御神木

青色豆乳

御神木

 私の祖母の実家は寺だった。祖母に育てられた私は、幼いころからその寺によく通っていた。

 境内には巨大な楠があった。田舎の小さな駅からも見えるほどの大木で、祖母の弟である住職はそれを「御神木」と呼び、絶対に傷つけてはならないと厳しく言っていた。そう言っているのは彼だけで、他の誰も由来は知らなかったのだが。


 私が五歳のころ、その樹皮を剥がして遊んでいたときのことだ。


「罰が当たるんじょ!!」


 突如、怒号が響いた。驚いて顔を上げると、住職が鬼のような形相で立っていた。

 次の瞬間、私は腕を引っ掴まれ、境内の石畳に叩きつけられた。痛みよりも、何が起こったのか理解できず、ただ泣いた。


「やめてください!」

 住職の奥さんが駆け寄り、私と一緒に謝ってくれた。しかし、住職は聞く耳を持たず、奥さんにも拳を振り上げた。


 その後も、役所が防災の観点から木の剪定を求めても、住職は頑なに拒んだ。奥さんが「近所の迷惑だから切りましょう」と言ったときなどは、彼女を家から追い出してしまった。


 住職は人格者ではなかった。酒癖が悪く、酔うとすぐ手を上げる。家庭も荒れ、息子である副住職は心を病んで亡くなった。


 それでも住職は異様なほど長生きした。階段から落ちて頭蓋骨を骨折しても、胃がんになっても、九十を超えてなお酒を浴びるように飲んでいた。


 そしてある日、住職は死んだ。


 木のそばで。


 死後、回り回って私の兄が寺を継ぐことになった。そして先日、ついにあの木を切ると連絡があった。


「せっかくだから、まな板を作ったんだ。お前にも一枚やるよ」

 兄から送られてきたそれは、淡い木目の美しいまな板だった。

 だが、私はその表面に妙な模様があることに気づいた。どこか、人の顔のように見えた。


 まな板を傾けると、木目が微妙に変化し、怒りに歪んだ顔が浮かび上がる。


「……罰が当たるんじょ」


 背後から、耳元で囁かれた気がした。

 反射的に振り向いたが、誰もいない。


 ――それ以来、私はまな板を使えずにいる。


 処分しようとしたが、何度捨てても、気づけばキッチンに戻っているのだ。



 ――


 以上は、私が実話を元にして書いた小説だった。


 しかしある日、実家から宅急便が送られてきた。そこに入っていたお念珠から、この小説が現実とリンクしていくが、この時の私はまだそれを知らなかった。

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