世界から「白色」が消えた日

みららぐ

白色がない!!



朝起きたら、何故か世界から「白」色が消えていた。


その「白」の代わりとなっていたのは、何故か全て「赤」だった。



昨夜までは確かに白かった部屋の天井や壁も何故か赤に変わり、

スマホの画面に表示されているデジタル時計の表記も白から赤に変わり、

窓の外から見えている、寒空に浮かぶ雲の色も白ではなく何故か全て「赤」という異様すぎる光景に変わっていた。


「…何だコレ」


俺は独りそう呟きながら、とりあえず眠気眼で赤くなった雲をスマホのカメラに収める。

今日は、木曜日の平日。

「赤い雲とか初めて見たw」とSNSに投稿してそれを閉じると、学生服に着替える前にとりあえずトイレに行こうと部屋を出た。


しかし、部屋を出た直後。

昨夜までは真っ白だった廊下の壁や天井までもが真っ赤になっていることに気が付き、俺は衝撃を受けてその場に立ち尽くした。


「何がどうなってんだよ…」


まだ寝起きで頭はボーっとしていたが、その異常な光景を目の当たりにして、意識が少しずつはっきりしていく。

…もしかして俺、まだ夢の中にいんのか…?

そう思いながら自分の頭を左手で殴ってみるが、ちゃんと痛い。


夢じゃ、ない。

…え、何だこのおかしな世界は。


…もしかして、夜中の間に家をリフォームか何かしたのか?

なんて、赤い雲を見る限りそんなわけないのだが、そう思って心を落ち着かせなきゃ頭がパニックになりそうだ。

だから俺は「一旦トイレで落ち着こう」と、目の前のトイレへ繋がるドアを開けるが…


「っ、うわっ!?」


しかし。


その奥にあるいつもと同じはずのトイレの便器も、何故かいきなり「真っ赤」になっていた。


え…はぁ!?何だこれ!!?

いやいきなり意味がわかんねぇ…!!


突然真っ赤になってしまった便器を前にして、わずかにあったはずの尿意もどこかへと吹っ飛んでしまう。

よく見るとトイレットペーパーも全て真っ赤になっているのが視界に入って、思わずゾッとした俺は直ぐにトイレを後にすると、パジャマのまま1階のリビングへと駆け下りた。


「っ、母さん!なんか家中が変だよ!」

「え?」


1階に下りた先にあるリビングのドアを開けるなり、俺はキッチンに立つ母親にそう言った。


もちろんその1階も2階と同じく天井や壁など全てが真っ赤になっていて、その中で父親と妹が普通に朝食を食べている。

しかも、父親がスーツのジャケットの下に着ているシャツも真っ赤だし、中学生の妹が着ているセーラー服も、昨日までは確かに白かった部分が、何故か赤に変わっている。


俺は今にも気がおかしくなりそうになりながら母親に近付くが、その母親が立つキッチンに近付いた瞬間、思わずビックリして言葉を失った。


…───母親の目、白目だった部分が…真っ赤になっている…。


「!?───…っ」


「ちょっと何よ、パジャマのままで…。早く制服に着替えてらっしゃい」


思わず叫び出しそうになる俺に、母親がいつもと変わらない口調でそう言うが、一方の俺は声にならない声で後ずさる。

な、なんで、なんでこの状況でそんな平然としてられるんだよっ…。

どうしたんだよ?その赤い目っ…。

しかしそんなことを思いながら、俺はあまりの恐怖で体が震えてものが言えない。


「あ…ああ…っ」

「…なに?どうしたのよ、」


そんな俺を見て不思議そうにそう言いながら、焼けた目玉焼きを皿に盛りつける母親。

しかしその目玉焼きも黄身以外は全て赤くなっており、その上よく見ると流しの三角コーナーにいくつか捨てられている卵の殻すらも真っ赤になっている…。

思わず目を見開いて立ち尽くす俺に、母親がため息混じりに言った。


「朝ごはん食べるでしょ?目玉焼きが焼けたから、早く着替えておいで」

「…~っ、」


母親はそう言うと、今度は冷蔵庫から牛乳とヨーグルトを取り出す。


その行動に、まさか…と思いながらその様子を見ていると、母親がガラスのコップに牛乳を注ぐ。…が、通常なら真っ白なはずの牛乳も何故か真っ赤な液体に変わっていて、俺はその異様さから思わず吐きそうになった。


「っ…」


そして、ガラスの器に盛られた真っ白なはずのヨーグルトも当然、真っ赤なそれに変わってしまっている。

だけどその光景よりも、その事実に全く動じることなくあくまでいつもと変わらない家族の様子に恐怖すら覚える俺。

その間も、母親はそのプレーンヨーグルトに赤い粉砂糖を振りかけている…。


…もしかして、みんな忘れてるのか?

昨日までこの世界に「白」という色があったことを。

というより…最初から「白」なんて無かったことになってるのか?

じゃなきゃこの光景を突然目の当たりにして、こんなに平然とはしていられないはず…。


俺がそんなことを考えている間に、ダイニングテーブルでは、程よく焦げ目がついた赤い食パンを平然とした顔で頬張る父親。

と…赤い牛乳を何のためらいもなく飲み干している妹の姿がある。

2人が見つめる視線の先にはテレビがあって、そのテレビ画面でも赤いワンピースを着た女性アナウンサーが、真っ赤になったお米を何のためらいもなく美味しそうに頬張った。


『…うん!とっても美味しいお米ですねー!』


「…っ、」


そしてその様子を、同じ画面の中で見つめる料理人の白いはずの服も、上は真っ赤になっている。

…何だ?この家だけじゃなく、世界中どこもかしこも真っ赤になってるってことか?

そんなことを思っていると、そのうちに「早く支度しなさい」と母親から雷を落とされそうになったので、俺は先に渋々洗面室に入った。


しかし当然、洗面室の洗面器も、その隣にある浴室の湯舟も、どれもこれも昨日までは白かったものは全て赤に変わっていた。

そしてその流れで鏡を見ると、自分の目も瞳以外は真っ赤に変色しており、白かったはずの歯さえも全て赤くなっている…。


「っ、うっわ…!?」


その直後に、ふと視界に入った歯磨き粉のチューブの蓋を開けてみると、それも中身が当然のように赤いものになっていた。


「こんなんで歯みがきなんか出来るかよ…」


独りそう呟いたあと、俺は肩を落とし重い足取りで再び階段を上った。

部屋に戻ってとりあえずいつもの制服に着替えようとする…が、昨日までは白かったシャツも当然赤く、靴下も言わずもがなである。

しかし当然、あくまで変わったのはその「色」のみであり、質感はそのままだ。

俺は制服に着替えて再び部屋を出ると、勇気を出してやっとトイレに入った。


…………


結局、真っ赤になった朝ごはんはさすがに食べる気にはなれなかった。

食べないと後でお腹空くわよ、と言われて渡された弁当の中身は見ていないが、これもきっと言わずもがなだろう。


外に出ても、昨日までは白い身体をしていたはずの近所の三毛猫もその身体は赤に変わり、空を見上げればやはりくすんだ赤色の雲が広がり、下を向けば道路には白線ではなく「赤線」が引かれている…。


いったい何がどうなってるんだ?

俺はもう何度目かわからない言葉を再び頭の中に浮かべると、独り首を傾げた。

雲が赤いからか、何だか周りの空気すらも赤く染まっているように見える…。


しかし首を傾げながら歩いていると、そこへ後ろから同じクラスのヨウタが声をかけてきた。


「おっす!どうした?疲れたサラリーマンみたいな背中してるぞ、お前」

「…ほっとけ」

「っつか今日寒くね?午後から雪降るって」

「…あ、そう」


ヨウタは特にいつもと変わらない調子でそう言いながら、ニコニコと笑顔を浮かべる。

もう当たり前になってしまったが、そんなヨウタの歯や白目の部分もみんなと同じく真っ赤になっていて、思わず顔が強張る。

あまりにも連続して続く恐怖に俺はヨウタから目を背けた…が、

「雪が降る」というヨウタの言葉にふと重要なことに気が付いて、言った。


「っ…なぁ、雪ってどんな色してるんだ!?」

「はぁ?何だよ突然」

「いいから!雪って何色かって聞いてるんだよ!」


俺が必死でそう問いかけると、ヨウタが不思議がりながらもその問いかけに答えた。


「…赤だけど」

「っ…───!!」


やっぱり!!


俺はヨウタの言葉を聞くと、またそいつに問いただす。


「なぁ、お前…“白”って色、知ってる?」

「は?…しろ?何だそれ」

「い、いや、色の白だよ!ほら、何もない色って言うか…その、」

「何もない?…透明ってこと?」

「いや、そうじゃなくて…!」


いや、白い色って言葉でどう表現したらいいんだ?

…あ、そうだ!


俺はちょっと困りながらも、困惑した震える手でスマホで「白」と検索をかけようとする。

……が。


「…あれ?」

「?」


スマホで「しろ」と打って漢字に変換しようとしても、いつもの見慣れたあの「白」という漢字が出てこない。

仕方ないからそのまま“しろ”とひらがなで検索しても「色」関係は特にヒットせず、“しろ色”と打ち直しても、結局いつもの「白色」は出てこない…。


「っ…はぁ?なんで出てこねぇんだよ…!」


その検索結果に俺が苛立ちを覚えていると、隣で不思議そうにヨウタが言った。


「?おい、どうしたんだよ。お前今日、何か変だぞ」

「っ…変じゃねぇよ!」

「いや変だろ。よくわかんねぇけど…その…何?しろっつーのが何か関係があんのか?」

「…っ、」

「夢で見たんじゃねぇの?だってお前が言うその“しろ”なんて聞いたことねぇもん」

「!」


ヨウタはそう言うと、「っつか遅刻するから急ぐぞ」とすたすたといつもの道を歩いて行く。

……なんでみんな「白」を忘れてんだよ。


俺はそう思いながらガシガシと頭を掻くと、ヨウタの後に続いて学校へと急いだ。


…………


学校に到着すると、そこももちろん「白」色だった物が全て「赤」色に変わっていた。


うち履きとしていつも履いてきたはずの白い靴。

教室を照らしている真っ白な電気も真っ赤な光になっており、

昨日まで真っ白だったノートやプリント、教科書のページやチョーク…

全てが赤い色になっている…。


そもそも深緑の黒板に真っ赤なチョークなんて見えるわけがない。

せめて黄色いチョークを使ってほしいが、あくまでこの世界は白の代わりに「赤」を主としているんだろう。

先生は黒板に赤い数式を並べながら、数学の授業を進めていく。


俺はそんなつまらない授業を聴きながら、

真っ赤になってしまったノートに、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…「白」を連続して書いていく。


白が欲しい。

白を見たい。

何でこの世界から白が消えたんだ。


だいたい、白はこの世界で一番重要な色じゃないのか。

真っ赤なノートで勉強なんて出来るわけないじゃないか。

牛乳やヨーグルトが赤なんて、そんなものが食えるか!


考えてみれば、まだ見てないけど豆腐や大根だって真っ赤になっているだろうな。

いや、たしかに苺やリンゴだって赤いが、アレは美味しいからまた別の話だと思う。


それに引き換えあの牛乳の赤い液体は何だ?

つまり、牛の乳からあの真っ赤な液体が出ているということか…?


「…いや、それもう何かの病気だろ…」


俺はそう思いながら深くため息をついて窓の外を見遣ると、赤く曇った空から赤い…雪?が降っているのが見えて、目を丸くした。

いや、確かに白が全部赤になっているということは、ヨウタも言っていた通り、この世界じゃ雪だって赤なんだろうが…どう見ても異様な光景である。


赤い雪がちらちらと降って、校庭に落ちては滲んで消える。

…雪は溶けると赤い液体になるのか?


「…んなアホな」


水だろ?何だよ、赤い液体って。


しかし。

俺がそう思いながら窓の外ばかりを見つめていると、教卓に立つ教師に注意されたから、俺は慌てて授業へと戻ったのだった…。


…………


学校の授業が全て終わってヨウタと一緒に外に出ると、昼間から降っていた雪は数センチほど積もっていた。

地面は真っ赤なそれに埋め尽くされていて、当たり前だろうが恐る恐る触ってみると、赤い雪でも一応はちゃんと冷たい。


俺は試しに赤い雪でこぶし大くらいの塊を作ると、ヨウタの背中にそれをぶつけてみた。


「!!───…っ、何するんだよ!制服が真っ赤に染まるじゃねぇかよ!!!」

「!!」


しかし当然、雪が白かった時とは違って、赤い雪をぶつけられると烈火のごとく怒りだすそいつ。

…俺はこんなに怒った様子のヨウタを、見たことがない。


その間も雪は降っているが、俺は今朝、傘を家に忘れてきたために頭に赤い雪が降ってくる。

一方ちゃんと傘を持ってきていたヨウタに「入れて」と頼んだら無視された。

…さっきのことを余程怒っているんだろう。

真っ赤な雪をぶつけられたんじゃ仕方ないけど。


俺は仕方なくそのまま傘を差さずに家路を急ぐが、頭に当たった雪が、赤い液体となってそのまま俺の額を伝ってくる。

思わずその液体を指でこすると、案の定、指にも赤いそれがついた。

…何だか頭から血を流しているみたいで気持ち悪い。


ああ、白が恋しい。

白い雪が恋しい。

白い雲が恋しい。

白い歯が、白目が恋しい。


真っ白な牛乳が飲みたい。

真っ白なヨーグルトが食べたい。


とにかく、白に会いたい。

白を見たい。


白…白…何か白いものは…


俺は雪のせいで更に真っ赤になってしまった目の前を見渡しながら、白を探す。

…が、もちろん今俺がいるこの世界には白が存在しない。


夢を見ているわけじゃない…と、思う。

俺の目の病気、でもない。


ただ、俺が「白」のない世界に来てしまっただけ。

…───何か…何か元の世界に戻る方法は……


「お、おいお前、雪のせいで頭から血流してるみたいになってんぞ」

「っ…う…あ…ああっ…」

「大丈夫かよ。ホラ、傘」

「あ…し、白…白はどこに行ったんだよ…!白を出せよぉ…!!!」

「は…はぁ?お前、なに言ってんだよ。やっぱ今日変だぞ?」

「白を見せろよ!白…白ー!!」


俺は道の脇で躊躇なくそう叫ぶと、両手で頭を抱えてその場に崩れ落ちた。

一日「白」を見ないと言うだけで、俺の精神はどうにかなってしまうくらいに限界を迎えていたのだった───…。





******


それ以降の記憶はほとんどないが、俺は目を覚ますといつもの自室にいた。

目を開けた先には、いつもの白い天井…そして、窓の外からは白い光が部屋に射し込んでいる…。


「…夢、か…?」


俺は眠気眼でゆっくりとベッドから上半身を起こすと、ふあ…と一つ、欠伸をする。

スマホの時刻は、朝の7時前。今日は金曜日だ。


そして部屋のどこを見渡しても白が存在している空間に思わず安堵したその瞬間…



俺は、今度は違う異変に気が付いて、目を見開いた。









白以外の色が、全て無くなっていたのだ。









【完】

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世界から「白色」が消えた日 みららぐ @misamisa21

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