忍者の葛藤。

いなずま。

第1話 杞憂だろ

刀を握る手には汗が滲んでいる。

その汗は焦りからの物ではなく、怒り、または男たちからの蒸し暑さからのものだった。

刃の先には僅かに血がついており、ポタリ、とまた一粒地面へ垂れ落ち、雫が波紋を作った。

少年の目の前には三人の大男。

ただ、胸を凹まらせたり膨らませたりしながら気絶していた。


「愚か者が」


その目は軽蔑しながら男たちを見下ろしていたが、男たちは決して苦しんではいなかった。

むしろ快眠だ安眠だというように、スヤスヤと寝息を立てていた。

(男どもの寝顔は見苦しい)

マスクの代わりにし、口に巻いた黒い布を当て直して少年は体の向きを変えた。

そうして黒い色のマントを翻す。


ガラスから覗く月光が少年を明るく照らし、その姿はまるで忍者だった。



◇◆◇◆



「九鬼くん。今回もナイスだったよ〜」

「……仕事なんで」


黄色のネクタイをして、全体的に灰色でコーディネートされた高価な服装を纏った男は親指を立てて笑うが、九鬼と呼ばれた少年は視線を外してぶっきらぼうに答えた。


「ダメじゃないか。こういう時は「どういたしまして」っていうんだよ。君もまだまだ未熟だね」

「───はぁ」

「ま、九鬼くんはそういうところが可愛いさ」


と男は言いながら、優しく漆黒の髪を撫でた。

しかし、その手は一瞬にして振り払われてしまう。

九鬼はそのまますぐ後ろに下がって、男から距離を取った。


「柊さんも、誰もがそんな距離感じゃないって気づいた方がいいっすよ」

「努力するよ」


そういうと、九鬼は姿を消した。

それは一瞬、身を翻した瞬間。雪が溶けるように、蝶が舞うように速く静かだった。

一人になった部屋で柊は再度笑った。



一方の九鬼は今日も屋敷の外の見回りをする。

屋敷は高い煉瓦造りの塀で囲われていおり、外からなかなか覗けない高さとなっている。

そして塀は一周約1キロもある超VIP屋敷。

そのため見回りは九鬼一人ではなく、4、5人で離れた場所を歩いていた。

見回りの交代時間のため門の前まで来ると、門番に「お疲れ様です」と敬礼された。

すると、タイミングを見かねたように玄関が開く。


「大和くん出歩いちゃダメでしょ。今から懸賞金発表されるっていうのに……」


不機嫌そうに口と眉を歪ませた少女が立っていた。

色素の薄い萌黄の髪、エメラルドのように輝く瞳。

彼女の名は柊 彩芽あやめ。この屋敷の家主の娘だ。


「杞憂だろ」


そう告げて九鬼大和は中に入った。

ズンズンと奥へ進もうとしたが、彩芽がついてきていない事に気づく。


「ハックしたいんだろ」

「うん!」


目を輝かせて言い、大和を追い越して部屋の方へ走っていった。

(分かりやすい性格だな)

きっと世に出ればすぐに丸め込まれるだろうと、容易に想像がついた。

危なっかしいな、とも思いながら、大和も部屋に入る。

カーテンやベッド、いろんなところの装飾にレースの多い、豪華な部屋。

全体的に白やピンクでまとめられていて、可愛いと言われる部類の部屋だ。

ただし、部屋の隅、どう頑張っても窓の外から除けない位置に、扉があった。

中に入ると、たくさんパネルのついたパソコンが置いてある。

そして机には2台のキーボード。

床には大きな機械が四つほど。

ありとあらゆる精密機器を備えた部屋があった。


「大和くん!許可を!」

「よし」

「はーい!」


───彼女はハッカーである。

ただし、有能すぎて色々問題を起こしているので、俺の管理下の元使用している。

彩芽はパソコンを起動して、パスワード、指紋、顔認証でパソコンのロックを外す。

カタカタとキーボードをいじること数分……。

彩芽はスパイ連合の極秘サイトを開いていた。


「あと三十秒で懸賞金発表だね」


懸賞金発表、というのには少し語弊がある。

このサイトが他のスパイたちに公開されるのは明日だ。

そのサイトでさえ極秘なのだから、準備段階であるこのサイトは超超極秘サイトである。

それをいとも簡単に開くとは……本当におっかない、世界レベルだろ、と大和は思った。


「3、2、1……どんっ、て……え?」


カウントダウンをして、効果音までつけた彩芽の口がいきなり止まった。

いつもはこの上なくうるさいのに、と疑問に思いながらも大和も画面を覗き込む。


「は?」


そこには、ありえない額が書かれていた。



懸賞金名簿〈新米〉※この金額は変更されることがあります。


赤田竜平あかだりゅうへい戦闘員 1億

出雲圭人いずもけいとハッカー 700万

九鬼大和くきやまと戦闘員 10億

志摩朱莉しもあかりスナイパー 1000万

千両千門せんりょうせんもん 5000万

百目鬼亜門どうめきあもん戦闘員 500万

百目鬼羽門どうめきうもん戦闘員 500万

柊彩芽ひいらぎあやめハッカー 3000万

村雨好帆むらさめりぼんハッカー 1000万

矢吹流星やぶきりゅうせい罠師 3000万

冷泉華れいせんはな情報屋 1000万


以上が高額懸賞金をかけられたスパイです。

           ・

           ・

           ・



中には彩芽の名前もあるが、そんなことは問答無用で大和は目を擦って、もう一度自分の額を見る。


九鬼大和くきやまと戦闘員 10億




(なんか俺だけバグってね?)

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