空を飛ぶあなたと存在を消す私
@77810
第1話 届ける声、見えない姿
学校の廊下を歩きながら、授業中の教室を何とはなしに眺めていた。
ざわめきの中に自分の居場所はなく、どこにも属していない感覚だけが残る。
ふと気づくと、私は屋上へと続く階段の前に立っていた。
いつの間にここまで来たのか、自分でもよくわからない。
屋上の扉は閉ざされている。
けれど、その先に何かがある気がして、私は足を踏み出した。
一歩、また一歩と階段を上る。
扉を押し開けた瞬間、まぶしいほどの青空が広がり、頬をなでる風が解放感を運んできた。
無意識に息をのむ。
けれど、その感動はすぐに違和感へと変わった。
屋上を見渡すと、フェンスの向こう側――ギリギリの縁に、一人の女の子が立っている。
揺れるスカート。風になびく髪。
多分、私は知っている。
あの子のことを。
――いや、本当に?
そうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
「何をしてるの?」
私は声をかけた。
フェンスの向こうに立つ後ろ姿が、わずかに震えたように見える。
――あ、聞こえるんだ。
その瞬間、彼女の足が一歩、前に踏み出された。
そこには何もない――本来なら、踏み出した瞬間に落ちるはずの空間。
私は咄嗟に駆け寄った。
――でも、落ちない。
そのまま消えてしまうはずの彼女は、まだそこにいた。
何もない空間に、ただ浮かんでいる。
「……どうせ死なないから、どこにいても私の勝手でしょ。」
彼女がぽつりとつぶやく。
初めて聞く声だった。
静かに振り向く横顔に、乾きかけた涙の跡が残っている。
完全にこちらを向く直前、彼女の目が見開かれた。
「えっ……?」
驚きの声がこぼれる。
――そうだよね。
私は、ふと思う。
「ここにいるよ。あなたが見えないだけ。」
彼女の身体がわずかに引かれる。
声だけが響く空間で、私の存在をどこかに探しているようだった。
「とにかく戻ってきなよ。説明するから。」
今度は素直に、フェンスの内側へと足を戻す。
屋上の床に降り立った瞬間、女の子は私のいるはずの方向へ顔を向け、声を投げかけた。
「誰が喋ってるの?」
驚きと涙が混ざった顔を見て、ふと遊び心が湧いてきた私は、すぐには答えなかった。
「ほんとに誰? 幽霊とかじゃないよね?」
さっきまでの無表情は跡形もなく、目を丸くしたその顔には、はっきりと動揺の色が浮かんでいた。
「怖がらせちゃってごめんなさい。幽霊じゃないよ。私もあなたと同じ、ちょっとだけ特別な力を持ってるだけ。」
誰にも見えないとわかっていても、私はにこっと笑ってそう答えた。
「力…? あー……」
何かを察したような表情を浮かべ、女の子は口ごもる。
「私はね、自分の存在を消すことができるの。だから誰にも、私のことは認識できない。」
淡々と説明すると、彼女は眉を寄せた。
「認識って……でも私は、まだあなたの声、聞こえてるけど?」
まるで『?』のマークが顔に浮かんでいるかのような表情。
――表情豊かでかわいいな。涙の跡が残ってるのが、なんだかもったいない。
もちろん、それは口にしなかった。
「それはきっと、あなたも力を持っているからじゃないかな。正直、私の声に反応してくれたのは、あなたが初めてなんだ。」
疑いを和らげるように、私は少し言葉を付け加えた。
「なるほどね。それで、こんな時間にこんなところにいるのか。」
納得したのか、女の子の顔から緊張が少しずつ抜けていく。
けれど、その瞳には再び、焦りの色が戻りはじめていた。
「それを言うなら、あなたの方がよっぽど危ないよ。姿を消せてるわけじゃないのに、あんなところに立って、しかも普通に空を飛んでたりしてさ。」
私は軽く言い返す。
「別に。あなたみたいに、存在そのものを消せるわけじゃなくても……私のことなんて、誰も見てくれないし。」
女の子は視線を落とし、静かに続けた。
「それに、あの角度は校舎からは死角になってる。誰にも見えない場所だって、ちゃんとわかってる。」
無表情のまま、曇った声で語る彼女の言葉には、妙な確信があった。
――なるほどね。死角まで考えて動いてるなんて、偉いじゃん。
……まあ、やってること自体は褒められたもんじゃないけど。
それが、私の彼女への第一印象だった。
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