元最恐だった魔王が転生したらちっこい死神になった

月影いる

最恐(だったはず)の魔王


かつて世界を支配し滅ぼした凶悪な魔王がいた。

膨大な魔力と力を蓄え、優秀なドラゴンや魔法使い、騎士などの部下を率いて虐殺を繰り返すその姿から人々は“最恐の軍団を率いる最恐の魔王”だと口を揃えて言った。

そんな恐ろしい魔王も歳には敵わずいつしか死に絶え、脅威は消え去った。


それから長い長い年月が経った。

世界は平和を取り戻し、人々はより一層復興に力を注いだ。

そして今では、過去に滅ぼされたことなどなかったかのような活気に満ち溢れた生活を取り戻している。

人々が再び平和にのびのびと暮らしている頃、闇の中で静かに目を覚ました者がいた。


かつて最恐と呼ばれた魔王。

彼は漆黒の闇が支配する無の空間に漂っていた。

ふと、眩い光が彼を包み込む。

その光の強さに彼は思わずゆっくりと目を開いた。


「あ、起きた。どうも、一応女神です。あなたが元魔王さん?」

目の前になんか神々しそうな姿の女性が一人、こちらを覗き込んでいた。

「あ、どうも。え、多分。」

つられて彼もいそいそと返事をする。

目覚めたばかりで頭もぼーっとしているし、正直記憶も曖昧なのでよく分かってはいなかったが勢いのままそう答えた。

それを聞くと自称女神は、あちゃーって苦い顔をして申し訳なさそうに

「いえ、ね。なんか魔王ってすげーなって思って。興味本位で復活させようとしたんすよ。…あの、ちょっとばかりミスっちゃって。まあ形にはできたんすけど…」

とぶつぶつ言い出した。

急に何やら訳のわからないことを言ってくるし話し方もやけにフランクになるしで流石の元魔王も困惑しながら

「え…?何?どういうこと?」

と、要点をまとめてくれと言わんばかりに問いただす。

自称女神は、こういうことっす、と彼の前に手をかざした。

すると、光が一直線に集まり一枚の鏡が現れた。

「…は?」

彼は思わず声を上げる。

そこに写っていたのは…一人の小さな少年の姿だった。

「え、二頭身?子供?にしてはちっさくね?」

絶対そういうことじゃないところにツッコミを入れている彼。

「いや、三くらいはあるんじゃないか?」

割と真剣な顔でツッコミにマジレスを返している自称女神。


少しの沈黙の後、彼が突如叫び出した。

「俺、ちっせー!?おかしくね!?昔は身長190とかそんくらいはあったんだけど!?何、小動物!?え?30センチある?」

次々と飛び交う言葉をはたき落とすように手を振りながら自称女神は、いや流石に30センチはあるから安心しろ。と促した。

「ああ、そうだ」

思い出したように彼女は続ける。

「職業なんだけどさ、折角だからまた魔王にセットしようとしたんだけどさ、誤爆して死神になっちゃった。」

もう半分投げやりな告白に彼はさらにツッコミを入れる。

「いやいやいやいや、まず職業魔王って何よ。俺昔職業魔王やってたの?なんかダサいんですけど…じゃなくて、死神って何よそれ。職業としてあっちゃ絶対ダメなやつでしょ。そこちゃんとしないとダメだよ。」

ツッコんでいるのか注意しているんだかよくわからないがとにかく否定したいらしい。

「まあ、間違えちゃったもんは仕方ないよね。とりあえず、あなたは死神ということで転生するから。」

半分どころか完全に投げやりになった自称女神。

彼は慌てて止めに入る。

「ちょっと待てって!死神なんてやったこともなりたいと思ったこともないんだぞ!?そもそもお前がなんかしら設定をミスったりしなければこんなことには…」

「はいはい!私まだ見習いだからそういうこともあるの!あ、死神は定期的に人間の魂狩ってこないと消えちゃうからね!気をつけてね!後一応助っ人?も用意しておいたから!じゃあねー!」

彼の反論虚しく自称女神は彼の言葉を遮るように言い放って消えていった。

「ったく一体なんなんだよ…死神?そんなもんどうすりゃいいんだよ…それに助っ人って…?」

ぶつぶつと悪態をつきながら一人残された彼はその場に座り込んだ。

光が遠くなり、再びあたりに漆黒の闇が戻る_その時だった。

突然、真下に穴が空いたかのように、彼は垂直に落下していく。

「うわあああああああああああ!!!!」

彼の叫び声はみるみるうちに小さくなり、そして消えていった。




あたたかい風を感じる。

光が眩しい。

ゆっくりと目を開く。

気がつくと、全く知らない草原に横たわっていた。

「ここは…?」

ゆっくりと起き上がろうとしたその時、グンっと何かが引っ張られて彼は大きく仰け反る。そして再び地面に勢いよく横たわった。

「…いってえ!なんなんだよいきなり!」

彼は空に向かって怒鳴りながら上体をゆっくり起こすと辺りをキョロキョロ見渡した。引っ張られるものなど何もない。

そして再び立ちあがろうとすると自分が何かを踏んでいることに気がついた。

「これは…マント…?」

黒い大きな布が地面に敷かれているのかと思ったが、どうやら自分がそれを身につけているらしい。首元にある大きな赤いリボンがそれを証明していた。こいつを踏んで転んだのか、と彼はため息をついた。

そして、未だよくわかっていない現状を混乱した頭で考える。

どうしてこんなことになっているんだっけと思い出しているうちに彼は自分の置かれた立場をようやく理解し、険しい顔をしたまま大声で

「あのクソ女神!!本当に俺を死神とやらに転生させやがったな!?」

天に向かって叫んだ。

彼の叫び声だけが虚しくこだまするだけでなんの返答もない。

「あークソ!!」

再び草の上に横になる。

青く広がる空にゆっくりと流れる雲。そして、毛玉。

…毛玉?

『おはようございます。魔王様。』

目の前にふわふわと飛んできたピンク色の毛玉が突然喋り出した。

「…え?」

目を擦り何度も確認する。明らかに何かが浮いていて、それがこちらに話しかけている。

「…きっとまだ寝ぼけているんだ。頭もぼーっとしてるしな。」

そういうと彼は眠ろうと目を閉じた。

『待って!寝ないでください!私です!かつて貴方様と共に戦ったドラゴンです!』

毛玉が必死に訴える。

それを聞いて流石に彼も飛び起きた。

「え、ドラゴンってまさか俺の側近ポジションだったアイツか!?てかお前そんなに丁寧に喋るやつだったんだな…」

長い年月を経て判明した衝撃の事実に彼は心底驚いた。

『流石に私とて言語を話すことができなかったので…』

少し照れくさそうに毛玉が話す。


かつて、魔王の近くにはいつも凶悪なドラゴンが存在した。

大きな翼で空を飛び、空中から街を全て焼き尽くすほどの灼熱の炎をはく。

鋭い爪は空気までも切り裂き、鋭い牙は容赦なく獲物を食い殺す。

そんな、魔王にとって優秀な右腕だった。

それがこの毛玉。今は鋭さもかつての恐ろしい面影も何もないが。


「それにしても…なんで毛玉なんだ…?」

彼は不思議そうに尋ねる。

『それが…女神様曰く、なんか可愛くしてみたかった、だそうです。』

困惑したように言う。

「あのクソ女神は腕も悪けりゃセンスもねえんだな!!」

はは!と笑いながら空を見る。

『まあ、これはこれで動きやすくていいものですよ。少し風に流されやすいという欠点はありますが。』

毛玉はうんうんと頷きながらさりげなく自称女神をフォローした。

ふん、と鼻を鳴らして元魔王は転ばないよう気をつけながらゆっくりと立ち上がる。

「あれ…?」

あまりの視線の低さに、彼は立ち上がれているのかどうか何度も確認している。

「あ、そういえば俺…二…じゃなくて三頭身くらいになっているんだっけ…」

思い出すと同時に愕然とした表情で元魔王は膝をつき、その場で項垂れた。

「ちっせえ…」

ぼそっと呟く。自称女神と話していた時は、体が浮いていたためあまりの低さに気が付かなかったのだ。

それをみていた毛玉が慌てて

『そのお姿ならば、狭いところに入り込んで普通の死神が狩れない魂も狩ることができましょうぞ!』

と力強く言った。

「そもそもそんなところに人の魂があるわけないだろう…」

項垂れながら元魔王は弱々しく言う。

『あ、あるかもしれないではないですか!!』

苦し紛れに言い放つ毛玉は汗を流ながら元魔王の周りをふよふよと彷徨っている。


そんなんでこれからの死神ライフはまともに送れるのか…


ちっこい死神と毛玉の旅が始まった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る