第8話 イリス様のことは

「ここが、その洞窟です」


 休憩する暇もなく、村人たちに洞窟へ案内された。

 村から少し歩いたところにある洞窟は中が暗く、覗き込んだだけでは奥は見えない。


「……この中に毒蛇がいるとしたら、厄介ね」


 外から洞窟を覗き込み、イリスが顔を顰める。そうなんです、と初老の男……村長は大袈裟に頷いた。


「昼間でも、洞窟は薄暗く、火を持って入っても、全てを照らせるわけではありません。隙間から現れた蛇に噛まれた者も多く……」

「噛まれた人はどうなったの?」

「……薬草で回復した者もおりますが、まだ寝込んでいる者もいます。解毒のためにはこの奥にある薬草が必要ですが、もう村に在庫はなく……」


 毒蛇の毒を治療するための薬草が、毒蛇の住む洞窟の奥にある。なるほど、厄介な話だ。


「……王女殿下。なにとぞ、よろしくお願いいたします……!」

「任せて。わたくし……いえ、わたくしたちなら、解決してみせるわ」


 イリスは自信たっぷりだが、メーロには何の自信もない。それどころか、薄暗い洞窟を見て恐怖がこみ上げてくる。


 この中に、毒蛇がいるんだよね……。


 メーロは王都の孤児院で生まれ、孤児院を逃げ出した後も、王都から出たことはない。長距離を移動するには金がかかるのだ。

 街中に生息している蛇は少なく、蛇を見た経験も2、3度程度。


 そんなメーロにとっては、蛇が住んでいる洞窟、というだけで怖い。


「メーロ」

「……はい」

「お願い。今からこの洞窟全体にいる毒蛇を、入り口付近に集めてほしいの。集まった蛇をわたくしが爆破するわ」

「……そう言われましても……」


 メーロのスキルは、一定の空間を対象に発動するもの。特定の物だけを集める、という力はない。


「大丈夫。蛇以外にも集まってもいいから。……薬草は地面に生えているから対象外よね? 廃墟を片付けた時も、地面から生えた草は集まっていなかったもの」

「……それは、たぶん」


 イリスに指摘されるまであまり気にしていなかったが、確かにあの日、廃墟の地面から生えた草はそのままだった。

 片付けスキルを発動しても屋根や壁まで集まらないのと同じ理屈で、あくまでも空間内に落ちている物だけが集まるのだろう。


「でも……イリス様」

「まだなにかあるの?」

「……生き物が集まるかどうか、自信がないんです」


 廃墟には、蛇のような大きい生物は生息していなかった。そのため、生物がスキルの対象となるのかどうかが分からない。


 今までだって、生き物がいるような場所で使ったことないし。


「大丈夫。メーロならできるわ」

「イリス様……」


 イリスの後ろで、村人たちが期待に満ちた顔をしている。もしメーロが失敗すれば、あっという間に彼らの表情は曇るだろう。


 別に、人の役に立ちたいわけじゃない。

 だけど、期待を裏切るのは嫌だ。


『がっかりした』

『お前なんかの面倒を見るんじゃなかった。期待して損した』


 目を閉じれば今も、孤児院の職員たちにかけられた言葉が頭の中で再生される。彼らは、勝手に期待していただけだったのに。


「メーロ」


 ぽん、とイリスに肩を叩かれる。目が合うと、イリスは穏やかな微笑みを浮かべた。


「失敗しても、気にすることはないわ」

「……でも」

「部下の失敗は上司の責任よ。貴女が失敗しても、全ての責任はわたくしにあるの」


 そっと背中を押される。薄暗い洞窟に手をかざし、メーロは瞳を閉じた。


 この洞窟の広さはどれくらいだろう。今までスキルの対象としてきた部屋に比べて、きっとずっと広い。


 私にできるだろうか。もしできなかったら?

 イリス様が責任をとってくれる。だけどイリス様は、私にがっかりするんじゃないだろうか。


 また、いらない人間だと、そんな風に言われてしまうんじゃ……。


 頭を振って、暗くなりかけた思考を吹き飛ばす。こんなことを考えるなんて、イリスに失礼だ。


 イリス様は、きっと私を信じてくれている。

 私は、私のことを全然信じられない。だけど……。


 イリス様のことは、信じてみたい。


 目を開いて、洞窟の中を見つめる。そして心の中で、思いっきり叫んだ。


 ―――片付けプリーレ


 眩い光が放たれ、そして……。


「う、うわっ……!」


 疲労と驚きで、メーロはその場にしゃがみこんでしまった。


 目の前に出現したのは、蛇やらミミズやら、大量の生き物が集まった山。

 にょろにょろとした生き物の集合体は、見ていてとても気分がいいものじゃない。


「よくやったわ、メーロ!」


 しかしイリスは笑顔でその山に手をかざし、笑顔のまま叫んだ。


爆発エスプロジオーネ!」


 そしてにょろにょろの集合体は爆破され……気持ちの悪い液体が頬にかかった瞬間、メーロは自らの意識を手放したのだった。

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