第6話 初めてのアップルパイ

 ガタッ、ゴトッ、と揺れながら進む馬車の中で、イリスは上機嫌に話し続ける。


「貴女が物を集めて、わたくしがそれを爆破する。どう? すごく相性がいいと思わない?」


 体力が回復していないメーロは、寝転がったままイリスを見つめた。失礼過ぎる態度だが、イリスは全く気にしていない様子だ。


 王女様のスキルが爆発だなんて、なんか意外だな……。


 イリスの言う通り、集まったものを爆破するのなら、メーロのスキルとの相性はいいだろう。

 どうせ爆破してしまうのなら、集まった物が汚れたって関係ないのだから。


「……でも、何を爆破するんです?」


 日常において、なにかを爆破する機会なんてほとんどないだろう。

 爆破というイリスのスキルはすごいが、日常で役立つスキルとは思えない。


「触りたくないものよ。貴女のスキルを使えば、触らずに物を一か所に集められるんだから」

「はあ……」


 触りたくなくて、爆破したいもの。


 そんなピンポイントなものがあるんだろうか。メーロにはちっとも思いつかない。


「本当よかったわ。わたくし、貴女のような子をずっと探してたの」


 ふふ、と笑って、イリスはメーロの頭を撫でた。

 身分が高い人からすれば、私は犬や猫のようなものなのだろうか。


「眠ってもいいわよ。着いたら起こしてあげる。それから、帰ったらおやつにしましょう」

「……おやつ」


 呟いた瞬間、ぎゅる、とメーロの腹が音を立てた。





「イリス様、これはなんですか、この、あまりにもいい匂いがするものは……!」


 屋敷に戻ったメーロを出迎えたのは、こんがりと焼き色のついた美味しそうなパイだった。そして、中からは甘い匂いがする。


「アップルパイよ」

「……アップルパイ?」

「食べたことないかしら? パイ生地の中にリンゴが入ってるの。甘くて美味しいし、紅茶とも相性がいいわよ」


 アップルパイどころか、普通のパイも食べたことがない。だから目の前にあるこの美味しそうな食べ物がどんな味で、どんな食感なのかを想像するだけでよだれが出てしまう。


「あ、あのこれ、このまま食べていいんですか!? 手づかみですか!?」

「切って食べるのよ。取り分けてあげるから待ってなさい」


 呆れたように笑うと、イリスはナイフでパイを切った。すると中から、ごろん、と煮たリンゴの欠片が少し転がり出てくる。

 その欠片を切り分けたパイの上にのせて、メーロの皿にのせてくれた。


「おかわりが欲しくなったらまた切ってあげる。切った分も本当はフォークで食べるものだけれど、別に手づかみでもいいわ」

「そうなんですか?」

「ええ。でも、マナー的にはだめよ。わたくしの前だけにしなさい」

「はい!」


 っていうかどうせ、イリス様以外、私にこんなに美味しそうな物をくれそうな人なんていないし。


 心の中で呟いて、アップルパイを手で掴む。焼き立てでほんのりと甘いアップルパイは、想像していたよりもかたかった。

 がぶっ、と勢いよく噛むと、くしゃ、と気持ちのいい音が口の中で響く。


 サクサクとした生地と、煮込んで柔らかくなったリンゴ。正反対な二つの食感は相性抜群だ。


 しかも生地自体も、普段食べるパンと全然違う。サクサクしてるだけじゃなくて、生地自体も甘い。

 いったいこれは、何の味なんだろうか。


「美味しい?」

「はい!」


 メーロが頷くと、イリスも一口、アップルパイを口に運んだ。もちろんメーロとは違って、優雅にフォークを使って。


「……甘いわね、これ。これほど甘くするなんて、どれだけバターを使ったのかしら」


 イリスに見つめられ、部屋の隅に控えていたジュリアが少しだけ気まずそうな顔をした。


「申し訳ありません。ですが、つい……」

「言ったじゃない。メーロはどうせ大量に食べるんだから、バターを使いすぎないようにって。身体に悪いわよ」


 どうやらこの甘さの正体はバターらしい。

 バターとやらをたっぷり使うと、パイの生地はここまで甘くなるのか。


「イリス様!」

「なに?」

「バターって、美味しいんですね……」

「……ええ、そうね」


 呆れたような声と、優しい微笑み。こんな顔で見つめられるのは初めてだ。

 孤児院にいた頃も、孤児院を逃げ出した後も、誰もメーロをこんな目で見てはくれなかったから。


「でも気をつけて。美味しいけれど、食べすぎは健康によくないの」

「はい、分かりました!」

「……本当に分かってるのかしら」


 はあ、と溜息を吐いて、イリスが残りのアップルパイを指差す。


「残りは全部、貴女が食べていいわ」

「いいんですか!?」

「ええ。わたくし、貴女が食べているのを見るだけでお腹いっぱいだもの」


 人が食べているところを見るだけでお腹いっぱいになるなんて、やっぱり王女様は庶民とは違うな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る