第3話 金貨

 猿には専用の小屋が与えられていた。小屋を与えたのは桃太郎である。その小屋には一つの箱が置かれていた。木製の箱の表面には金属の補強が施され、その無骨な構造は容易に運搬できるものではないことを示していた。その箱には厳重なカギがかけられており、触れる者の心を最初から諦めさせるような圧を放っていた。その存在感は、箱の中に計り知れない何かが隠されていることを示していた。

 太陽が西に傾き、日影が伸びきった頃、桃太郎は猿のいる小屋にやってきた。彼の目的は黍団子と資金の調達であった。桃太郎の姿を見かけると猿は何らかの書類を慌てて隠した。桃太郎はそのことに気づいていたが何も尋ねなかった。

「へえ、黍団子でございますね。三つでよろしいですか?」

 猿は桃太郎の要求に素直に応じた。黍団子は動物の勧誘に使うのである。もらう数はいつも三つと決まっていた。しかし、その日は少し違った。

「いや、今日はもう少し欲しいのだ」

「もう少しといいますと?」

 普段、桃太郎の求めに素直に応じる猿であったが、うつむいたまま動きが停止した。猿は黙ったまま桃太郎の次の言葉を待った。その裏では桃太郎の表情が緊張でこわばっていた。不自然な沈黙は猿の不審につながるだろう。桃太郎は緊張に耐えながら慎重に言葉をつないだ。

「実は勧誘するべき動物がたくさん見つかったのだ」

 これを聞くと猿は、ああなるほどといった表情となった。

「だとしたら金貨も必要になりますね。金貨は三枚でよろしいでしょうか?」

「うむ、三枚あれば十分でしょう」

 もともとは桃太郎が養父と養母から預けられた金と黍団子。本来はとやかく言われる筋合いはない。しかし、桃太郎は強く言わなかった。猿の機嫌を損ねることを恐れたのだ。それ以上に、猿の機嫌を損ねることで自分が傷つきたくなかったのだ。

 桃太郎は背を向け、小屋を出ようとした。

「ああ、そういえば」

 その背中を猿の声が呼び止めた。

 桃太郎にとって、猿との会話は黍団子と金貨の引き出しのため。猿と話す用事はない。そもそも、あの卑屈そうな目が嫌なのだ。あまり嫌悪感を前に出したくないが、時間もかけたくない。できる限り手短に終わらせたい。

「そういえば、この近くに酒場があるらしいのですが・・・」

「それがどうした」

「いえ、すでにご存じかもしれませんが、その酒場はお気を付けください。悪いうわさがございます」

「うわさだと?どんな噂なのか?」

「支配人が鬼だという噂です」

「なに?支配人が鬼だと?それは聞き捨てならぬ。鬼は我々が討伐するべき相手。その鬼たちが女性従業員を使って接客する店を開いているとしたら、それは残念なことであるな。もし、そこに通う客がそのことを知ったらどう思うことか」

「ええ、でも証拠はありません」

「ふむ、わかった。気を留めておくこととしましょう」

 桃太郎は足早に立ち去った。その姿を見送る猿の唇は意味深な歪みが浮かんでいたのだった。

 猿は事務方に徹していた。しかし、猿は忙しそうにしていたが本当は違っていたのである。猿は小説を書いていたのだ。

 猿は日常の事務作業に追われる一方で、隙間時間を見つけては小説を書いた。何らかの公募の締め切りが近づいていたのだ。そのことはわかっていたが桃太郎は黙認していた。なぜなのか。桃太郎も小説書きだったからだった

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