第6話 『恋愛裁判・異議あり!』

昼休みの教室。悠真が机に肘をつき、ぼんやりしていると、千明がすかさず隣に座った。


悠真、さっきの体育で私にパスくれたよね?」


「お前が一番近くにいたからな」


「でも、それってつまり……私にボールを渡したかったってことでしょ? もうこれ実質告白じゃん!」


「お前の頭の中どうなってんだ」


「悠真、今日も相変わらずカッコいいね!」


「お前は相変わらずうるさいな……」


「はい、今の発言いただきました! “相変わらず”ってことは、いつも私を意識してるってこと!」


「そんなわけあるか」


悠真がげんなりした表情を浮かべる。そのやり取りを見て、クラスメイトたちはクスクスと笑っていた。


「なあ千明、お前のその“当たり屋”ムーブ、前から思ってたんだけどさ……」


不意に直樹が腕を組みながら口を開いた。


「お? 何?」


「お前、悠真の発言を全部恋愛方向に持っていくけど、それって本当に無意識なのか?」


一瞬、教室が静まる。玲奈が興味深そうに顔を上げた。


「確かに千明って、悠真の発言を全部“好き”に変換するよね」


「しかも悠真が否定しても強引に押し切るし」


「千明、あなた無意識を装って実は計算してるんじゃないの?」


「ちょ、ちょっと待って!? 私、そんな策略家じゃないし!」


クラスメイトたちがざわつき始めた。


千明は一瞬固まったが、すぐにニヤリと笑った。


「……いいね、それ。じゃあ、証明してあげるよ!」


「証明?」


「もし私が意識的にやってるなら、それはもう悠真のことが本当に好きってこと。でももし無意識だったら……ただのクセ!」


「……いや、それどっちに転んでもお前の勝ちじゃねえか」


「そう、つまり!」


千明は悠真の前に立ち、堂々と宣言する。


「私は悠真が好き! だから、恋愛裁判も何も必要ないってこと!」


教室がどよめく中、悠真は頭を抱えた。


「はぁ……やっぱお前、最強にめんどくさいわ」


玲奈は苦笑しながら呟いた。


「……でもこれ、千明の勝ちってことでいいんじゃない?」


しかし、その瞬間——


「異議あり!!」


大きな声が教室に響いた。


「直樹……?」


悠真が目を細める。


直樹は椅子を引いて堂々と立ち上がり、黒縁メガネを押し上げた。


「俺はずっと疑問に思っていた。千明、お前の“当たり屋ムーブ”にはあるパターンが存在するんじゃないかって」


「えっ?」


「例えば、悠真が何か言うたびに、お前は必ず恋愛方面に話を持っていく。そしてその発言には一定の法則がある!」


直樹はノートを取り出し、授業そっちのけでメモしていた千明の発言一覧を読み上げた。


「“悠真がプリントを貸してくれた=これは共同生活の始まり”」


「“悠真がため息をついた=私に惚れてるから苦しいんだ”」


「“悠真が『お前、めんどくさい』って言った=好きの裏返し”」


「これはもう完全にクロだろう!」


「ちょ、待って!!」


千明は慌てて立ち上がった。


玲奈が判事役となり、冷静に問いかける。


「被告人、何か反論は?」


「その……それは、本能的な発言であって、計算じゃないんです!」


「つまり、好きすぎて勝手にそう解釈しちゃうと?」


「そ、そうそう!」


玲奈がニヤリと笑った。


「では、千明が悠真を好きなのは確定ってことね?」


「……」


「……」


沈黙が落ちた。


そして——


「異議ありいいいいい!!」


千明が勢いよく机を叩いた。


「ちょっと待って! これは私の裁判じゃない! 私が悠真を好きかどうかを決める場じゃなくて、無意識か計算かの裁判だったはず!!」


「でも結論出たわね?」玲奈がクールに言う。


直樹は腕を組み、満足げに頷いた。


「つまり千明は“無意識”ではなく、“好きすぎて思考が飛躍する”ということだな」


「ぐぬぬ……!」


千明が唇を噛む。


「判決を言い渡す!」


玲奈が手を叩いた。


「千明は、悠真を好きすぎて暴走する罪により——有罪!」


「異議あり——って、もういいや!」


教室中に笑いが響く中、悠真は深くため息をついた。


「はぁ……やっぱお前、最強にめんどくさいわ」


「でも、そこがいいんじゃない?」


千明がニッと笑いかけると、悠真は「知らん」と顔をそむけた。


玲奈は苦笑しながら呟いた。


「……もうこれ、千明の勝ちでいいんじゃない?」


こうして、“恋愛裁判”は千明の一方的な勝利(?)で幕を閉じたのだった。


——END——


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