16:改めて、御挨拶を…ボクはホウジョウです。
散々、天界で私たちは泣きながら、思い思いに胸の内を吐き出し尽くす。
ルーティアが暫くするといそいそと照れ臭そうに離れ、ソーニャは頭を撫でながら隣に立ち上がる。
「じゃ、じゃぁ、ま、またね?」
「ジヒト、また呼ぶ。もしくはそう願うと良い。私達は貴方を見ている。後、私の加護も与えた。もし、何かあれば腕をみせて念じれば良い。私の加護を見えるようにしてあげる」
「あ、アタシも見えるようにしたげる!」
ルーティアは照れたように手を振りながら。
ソーニャは優しげな目を向け、穏やかにしながら。
ここに来る前のジヒトの顔と、今の顔とでは大きく異なっていた。
私は私であるけれど、タダヒサでもあるんだ……
その事を受け入れたお陰で、今の私の胸に去来していたあの痛みも、焦燥感もなくなっているのは……
魂の悲鳴が起きていないからなんだろうな……
朗らかな気持ちで二人に声をかける。
「また、近い内に。私はこの世界を楽しみたいと思います。過去にボクが変えた世界を、今の私で」
その言葉を聞き、ソーニャとルーティアは笑みを深め、私を見送ってくれた。
……
「う、うぅん」
暫く目を閉じて伸びをしてから、周りを見る。
今なお、倒れた応接室のソファに横たえられていたようで、周りにはエリシア、ハクト、エレノア、いつの間にか来ていたカムウェルにテナシー、ノトもいた。
「ジヒト!」
エリシアが心配した顔で抱きついてくる。
「あぁ、良かった……父さんが詰め寄ったりして倒れちゃったのか、何か体に病気でも、って不安になっちゃってたんだよ……」
抱きつきをやめ、エリシアはハクトをジトッとしたような目で見ながら言う。
「い、いや、エリちゃん、そんな」
「あなた、少し黙っていて下さります?」
エレノアに言葉を遮られて、ハクトは口を噤み黙った。
「それで、ジヒトさん。御身体は平気ですか? 気絶されていましたので、不用意に動かす訳にも行かず。ソファに横たえて回復魔法もかけましたが、効いている様子もなく、眠ったまま。本当に焦ってしまいましたよ」
心配したんですよ、とエレノアが優しく言う。
ここにいる皆にも心配をかけてしまったな……
私がいきなり倒れたもんだから……
「申し訳ありませんでした。色々と御心配おかけしてしまい……」
「良いんだよ、ジヒト! 色々とあって疲れもあったのかもね。魔法で回復しても精神は疲弊してたのかも知れないし!」
その言葉に首を振り、エリシア、ハクト、エレノア、静かに待機していたカムウェルやテナシー、ノトに聞こえるように声を出して言う。
「違うんだ。ボクが倒れた理由はそういうものじゃなかったんだよ。いつも感じていた物で、けれど否定してきた物で。それが苦しくて、辛くて、心が文字通り割かれる感覚だった」
私のいきなりの独白に皆は静かに聞きながら、どういう意味であるのかを考えているようだ。
だが私はそのまま独白し続ける。
「決してあり得る事ではなかったのかもしれない。けれど、ボクは、この世界に来れたんだ。あの時とは違うし記憶もないけれど、魂には刻まれていたんだ」
エリシアは、いつもは私と言う自分が、ボクと続けて言った事で違和感を覚えたようだが、聞き続けている。
「ボクは私でありながら、ボクでもあった。それはほんの一欠片、けれど、とても大事に思っていた記憶の1片。こうしてまた、見て触れるんだ…」
涙ながらに言葉を区切りエリシアやハクト等を見つめ、立ち上がって声を出した。
さぁ、本当の意味での……挨拶になるんだ……
ここから、私が始まると言っても過言じゃない。今この時から……
「改めまして、御挨拶を……ボクはホウジョウです。ただいま戻ってまいりました、エリ女史、ハクトさん」
その言葉を聞き、エリ女史はそれまで何を独白していたか、違和感の正体は何だったのかに気付いたようだ。
エリシアが改めて抱きつきなおすと言った。
「た、タダヒサ様! 父さん、タダヒサ様だよ! ジヒトはタダヒサ様だったんだよ!」
その言葉に遅れて理解したようで、ハクトも目を潤ませながら聞き返してくる。
「さ、先程は否定されて、おいででしたが……タダヒサ様、なのですか? 本当なのですか?」
気絶する前に違うと宣言してしまったからな……
少し恥ずかしい気もするが、仕方がないよな……
先ほど私も知ったばかりなのだから。
「えぇ、ボクはタダヒサであり、今の私はジヒトです。魂は罅割れ一欠片分ですが、戻って参りましたよ。ハクトさん」
少し恥ずかしそうに頬をかきながら言った。
改めて私からタダヒサであると同意を得たハクトは引っ込んでいた涙がドバドバと溢れ出したようで、顔は鼻水と涙で大洪水となる。
あ~あ~…大の大人がこんなにも涙を流して……
でも、そうか……そこまで、思ってくれていたんだよな……
ありがとう。私が消えた後も思い続けてくれて……
ここにいる人や、記憶にない人がいたからこそ、私もここに期待と願ったはずだから…
カムウェルやテナシー等はいきなりの事もあり、まだ事態を飲み込めないままのようで、虚ろな感じで話し出す。
「タダヒサ・ホウジョウ様はお亡くなりになられて、あれは」
「5年前です」
「分かっとるわ。それがジヒト様だったと?」
「そのようです。国を挙げての一大事になりそうです」
「とすると私は、儂は、ホウジョウ様に魔法を教えた師匠となるのですかな!? なんと凄い! なんと!」
「魔法狂いなカムウェルさんが師匠を名乗るのは些かホウジョウ様に失礼かと思いますが……」
そんな会話をしているとノトは静かに部屋を出て行った。
恐らくは、私がタダヒサであると伝えた事で、これからの歓迎の事などについて使用人等と話し合いに行ったのだろう。
その後もタダヒサとしての記憶はないながらも、楽しげに懐かしさを感じながら集まる顔ぶれを見やる。
ただいま、
私は、ボクが変えようと努力し変わりつつある
行ってくるよ。
この日、初めて異世界で自分を知り、向き合った。
そして改めて、この世界で生きていこうと、人生を謳歌しようと心に誓い、行動していこうと決意した日だった。
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