反照のステージ
吉宮享
反照のステージ
私は、褒められるのが好き。
誰かに褒めてもらえるのが嬉しくて、勉強も運動も頑張ってきた。
その甲斐があって家や学校で可愛がられながら育った。
そんな私がアイドルに憧れるのは、必然だった。
画面の向こうで、可愛い衣装を着た女の子達が歌って踊り、歓声を浴びている。
何千、何万という人達に、褒められている。
私もそうなりたいと、強く思った。
以来、私はアイドルになるため行動した。
アイドルについて調べてその厳しさも知ったが、熱は冷めなかった。
小学校の時から親を説得して、歌やダンスの教室に通い始めた。
褒めてもらえずに不貞腐れることもあったけど、私は練習を重ね、アイドルのオーディションも積極的に受けた。
不合格でも、私は私を諦めない。
ステージを目指し、自分を信じて突き進んだ。
15歳の時、大手事務所の新規アイドルグループのオーディションに合格した。
ある日、5人いるメンバーの顔合わせで、事務所に呼ばれた。
彼女――
「よ、よろしくお願いします」
月夜はこわばった表情で、ぎこちないお辞儀をする。緊張がこちらにも伝わってきた。
セミロングの黒髪。地味で簡素な、フレームの細いメガネ。見た目からして真面目な子。
可愛いと思う。でもその可愛さはアイドルというよりは、箱入りの文学少女だ。
メンバー紹介が終わった後、諸々の説明を受けて解散となった。
私は帰り際に一人ずつと連絡先を交換していき、最後に月夜に話しかけた。
「月夜ちゃん、これからよろしくね」
「は、はい……! ……よろしくお願いします!」
「そんなに緊張しないで。それに敬語じゃなくていいよ」
「う、うん。よろしく……
月夜は、私の名前を照れくさそうに呼んだ。
正直、月夜はアイドルと縁遠そうに見えた。
なのになぜオーディションに受かったのか。
その疑問はレッスンが始まってすぐに解決した。
「月夜ちゃん、すごく上手よ」
「え……いえ、そんな」
「もう、こういうときは素直に喜んどきなさい」
謙虚な反応の月夜を、トレーナーが笑顔でたしなめる。
月夜のパフォーマンスは、突出していた。
勢いのあるステップを踏んだかと思えば次の瞬間にピタリと止まる、激しい緩急のあるダンス。
動いてもブレない、高い歌唱力。
おとなしい見た目とのギャップも相まって、そのパフォーマンスは自然と周囲の視線を奪う。
一朝一夕で身についた実力じゃないことは明らかだった。
そこで、トレーナーの視線が今度は私に向く。
「陽向ちゃんもいい感じよ」
「ありがとうございます!」
トレーナーに褒められ笑顔で応えるも、釈然としない。
今は悔しさの方が、勝っていた。
やがてレッスンが終わる。
私が他のメンバーに続いて退室しようとしていると、月夜がトレーナーの方へ近づいていくのが見えた。
「すみません。今日ここって何時まで使えますか?」
「そうね……あと30分は大丈夫よ」
どうやら自主練をするらしい。
私は出口へ向かうのをやめ、トレーナーに駆け寄った。
「トレーナー、私も自主練させてください!」
ここで帰るのは、本当に負けた気がして、嫌だった。
トレーナーが部屋を出て、私と月夜の二人だけになる。
月夜は今日レッスンで褒められた振りつけを練習している。
私も負けじと同じ練習をするが、横目でつい月夜の方に目がいってしまう。
私からすればもう完璧に見えるが、月夜は何が気に入らないのか同じ動きを繰り返す。
100点満点を取っているのに、幻の追加点をずっと探している。そんな印象だった。
それだけの情熱が、彼女の中にはある。
「ねぇ、月夜ちゃんはなんでアイドルになったの?」
「そ、その……昔見たアイドルの歌とダンスに憧れて」
月夜は相変わらず緊張した様子。
「歌とダンスはどこかで習ってたの?」
「いえ……。動画を真似て練習してただけで……」
だとすれば、どれだけの時間をその練習に注いできたんだろう。
どれだけ、努力してきたんだろう。
気づけば、月夜に対抗して自主練をすることが習慣になっていた。
……本当は、こんなはずじゃなかった。
体を休めることも必要だし、私達にはもっとやるべきことがある。
私達は、まだ何者でもない新人アイドル。
自主練も必要だけど、それよりも名前を売ることの方が大事。
だからまずはフォロワーを増やす。
SNS活動に力を入れてファンを増やし、仕事につなげる。
……アイドルなんて、早く売れなきゃチャンスが減る一方なんだから。
それから私達のグループは順調だった。
メディア露出が増え、世間に浸透していった。
特に私は力を入れていたSNS活動や、イベントでのファンサービスの甲斐もあって、一気に知名度を上げた。
私のSNSのフォロワー数は、グループの中で一番多い。
……対して月夜は一番、目立ってない。
SNSは業務的な更新しかしないし、イベントでもあまり喋らないから影が薄い。
ただ、パフォーマンスはすごい。
だからライブに来た観客からコアなファンが生まれるけど、他のメンバーの話題にかき消されがちだ。
パフォーマンスが良ければいいなんてのは、とうの昔の話。
そうわかっていたから私はSNS活動に力を入れたし、実際に評価も得ている。
なのに……この現状を、私はどこかもどかしく思っていた。
次第に私一人が番組や企画に呼ばれることも多くなり、自主練をする余裕がなくなっていった。
それでも、活動を続ければ曲数が増え、覚えるにも効率が求められる。
自主練を続ける月夜との実力の差は、開いていくばかりだった。
あるライブでの出来事だ。
「今日は新曲を持ってきましたー!」
新曲のサプライズ披露。私のMCに会場は一層盛り上がる。
この曲の見せ場は、リレー形式のダンス。
2回目サビ後の間奏中に、一人ずつダンスを披露するパートがある。
落ちサビに向けてボルテージを上げるため、ダンスの順番も重要になってくる。
今後はライブごとに順番や振りつけを変えるようだが、初披露の今回は単純に実力順で割り当てられた。
――私が4番目で、最後の5番目が月夜。
悔しいという気持ちはあった。けど、仕方ないと納得してしまう自分もいた。
……とりあえず、今はライブに集中だ。
「聴いてください」
MCが終わり、曲が始まった。
新曲なので当然、コーレスは完成してない。しかし二番になると曲の構成を掴んだのか、手探りの掛け声が増え、熱気も上がっていった。
やがて2回目のサビが終わり、例のダンスパートに入った。
一人が中央でダンスを披露する間、他のメンバーのフォーメーションは細かく決まってない。
私はステージを右のほうに歩いていき、端にいる観客の反応を見る。
(私のファンだ!)
私――陽向の愛称『ヒナちゃん』と書かれたうちわを持ったファンが目についた。
私は笑顔で視線を送り、指ハートを作る。
ファンを中心とした一帯から歓声が上がった。
私は嬉しくなり、他に自分のファンを探して会場を見渡す。
(……あ、まずい)
気づけば私のダンスパートまで間奏が進んでいた。
間に合わない。そう思いながらも急いで戻ろうと振り返る。
――ステージの中央に、月夜が立っていた。
(え?)
状況が理解できない中、月夜と一瞬目が合う。
それで伝わった。
月夜が私のミスをフォローしたのだ。
……でもここで月夜が踊ったということは、最後のダンスが私へと入れ替わる。
ミスの焦りと想定外のプレッシャーで混乱する。
でもすぐに頭を切り替え、私は覚悟を決めた。
(……負けてられない!)
月夜の後、私は精いっぱいのダンスで間奏のトリを飾り、熱狂の中、全員で落ちサビを歌いきった。
新曲の披露で最高潮に達したライブは、そのまま一瞬で過ぎていった。
ライブの後、私は自分のミスを謝罪して回った。
みんな特に問題にならなかったからと、笑顔で許してくれた。
ただマネージャーには「ファンを大切にするのはいいがステージに集中しなさい」と注意された。
そして肝心の月夜は、早々に帰ってしまったため、お礼を伝え損ねてしまった。
自宅に帰ってライブの感想をエゴサすると、私を褒めるたくさんの言葉が溢れていた。
『ヒナちゃん今日も可愛かった~』
『はじめてヒナちゃんにファンサもらった! 一生推す!』
ファンの言葉から、活力を受け取る。夜の私の習慣だ。
いくつかはネガティブなコメントもあるが、気にならない。
褒められることの方が何千倍も嬉しいから。
……でも今日は、どんな言葉も素直に喜ぶ気にはなれない。
『新曲最高だった! 間奏のダンスカッコいい! トリを任されるなんて、さすがヒナちゃん!』
新曲のダンスついて触れる投稿も見つかる。
誰一人、私のミスでダンスの順番が入れ替わったなんて気づいてない。
月夜のフォローが完璧だったのもあるが、初披露の楽曲だから気づきようがないのだ。
それに今回の構成は今回限りだから、私のミスが今後ファンに発覚することは、たぶんない。
ファンは、新曲のダンスの一番おいしいところに私が抜擢されたと、勘違いしている。
私にとっては、この勘違いは都合がいい。
そう頭ではわかっているが……私は自分を許せない。
失敗した自分を許せない。
失敗を隠したままファンから称賛される自分を許せない。
本当のことをファンに伝えない自分が許せない。
何より――。
『ダンスならツーちゃんがトリかと思ったからちょっと残念。でも、ヒナちゃんすごい気迫だった』
ツーちゃん――月夜のファンと思われる投稿が視界に映る。
――月夜があれだけ努力をして勝ち取った役割を、私が奪ってしまった。
それが一番、許せなかった。
次のレッスンの後。
私は廊下にある自販機でミネラルウォーターを2つ買って、レッスン室に戻った。
「……陽向ちゃん?」
一人で自主練をしていた月夜が、こちらを見て驚く。
「私も自主練してこうかなー、なんて」
誤魔化すように言いながら私は月夜の方へ歩いていった。
「ほら、あげる」
私はミネラルウォーターを差し出す。
月夜が「そんな――」と断ろうとしてたけど、私はその言葉を遮る。
「前のライブのお礼よ」
「……うん、ありがとう」
善意の理由を理解して、月夜はおとなしくボトルを受け取った。
「私の方こそ。フォローしてくれてありがと。助かった。おかげで誰も私のミスに気づいてない」
「良かった。わたしより、陽向ちゃんが活躍する方がみんな喜ぶから」
月夜は平然と言う。お世辞じゃない。本心だとわかる。
それが逆に――私の神経を逆撫でした。
「月夜ちゃんはそれでいいの?」
攻めるように、冷たい声が私の喉から出てしまった。
お礼を言いに来たのに台無しだ。そうわかっていても、口は止まらなかった。
「わかってる? 私が月夜ちゃんの見せ場を奪ったんだよ」
「……陽向ちゃんの助けになれたなら別に――」
「私が活躍できればいいの? 月夜ちゃんだってアイドルでしょ。自分も目立たないと」
「でもわたし、地味で……陽向ちゃんみたいに可愛くないし」
「可愛いでしょ」
「え――!?」
「少なくとも私は最初からそう思ってる」
私が言うと、月夜の顔が真っ赤になる。
初々しい反応が気まずくて、私はすぐに言葉を付け足す。
「もちろん私の方がもっと可愛いけどね」
「そうだよ!」
月夜は妙に自信満々に言ってくる。
「陽向ちゃん可愛くてスタイル良くて声もいいし歌もダンスも上手くてファンサもすごくてほんとありがとうございますって感じで……」
「ちょ、ちょっと――!」
急に早口でまくし立ててくる月夜に、今度は私が恥ずかしくなった。
こんな様子の人を、私はアイドル活動の中で何度も見たことがある。
「なに、いきなり。……まるでわたしのファンみたいなこと言って」
「! ……は、はい! 一目見たときから大ファンです! ヒナちゃん最推しです!」
月夜が身を乗り出して、私の手を握ってきた。熱と力がこれでもかというくらい伝わってくる。
普段の月夜はどこへやら。その姿は握手会に来たファンそのものだった。なんか敬語だし。
私が面食らって固まっていると、月夜もそれに気づいたようで冷静さを取り戻す。
「ご、ごめん。急に」
「本当に急でビビったわ。……まあ、ありがと。ファンだっていうのは嬉しい」
……嬉しいが、今大事なのはそこじゃない。
「私が可愛いのは自明の理だけど……月夜ちゃんも自分が可愛いって自信持って。自分を下に見てると、自分のいいところも見えなくなるよ」
「わたしにいいところなんて……」
「歌とダンスは強みでしょ。……私だって、月夜ちゃんのことすごいって思ってる。……正直、悔しい」
「でも、ヒナちゃ……陽向ちゃんはわたしと違って忙しくて」
「それでも悔しいものは悔しいの!」
そして悔しいと思いながらも、時間がないから月夜との実力差は仕方ないと、自分を納得させていたことに嫌気がさす。
私は練習を妥協していた。この前のライブだって、もっと曲を体に覚えこませていればミスなんてしなかったはず。
対抗心で、人は成長する。私には、月夜のようなライバルが必要みたいだ。
「だから自信を持って! あなたは魅力的だって!」
「…………!」
今度は私が月夜の手を強く握った。
月夜は目尻に涙を浮かべて、私の眼差しを受け止めている。
決意をにじませたその泣き笑いの表情は、誰よりも美しく見えた。
――やっぱり、月夜に人気がないなんておかしい。
可愛いし、歌もダンスも努力してる。全人類、月夜を褒めるべき。
なのに世間は気づいてない。
みんなに月夜を知ってほしい。月夜を応援したい。
……そっか。今わかった。
「たぶん私、月夜ちゃん――ツーちゃん推しなんだと思う」
「え!?」
「でも、推しである前にライバルよ。見てなさい。歌もダンスも、すぐに追い越すから」
「……わたしだって、負けません!」
それから私達は、ライバルとして高め合っていった。
お互いのパフォーマンスに対抗心を燃やし、他のメンバーも巻き込んで意見を出し合った。
私は、月夜から歌やダンスを学んだ。
逆にSNSやファンサが苦手な月夜を、私は徹底的に指導した。
自分を磨き上げ、相手に照らされてまた輝く。そうやって成長していった。
私達は、人気アイドルグループとしての地位を築いていった。
年末の歌番組も出たし、都心のドームだって経験した。
ただ一世を風靡しても、それは一時のもの。
やがて人気は落ち着いていき、いい年齢にもなったので解散することが決まった。
メンバーは、タレントや女優など各々の道へ歩き出した。
私はタレントをしながら、ソロアーティストとして音楽活動を続けている。
大勢の観客が待つステージ。
舞台袖に一人で立ち、私は息を整える。
客席を覗いてみると、開幕前から二色のペンライトが輝いている。
今日は、ソロアーティスト二人のツーマンライブ。
黄色は、私の色。
そして紫は、私と同時期にアーティストデビューしたライバルの色。
ライバルで、推しで、唯一無二の親友。
そんな――私のアイドル。
反対側の舞台袖に立つ彼女と、お互いの姿を確かめて。
私達は、ステージへ駆け出した。
反照のステージ 吉宮享 @kyo_443
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