第九章 2人の未来
第49話 家族
「孤児院の経営、ですか……?」
予想もしていなかったイリスからの提案に驚いてしまう。だがどうやら、とっさに口にした言葉ではなかったらしい。
ええ、と頷いたイリスは、流暢に彼女の考えを話し始めた。
「少し前から、お兄様にも相談していたの。王都に孤児院を作って、わたくし達もそこに暮らすのはどうかって」
「孤児院を……」
「お兄様は大賛成していたわ。孤児院を経営していれば、わたくし達が勝手に逃げ出すことはできなくなるもの」
どういう意味ですか、と口にする寸前に気づいた。
王太子からすれば、孤児院の子供達が人質になるという事実に。
たとえ監視がついていたとしても、私とイリス様だけなら、監視を倒して王都から逃げ出すことができるかもしれない。
ファルコ様には敵わないだろうけど、ファルコ様だって、私達にばかり構ってはいられないわけだし……。
だが、もし孤児院を経営していた場合、子供達を人質にとられるはずだ。
全員を連れて追手から逃れるのは難しい。仮に逃げられたとしても、いつまでも隠れて暮らすことはできないだろう。
「……メーロ、賢くなったわね」
からかうように笑って、イリスはメーロの頭を撫でた。
「メーロが考えている通りよ。わたくし達にとっては自由に動きにくくなるだけ。でも、人質確保のためなら、喜んでお金を出してくれるはずだわ」
国から潤沢に資金がもらえれば、孤児院の経営はかなり楽だろう。子供達に十分な教育を受けさせることができれば、彼女達の自立を促せる。
それだけじゃなく、引き取り手も多く現れるはずだ。
ペルラ孤児院とは全く違う、そこで過ごす子供達にとっての、理想の孤児院だ。
「その代わり、わたくし達はどこにも行けなくなるわけだけれど」
「……イリス様」
「でも、わたくし達にとっても、いいことだと思ったのよ」
微笑むと、イリスは立ち上がって馬車の窓を開けた。御者に声をかけ、馬車をとめさせる。
「メーロ。少しだけ、王都を散歩して帰らない?」
◆
夕陽に照らされた王都は綺麗だ。少なくとも表通りは美しく整備され、賑やかな笑い声に包まれている。
大通りにはたくさんの店が並び、幸せそうな人々が店を覗き込んでいた。
「あそこに座らない?」
イリスが指差したのは、噴水前のベンチだった。並んで座り、ぼんやりと噴水を見つめる。
朱色に染められた水は眩しい。手を伸ばして触れてみると生温かった。
「メーロって、子供は好き?」
「子供、ですか?」
子供が好きかどうかなんて、考えたことなかったな……。
だって自分のこと、大人になったって思ってなかったし。
「わたくしは、結構好きよ」
目を細めて、イリスは近くにいる子供に視線を向けた。なにが気に入らないのかは分からないが、ぐずって母親を困らせている。
どこにでもいる普通の親子だ。でもメーロは、普通の親子が成り立つ大変さを知っている。
私には生まれた時から、家族なんていなかった。
イリス様は、家族のことを心の底から信頼できない状況で過ごしている。
地震で家族を失った子達は孤独になって、絶望しているかもしれない。
「だから……わたくし達の家族を、作ってみるのはどうかしら」
「イリス様……」
誰かを大切に思うことに、血の繋がりなんて関係ない。イリスが教えてくれたことだ。
「孤児院にきた子達を、わたくし達の家族にするの。ずっと一緒に暮らせるわけじゃないけれど、大きくなった子供達はきっと、時々わたくし達に会いにくるんだわ」
目を閉じて、想像してみる。
面倒を見ていた小さな子供達が大きくなって、年をとった自分達に会いにくることを。
家族に引き取られた子供が、優しい両親と一緒に遊びにくることもあるかもしれない。
自立して孤児院を出た子供が、兄妹のように育った仲間に会いにくることもあるかもしれない。
いろんな子供が孤児院にやってきて、いろんな子供が孤児院を出ていく。
でも、私とイリス様だけは、ずっとそこにいる。
「メーロ」
目を開けて、イリスを見つめる。きっと今、二人は同じことを考えているはずだ。
「血の繋がった子供じゃないけど、わたくし達の子供を一緒に育てるの。それって、とっても幸せなことなんじゃないかしら」
「……私も、そう思います」
決まりね、とイリスが満面の笑みを浮かべる。
「お菓子でも買って帰らない? もちろん、ジュリアの分もね」
「はい!」
立ち上がった瞬間、盛大にお腹が鳴ってしまった。
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