょうど良い時間だし休憩がてら昼食にしないか?」


「さんせーい!」


 エリの元気な声に皆、頷きを返した。


 その前にラティアの旅館に連絡いれておかないとな。レストランで注文前に聞いてみようかな。


 その後、ラティア特産品のレストランで楽しく食事をし終わり、暫く時間が経過した頃、次の場所の話が出始める。


「どうしよっかー? 別に今日の内に全部やらないと行けない訳でもないし、ゆっくりと日光浴とか森林浴でもするー?」


 エリは大分リラックスしているようで、普段見せないクタッとした姿で顔を机に乗せて言った。


「エリがそうやって休んでるの始めてみたよ」


「学園にいた頃は良く休み時間にやってましたわね。素のエリが出るって事は大分リラックス出来ている証拠ですわ」


「誰かが見てるって言っても商事の関係者だし、口は固いだろうからねー。今はラビルン領主の子女エリシアはお休みさー」


 その姿を見て皆で笑う。


 穏やかな休暇。

 こう言うので良いんだよ。むしろこういうのが良い。


「じゃぁ、暫くはこうしていようか。食休みも兼ねてさ。グデっとしてようか」


 結局、そのまま私達は飲み物やお菓子を食べながら、月見湖周辺を夕日が赤く染める景色をみた後に、宿泊先に移動した。


 夕食もラティア領のものを選んで食事を楽しみ、その後の天然温泉で更に体を休め、各自割り当てられている部屋で休む。


 ふぅ……今日は良い景色に、良い食事、良いお風呂、と良い事尽くしだったな……


 明日も楽しみだ……さて、お休み……

 お休み……? 本当に、お休みで良いのか?


 いや、良くない!! 


 お休みしては駄目だ! ボタンさんの所で話をしないと! 各自部屋を割り当てられてる今行かないで、いつ行くと言うのか!


 寝そうになっていた体を叩き起こし、ボタンさんの部屋に向かうとノックと呼び鈴を押す。


「はい? なんでしょう?」


「ジヒトです。お話があって、直接伺いました。夜分遅くで申し訳無いですが、よろしいでしょうか」


「ジヒトはん?少々、お待ちくだしんす。今、開けるでありんすから」


 そう言うと扉が開かれ、ボタンが顔を見せる。


「さぁ、どうぞお入りになさってくだしんす。いきなりで驚いたでありんすよ。ふふ……さ、イスに座って話しをしんしょう」


「すみません、うっかり忘れておりまして。失礼します」


 断るを入れて部屋に入り、ボタンの対面のイスに座る。


 本当、うっかりだった。居心地良すぎて忘れるとは思わなかった。


「話なんですけれど、私に幻影魔法を教えていただく事は可能ですか?各属性魔法は発現できるようになっておりますが、幻影魔法はまだ覚えていなくて」


「幻影魔法、でありんすか。なぜわっちに?」


「エリから幻影にかけてはラティア家が、と聞いておりましたし、特異魔法の件も軽くですが聞きましたので。最高の教師に教えて貰えれば、嬉しいな、と」


「ジヒトはん...…」


 うっ……凄い困った顔を見せられると……

 やはり駄目か……?

 困った顔で見つめられ続けると、物凄く、罪悪感が襲ってくるんですけれど……


 何か言って下さい……

 いや、もう私から言ってしまおう。


 「め、迷惑でしたよね。失礼し」


「幻影魔法であれば問題ありんせん」


 私の言葉を遮って言うと、ボタンは唇に人差し指を持っていき、ふふ、と笑った。


 いやいやいやいや……

 先程までの顔は何だったんだ……


 まさか、私がボタンの顔を見て困っているのを観察してからかっていたのか?


「い、良いんですか?良いんですね?私に手解きしてもらうって事で、良いん、ですよね?」


「良いでありんすよ」


 にっこりと妖艶な花が咲く。


 あぁ、きっとこの人には今後もこうやってからかわれるのかも知れないなぁ……


 私はそう思いながらボタンを見つめてしまった。


「それでは、部屋の中では味気ないでありんすから、外でしんしょうか」


 その声で私達は静かに立ち上がり、部屋を出るとホテル出入り口に向かった。

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