第2話 とにかく美味しいご飯が食べたい!
「あの……えっと、それって、どういうことですか?」
「言ったでしょう。貴女、今日からわたくしの物になりなさい」
「いや、えっと、それって……その……?」
どうしよう。困った。
彼女の言っていることが、全く理解できない。
そもそもこの人、本物の王女様なの?
乗ってきた馬車も、着ている服も立派だ。しかしメーロには、彼女が本当に王女かどうかなんて分からない。
「貴女、疑ってるわね?」
溜息を吐くと、王女……イリスは、いい? と子供に話すような表情で続きを話し始めた。
「わたくしが貴女を知っているのは、教会に依頼してスキル帳を確認したからよ」
スキル帳、というのは、15歳を越えた全国民のスキルが書かれた物である。
スキル診断後、全ての教会は規定の書類を作成して中央教会に届ける。その後、中央教会によってスキル帳が作成されるのだ。
もちろん、一般の国民がスキル帳を閲覧することはできない。
「……えっと、じゃあその、私のスキルが使えないスキルだってことも知ってるんですよね?」
優れたスキルが判明した者は、王家から呼び出されることもある。都市伝説のような話ではあるが、そうした事例があるのも事実だ。
でも私のスキルはハズレだし、なんで……?
「貴女、本当に自分のスキルが使えないと思ってるの?」
「……だから、こうやって生きてるんですけど……」
戸惑いながら答えた瞬間、メーロの腹が盛大に鳴った。メーロが抱えている袋を覗き込み、イリスが溜息を吐く。
「そのパン、もう食べられないでしょ」
「……それでも食べなきゃいけないんです」
ああ、どうせ、綺麗でお金持ちなこの人には分からないのだろう。
腐りかけのパンを食べるしかないひもじさも、食べる物がなくて泣いてしまう辛さも。
生まれた時から美味しい物を食べられるのが当たり前で。
周りから尊重されて、愛されて、必要とされるのが当たり前で。
だからこんな風にいきなり、自分の物になれ、なんて他人に言えるのだ。
むかつく。
「私、もう……」
「食事、用意してあげるわよ?」
「えっ!? いいんですか!?!?」
イリスのありがたい提案を聞いた瞬間、胸の中のもやもやがはじけ飛んだ。
だってまともなご飯なんて、しばらく食べてないし……!
イリスがどんなつもりでここへやってきたのかも、声をかけてきたのかも分からない。だけどご飯を用意してくれると言うのなら、断る理由なんてない。
「お願いします、イリス様!」
プライドとか、見栄とか、意地とか。
そんなもの、どうだっていい。とにかく私は、美味しいご飯が食べたい。
◆
「好きなだけ、好きな物を注文するといいわ」
イリスに連れて行かれたのは、王都の大通りにあるレストランだった。しかも、当たり前のように最奥の個室に案内され、ふかふかの椅子に座ることができた。
極めつけは、イリスに手渡されたメニュー表。そこにはおそらく、高価で美味しい料理の名前が大量に記載されている。
おそらく……というのは、メーロには字が読めないからだ。
「……申し訳ありません。私、文字が読めなくて」
「あら、そうなの?」
「はい。できればその、お肉が食べたいんですけど……」
今、最も重要なのは美味しい肉をたらふく食べること。
見栄を張って、文字が読めるふりなんてしていられない。
「何の肉が食べたいの? 牛? 鳥?」
「えっ、う、牛とかもありなんですか……」
牛肉はとても高価だ。生まれてから一度も口にしたことがない。美味しいという噂は聞いたことがあるし、食べる妄想ならいくらでもしてきたけれど。
「なんでもいいわよ。牛が食べたいなら、牛を中心にいろいろ頼むわね」
イリスは手慣れた様子で注文を済ませた。するとすぐ、料理人が大量の料理を運んでくる。
その中でもメーロの目を最もひきつけたのは、分厚いステーキだった。
香ばしい匂いに、あふれ出した肉汁。ほのかに甘い香りのするソースと、皿の端に添えられた塩。
牛肉だけでもすごいのに、しかも山盛りの塩まで……!?
ごくり、と思わず唾を飲み込む。今すぐ食べたいけれど、一つだけ問題がある。
私、ナイフとフォークの使い方なんて分からない……!
「どうかした? 食べないの?」
好みの料理がなかったかしら? なんて、イリスが見当違いの言葉を口にする。
そんなはずはない。ステーキ以外の料理だって全部魅力的だ。
具材がたっぷりと入った温かそうなスープも、新鮮な野菜で作られたサラダも、香草に包まれた鶏肉も。
しょうがない。
だってこれ以上、待てないし。
覚悟を決め、メーロはステーキにフォークを突き刺した。
そしてそのまま、肉の塊を口へ運ぶ。
がぶっ! と勢いよく肉を噛んだ瞬間、口内に大量の肉汁があふれ出した。
肉汁が喉を通った瞬間、幸せ過ぎて泣きたくなった。
美味しい。本当に美味しい。こんなに美味しい物を食べたのは、生まれて初めてだ。
気づいた時には、メーロの瞳から大粒の涙があふれ出していた。
しかしメーロの手も口もとまらない。
「ちょっと貴女! 食べるか泣くか、どっちかにしたらどうなの!?」
困惑したイリスが叫び声をあげたのは、仕方がないことだろう。
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