エロゲのモブに転生した俺、闇落ちした不憫ヒロインに可愛いと言い続けてたら甘いだけの光返りな日々が始まった。

せせら木

第1話 脳破壊と闇落ち

 純粋で一途だった清楚美少女が痴女化したり、ビッチキャラになった時、皆はどう思うだろう。


 脳破壊されるだろうか? 落ち込むだろうか? それとも、仕事や勉強が手につかなくなる?


 俺の答えを明かそう。


 俺は、今挙げた三つの症状全部を今まさに発症させている。


 最近話題になっていた新発売のエロゲ、【コネクト・メモリアル】。


 このゲームには、モブキャラとして如月琴璃きさらぎことりという非常に可愛いツインテールの女の子が登場する。


 美少女だけど、内気で友達を作るのが苦手で、一途で、けれど好きな人にはなかなか声を掛けられないストーカー体質の女の子。


そもそも、モブなのにイラストが用意されてるのかよ、とツッコみたくなるところだが、そこはこのゲームの制作陣の努力だ。


 感謝し、同時に讃えなければいけないのだろう。


 この点においては。




「はぁ……はぁ……はぁ……! くっ……! うぅぅ……! どうして……どうしてなんだ……琴璃ちゃん……!」




 カーテンを閉め切った暗い自室。


 灯りとなっているのは、デスクトップパソコンのモニターから出ている光のみ。


 床には参考書やノート、受験予定の大学資料が散乱している。


 かなり殺伐としていて、完全に病んだ人間の汚部屋というやつなのだが、俺はその中で椅子に座り、デスクトップパソコンの前で頭を抱えながら独り言を呟いていた。


「琴璃ちゃん! 何で君はそんな風になってしまったんだぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」


 そして、今日も感情が爆発する。


 モニターに映し出されているのは、件の如月琴璃。


 ただ、そこに映っている彼女は見事なまでに全裸で、痴女感丸出しの小悪魔っぽい表情を浮かべながら複数人の男を相手にしていた。




 ほんと、どうしてこうなった……?




 いや、マジで。心の底から思うし、制作陣にツッコミを入れたくなる。


 コネクト・メモリアル(通称・コネメモ)は、透き通るほどに清々しい青春エロゲだ。当然十八禁だからそういったシーンはあるものの、それはあくまでもハッピーエンドの結果であり、『エッチなことに使う』とか、そういうこよりも、『感動して泣ける』に舵を切っている感が非常に強い。


 なのにも関わらず、不自然にイラストが用意されているモブ、如月琴璃は、どのルート、どの展開においても可哀想な目に遭い、最終的にこうして闇落ちしてしまうわけだ。


 自暴自棄になり、あんなにお淑やかで奥ゆかしかった彼女が、舌を出しながら痴女のように変貌し、男たちの性処理に成り果ててしまう。


 絶対これは制作陣の中にそういう癖のある奴がいたパターンだ。


 清楚キャラを絶望させ、堕とし、ビッチ化させる変態性癖。


 ほんと、理解に苦しむ。


 綺麗な青春エロゲに自分の歪んだ性癖を入れられないからって、そういう役回りを可愛いモブちゃん一人に全部押し付けるんじゃねえよ……! ぶっ●すぞ……!?


 思わず口汚い罵り文句を出してしまったが、これは何も俺一人の意見じゃない。


 レビューサイトにも琴璃ちゃんの扱いに憤っている人はいてくれて、エロゲ販売サイトの感想欄でも怒っている人はちゃんと存在している。


 まあ、その一方でめちゃくちゃ興奮しているクズ野郎もいたわけだが……そこはもう仕方ない。そういうものだ。




「うぅぅ……くそ……くそっ……」




 ともかく、俺はこのゲームをプレイし、琴璃ちゃんに本気の恋をしてしまっていた。


 行動、仕草、見た目、性格、どれをとっても最高で、エロゲ界ナンバーワンヒロインといっても過言ではないほどに魅力を感じたわけだ。


 それゆえに、こんな落とされた姿を目にしてしまっては、ダメージも当然受けてしまう。


 高校三年の秋で、受験も目前だっていうのに、今日も勉強がまるで手につかなかった。


 夏休みに頑張って上げた偏差値もみるみる下がってしまっている。


 秋にコネメモをするから、そのために前もって上げていた偏差値だっていうのに……。




「……琴璃ちゃん……」




 大切なものを失い、すべてがどうでもよくなった彼女の気持ちが理解できてしまう。


 あまりの辛さに、とりあえず外へ出ることにした。


 時刻はしっかり夜。


 玄関の扉を開けると、こんな時間にどこへ行くのか、と母さんから呼び止められたが、適当にコンビニだと伝えておいた。


 一応学校へはちゃんと行っている。


 精神的にかなり落ち込んでいるが、それは表向きあまり出していない。


 この鬱状態を治すには、琴璃ちゃんの報われている姿を拝むこと。この一点に尽きる。


 どうにか……どうにかしてそれを見ることができないか……。


 彼女の幸せそうな……笑った顔を……。




 そんなことを考えながら、ボーっと夜道を一人で歩いていた矢先だ。


 向こうの方から車の光が俺を照らしてくる。


 大きい。トラックか何かか。


 まあ、ちゃんと歩道を歩いているし、轢かれることもないだろう。


「はぁ……」


 そうやって、呑気にため息をついていると、だ。


 凄まじいブレーキ音が耳をつんざく。




 ……え?




 疑問符を浮かべた刹那、凄まじい光と共に、体へとんでもない衝撃が加わった。


 俺はその場から吹っ飛ばされ、あっけなく地面に落とされる。


 ????????


 疑問符は止まらない。


 そもそも、何が起こっているのかわからなかった。


 もしかして……轢かれた……?


 ちゃんど歩道……歩いていたつもりだったのに……?


 訳がわからなかったが、体は既に何も感じなくなっていて、意識も途切れそうになっていた。


 ――死ぬのかもしれない、俺。


 嘘だろ……? マジ……か……?


 エロゲのこと考えてボーっとしていたらトラックにはねられて、それで死亡……?


 あまりにも情けなさ過ぎる。


 情けなさ過ぎても、これが現実だ。


 あぁ……受け入れるしかないのか……。


 消えゆく意識の中、俺は何度も何度も、強く思うのだった。


 やっぱり、琴璃ちゃんの笑った顔が見たかったな、と。


 死の間際まで、エロゲ脳の人間はこんな感じらしい。


 思わず笑えてしまい、次の瞬間に俺の意識は完全に途絶えた。

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