第6話 初めてのアップルパイ
ガタッ、ゴトッ、と揺れながら進む馬車の中で、イリスは上機嫌に話し続ける。
「貴女が物を集めて、わたくしがそれを爆破する。どう? すごく相性がいいと思わない?」
体力が回復していないメーロは、寝転がったままイリスを見つめた。失礼過ぎる態度だが、イリスは全く気にしていない様子だ。
王女様のスキルが爆発だなんて、なんか意外だな……。
イリスの言う通り、集まったものを爆破するのなら、メーロのスキルとの相性はいいだろう。
どうせ爆破してしまうのなら、集まった物が汚れたって関係ないのだから。
「……でも、何を爆破するんです?」
日常において、なにかを爆破する機会なんてほとんどないだろう。
爆破というイリスのスキルはすごいが、日常で役立つスキルとは思えない。
「触りたくないものよ。貴女のスキルを使えば、触らずに物を一か所に集められるんだから」
「はあ……」
触りたくなくて、爆破したいもの。
そんなピンポイントなものがあるんだろうか。メーロにはちっとも思いつかない。
「本当よかったわ。わたくし、貴女のような子をずっと探してたの」
ふふ、と笑って、イリスはメーロの頭を撫でた。
身分が高い人からすれば、私は犬や猫のようなものなのだろうか。
「眠ってもいいわよ。着いたら起こしてあげる。それから、帰ったらおやつにしましょう」
「……おやつ」
呟いた瞬間、ぎゅる、とメーロの腹が音を立てた。
◆
「イリス様、これはなんですか、この、あまりにもいい匂いがするものは……!」
屋敷に戻ったメーロを出迎えたのは、こんがりと焼き色のついた美味しそうなパイだった。そして、中からは甘い匂いがする。
「アップルパイよ」
「……アップルパイ?」
「食べたことないかしら? パイ生地の中にリンゴが入ってるの。甘くて美味しいし、紅茶とも相性がいいわよ」
アップルパイどころか、普通のパイも食べたことがない。だから目の前にあるこの美味しそうな食べ物がどんな味で、どんな食感なのかを想像するだけでよだれが出てしまう。
「あ、あのこれ、このまま食べていいんですか!? 手づかみですか!?」
「切って食べるのよ。取り分けてあげるから待ってなさい」
呆れたように笑うと、イリスはナイフでパイを切った。すると中から、ごろん、と煮たリンゴの欠片が少し転がり出てくる。
その欠片を切り分けたパイの上にのせて、メーロの皿にのせてくれた。
「おかわりが欲しくなったらまた切ってあげる。切った分も本当はフォークで食べるものだけれど、別に手づかみでもいいわ」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、マナー的にはだめよ。わたくしの前だけにしなさい」
「はい!」
っていうかどうせ、イリス様以外、私にこんなに美味しそうな物をくれそうな人なんていないし。
心の中で呟いて、アップルパイを手で掴む。焼き立てでほんのりと甘いアップルパイは、想像していたよりもかたかった。
がぶっ、と勢いよく噛むと、くしゃ、と気持ちのいい音が口の中で響く。
サクサクとした生地と、煮込んで柔らかくなったリンゴ。正反対な二つの食感は相性抜群だ。
しかも生地自体も、普段食べるパンと全然違う。サクサクしてるだけじゃなくて、生地自体も甘い。
いったいこれは、何の味なんだろうか。
「美味しい?」
「はい!」
メーロが頷くと、イリスも一口、アップルパイを口に運んだ。もちろんメーロとは違って、優雅にフォークを使って。
「……甘いわね、これ。これほど甘くするなんて、どれだけバターを使ったのかしら」
イリスに見つめられ、部屋の隅に控えていたジュリアが少しだけ気まずそうな顔をした。
「申し訳ありません。ですが、つい……」
「言ったじゃない。メーロはどうせ大量に食べるんだから、バターを使いすぎないようにって。身体に悪いわよ」
どうやらこの甘さの正体はバターらしい。
バターとやらをたっぷり使うと、パイの生地はここまで甘くなるのか。
「イリス様!」
「なに?」
「バターって、美味しいんですね……」
「……ええ、そうね」
呆れたような声と、優しい微笑み。こんな顔で見つめられるのは初めてだ。
孤児院にいた頃も、孤児院を逃げ出した後も、誰もメーロをこんな目で見てはくれなかったから。
「でも気をつけて。美味しいけれど、食べすぎは健康によくないの」
「はい、分かりました!」
「……本当に分かってるのかしら」
はあ、と溜息を吐いて、イリスが残りのアップルパイを指差す。
「残りは全部、貴女が食べていいわ」
「いいんですか!?」
「ええ。わたくし、貴女が食べているのを見るだけでお腹いっぱいだもの」
人が食べているところを見るだけでお腹いっぱいになるなんて、やっぱり王女様は庶民とは違うな。
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