浮気
クロノヒョウ
第1話
私の彼、翔くんはもしかしたら浮気しているのかもしれない。
はっきりとした証拠はないけれど、最近メールしても既読もつかないし、大学にも来ていないみたいだ。
知り合ったのはサークルだった。
それほどイケメンなわけでもないのだけれど、翔くんにはどこかほっとけない、なんかこう、母性本能をくすぐるような魅力があった。
だからなのか翔くんはモテた。
なぜか惹かれる女子たち。
私もその中のひとりで、翔くんのその魅力にどんどん惹かれていった。
何度か二人でご飯も行ったし、それなりに仲良くなれた。
誘えば会ってくれるし、もしかするとという期待を持った私は思いきって翔くんに言った。
「私、翔くんのことが好き」
ダメもとだったけれど、翔くんは笑顔で「俺も」と言ってくれたのだ。
それからは夢のような日々だった。
大学でもお昼を一緒に食べ、帰りはどちらかの家に帰る。
浮気なんて考える暇もないほど私たちはずっと一緒にいた。
他の女の子と連絡をとってる気配もないし、とにかく楽しくて幸せだった。
そう、浮気されても平気だよとか、一回目は許すとかいう人もたまにいるけれど、私は絶対に浮気だけは許せなかった。
だから翔くんとも約束していた。
浮気だけはしないこと。
浮気するくらいなら別れてと。
それなのに、たった三ヶ月で翔くんは約束を破ったようだ。
もう夏休みだというのに、私の心は沈んでいた。
『今日も会えないの?』
家に帰って翔くんにメールする。
既読もつかなくなって一ヶ月が経とうとしていた。
もともとこういうモテる人を好きになってしまった私が悪い。
三ヶ月でも翔くんを一人占めして楽しい日々を過ごせたのだ。
悲しいけれど、自分にそう言い聞かせた。
もう諦めよう。
そう思った時だった。
玄関のチャイムが鳴り、ドアが開けられた。
「小夜? 入るよ」
突然部屋に上がり込んできた翔くん。
「翔くん!? どうしたの? てか、何度も連絡したのに無視するなんて心配じゃん。どうして返事もくれなかったの?」
翔くんの顔を見た瞬間、思わず溢れだす言葉たち。
溢れたのは言葉だけじゃなかった。
「ちょ、泣くなよ小夜。ごめん、本当にごめんな」
翔くんは泣いている私を抱きしめてくれた。
「ひどいよ翔くん。連絡もないし、大学でも会えないし」
翔くんの胸を叩いて怒りをぶつけたものの、やっと会えた安心感と、やっぱり好きだという思いが込み上げてきて、心のどこかではもう翔くんのことをゆるしている自分がいた。
「実はさ、小夜には内緒にしておきたかったんだけど、俺バイト始めて」
「バイト?」
私は顔を上げて翔くんを見た。
「うん。そしたらバイト先でスマホ落としてぶっ壊しちゃって。住み込みだったからなかなか修理に行けなくて。あ、リゾート地の山の中でさ。それに一ヶ月だったしどうせ会えないからもう我慢しようなんて思っちゃって。心配かけたよな。ごめんな」
「そんなぁ。もう、本当に心配したし、もう終わりかと思った」
私の体から力が抜けてゆく。
そんな無頓着さにあきれたけれど、なぜか憎めない翔くん。
「でもどうしてバイトなんか」
そうだ。しかも私に内緒で、って。
「だって小夜、言ってたじゃん。夏休み、どこか旅行でも行きたいねって」
「えっ」
「だから、驚かせようと思ってバイトしてきた。旅行、行けるよ!」
「……うそ」
翔くんのキラキラした笑顔が眩しかった。
「翔くんっ」
私は思わず翔くんに飛びついていた。
「ありがとう、翔くん」
「あはっ、よかった、喜んでもらえたみたいで」
「うん、嬉しいよ。でも、ごめんなさい」
「ん? 何が?」
私は翔くんを見つめた。
「私、翔くんのこと疑ってた。その、浮気してるんじゃないかって」
「ああ、そうだよな。でも、そんな心配はいらないよ。今は小夜のことしか考えてないから。それに俺、約束はちゃんと守れるし」
「翔くん」
「それよりさ、俺もう限界。小夜不足でどうにかなりそう。充電させて」
「きゃっ」
翔くんはそう言うと私を持ち上げてベッドまで運んだ。
「好きだよ小夜」
「うん、私も」
なんだろう、この満たされた気分は。
さっきまであんなに落ち込んでいたのが嘘みたいだ。
こんなにもお互いに愛しあっているのなら、一度くらいの浮気は許せるものなのかもしれない。
翔くんに愛されながら、私はそんなことを考えていた。
完
浮気 クロノヒョウ @kurono-hyo
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