第5話

「これは……認められん。」


リアの描いた魔導書のイラストを見た、製作所の上位職絵師のひとり――絵師長ハルド爺(推定年齢120歳)が厳しい声をあげた。


「なんでですか!? リアの絵、すごく好評で……」


「だが、これは……“可愛すぎる”。」


「いや褒めてません!? 今の褒め言葉でしょ!?」


「魔導書とは神聖なる書。軽やかなデザインは魔力の流れを乱す……」


ああ……来たよ……

“昔ながらの頑固職人ムーブ”! 推し文化の敵、第一形態!


俺はため息をついて言った。


「……いつの時代も年寄りは保守的だよな」


『おい、思いっきり聞こえてるぞオタクミ』


「聞こえてていいんだよ。大事なのは、伝えることだ」


俺は一歩前へ出て、絵師長を真正面から見た。


「確かに、今の魔導書に比べたらリアの絵は“新しすぎる”かもしれない。けど、それって悪いことですか?」


「……」


「リアの絵には、“見た人の心を動かす力”がある。

パン屋のおばちゃんも、武器屋の親父も、トイレで泣いた冒険者も! 全部、リアの絵があったからだ!」


「……人の心を、動かす……か」


「……なら、こういうのはどうでしょうか?」


と、リアが紙を広げた。


「この子、今のままだとちょっと難しいって言われたので……」


手早く描かれたのは、推し“ミスティア・ルミナス”のSD等身バージョン。

小柄なシルエット、まるい輪郭、大きな瞳、手にはちょこんと魔導書。


それはまさに――


“萌え”と“伝統”の絶妙なハイブリッド。


「……ッ、これは……!」


「どうですか? 萌えながらも、神聖さを残してるでしょ」


「……このデフォルメ技術……やるな……!」


リアの描いたSD等身のイラストは、ついに絵師長ハルド爺に正式に認められた。

だが――そこからが本番だった。


魔導書製作所は、数百部の限定“試験刊行版”を準備するために、急ピッチで編集と印刷を開始。


リアは眠れぬ夜を過ごしながらも、3パターンのミスティアを描き上げた。

① 癒し系ミスティア(おやすみ仕様)

② 戦闘指揮ミスティア(ちょっと凛々しい)

③ フード被りミスティア(謎の神秘感)


それぞれのイラストが、各ページの小見出しや装飾に使われる。

特に評価されたのは、魔法陣の上にミスティアがちょこんと座ってる構図。


絵師長も微笑を浮かべてこう呟いた。


「……この子の絵は、魔力ではなく“想い”を媒介する”のかもしれんな」


そうしてついに、新装版魔導書光翼の導書・リア絵ver.が完成。


「オタクミ先生……やっと、やっと……私の絵が、本に……!」


魔導書製作所の大広間。

リアの手が震えていた。


絵師長ハルドが、彼女のSDミスティアのイラストに“公式認可印”を押した瞬間――

リアの目から、涙がひとすじこぼれる。


「……私、ほんとは絵なんて描いちゃいけないって、ずっと思ってたんです」


「……え?」


「生まれた村では、絵なんて、“時間の無駄”だって言われて……誰にも見せずに、こっそり、夜だけ描いてました」


「リア……」


「でも、描いてると、気持ちが落ち着いて。

泣きたいときも、寂しいときも……絵だけは、ずっと、私のそばにいてくれました」


「うぅ……」

『ぐっ……わし、尊死する……!!』


ゴルドス(鞘)はその場でズビビと鼻水を鳴らし、

オタクミも袖で涙を拭いながら、リアに近づいた。


「リア……君の絵が、この世界を変えるんだ。

もう誰にも、“描くな”なんて言わせない。

この絵は、君の過去も、想いも、全部を乗せてる。だからこそ尊いんだ!」


「オタクミ先生っ……!!」


朝焼けの空の下、製作所の前で、静かに発売が開始された――。



その夜。


「ほう……“新装版・魔導書”。話題になっているようだな……」


暗がりの倉庫街。

ボロ布をかぶった男が、部下から手渡された一冊の魔導書を手に取り、表紙をじっと見つめる。


「このイラスト……柔らかいが、芯がある。これは……教育用に、使えるな……」


彼の名は――アーグ・ビルダネス。

転売魔の“魔法指導幹部”であり、新入り育成部門の黒幕である。


「明日からの教本は、これにしよう。……価格はそうだな。定価の……10倍。」


「へっへっへっ……さすがアーグ様! 教本とは名ばかりのプレミア本ですね!」


「“仕入れ価格”に情などいらん。必要なのは、高く売れるかどうかだけだ。」


その時、魔導書のページをめくったアーグが、ふとイラストのキャラと目が合って――


「……ぬ、ぬおお……!? こ、この丸目ぇぇぇ!?」


ゴンッ!! と頭をぶつけた。


「か、かわい……あ、いや、なんでもない。ふん!」


アーグは顔を赤くして咳払いした。


「……まあ、“学ぶべき対象”として悪くはないな。うむ。うむ。」


部下(アーグさん完全に落ちてるじゃないですか……)

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