第12話 これはシズカの物語
Chapter1 銀河最強伝説
銀河系と我々が呼んでいる、どこにでもある棒渦巻銀河。その中の何億とある、寿命の半分ほど過ぎた主系列に分類される恒星。その恒星を重力中心とする惑星なんてそれも何億もある。
その中で、定義はともかく、生命を育むことが出来る惑星だって幾つもあるのだ。
何が言いたいかというと、特別な物は何もない、よくある星の、一般階級の、まだ成体とも言い難い、一人の女性が、この銀河系最強なのだ。
肉体、頭脳、精神そのどれもが銀河系最高の水準であるが、最も秀でているのが彼女の美しさだった
彼女の名は『シズカの真名』&『シズカの家名』と言う。
(地球の日本語ではどうしても表現できないため、このように表記させてもらう。&は文字列を結合するための記号として解りやすいだろうということで選んだ)
両親は健在。
宇宙を旅する科学者夫婦として有名であったが、『シズカの真名』の姉が生まれる頃、漂流をやめて本星に居着くようになった。
そして姉が
上の姉は、両親が宇宙を旅している間に知り合った地球系人類に預けたきり、行方不明だ。
下の姉は、『シズカの真名』に劣らない才女であるが、「計画実行力」に乏しいためいつも中途半端で終わってしまうため、点数としての評価は『シズカの真名』よりは低い。
そんな完璧な存在である『シズカの真名』がいつまでも一般人であることは許されない。
彼女がスクールを卒業して時空監察官になり、そのマントの色がグレーになったとき、銀河評議会の一席を与えられたのだ。
いや、それは真実ではない。『シズカの真名』の銀河評議会入りは、評議会の全会一致で望まれたのだ。
銀河評議会のメンバーとなることは即ち文明の代表、惑星の代表となることだ。『シズカの真名』の言葉は、それらと同等の重さを持つものとなった。
銀河評議会に一票持つ『シズカの真名』は、まさしく「
前述したように『シズカの真名』は特別であるが故に特別な存在になることを嫌った。
評議会の仕事中は知的な美人であり、オフの時は「
若者のファッションリーダーたらんと日々努力する毎日でもあった(流石に神もこの手の才能まで『シズカの真名』に与えることはしなかったのだ)。
Chapter2 銀河評議会
「『シズカの家名』さん!銀河評議会お疲れさまでした」
「ブカエー」
重厚な議事堂の扉を出たところで、『シズカの真名』の秘書であるブカエーに名を呼ばれた(ブカエーはギリギリ日本語で発音可能なため『』無しで表記する)。
銀河評議会は銀河文明の最高意志決定機関だ。
そこでは文明の行く末を左右するような重要な法案が協議され、決議されていく。
「どうしたの、ブカエー。こんな所まで来るなんて」
「『シズカの家名』さんのお荷物でも持たせていただこうかと……」
「そういうことを聞いてるんじゃないの。ここには
「そ、そんな……冗談ですよね」
「……私の側近に化けるのなら、もうちょっと気の利いたことが言える者を寄越しなさい」
ブカエーを名乗る女の首がゴトリと床に落ちた。
「貴女は本物?」
動く歩道に乗り、『シズカの真名』は評議会の議事堂から出る。
議事堂は古代の遺跡をオマージュした建築様式で、石造りの重厚な建物だ。過度な修飾を施さないその偉容は、銀河文明の代表であるケンタウリ人達の覚悟を表している。
その議事堂前にあるケンタウリ銀河スタジアム半分ほどの広さの前庭には、秘書のブカエーが『シズカの真名』を待っていた。
先ほどゴロリンした首と全く同じ顔だ。
いわゆる『シズカの真名』ジョークだ。これを無表情でやるから、言われた方は本気かどうか分からず大変に困るのだ。
「お疑いなら、この首をはねて頂いてもかまいません」
ブカエーはそのあたりも慣れたもので、最適解で答える。
「可愛くないわね。お昼にしましょう。貴女まさか、私をおいて先に食べたりはしていないでしょうね……」
『シズカの真名』はスケジュール通りに会議が終われば、この可愛い秘書とお昼ご飯をとる約束をしていたのだ。惑星アリシアの代表がまた小難しいことを言ってきたので、会議は大幅に長引いた。人に思考することを強いるなら、昼食がずれ込む事への影響を少しは考えて欲しいと『シズカの真名』はいつも思うのだ。
「当然食べたわよ。今何時だと思ってるの」
秘書ではあるが、『シズカの真名』が評議会活動でない時は同世代の気安い話し方にさせており、2人はプライベートでは友人付き合いをしているのだ。
「しょ、処刑よ!私は時空監察官永久筆頭の『シズカの名前』だぞ!裁判も何もかんもすっ飛ばして、死刑にするわよ!」
時空監察官が自分の感情で特権を行使するのはこの時代では普通のことだ。『シズカの真名』はその点、非常に高潔なことで知られており、軽々しく特権を行使することはない。
ただ、これも無表情でやるから、言われた方は本当に死にそうな顔になる。
今も周囲は騒然となっているが、『シズカの真名』とブカエーにとっては単なる戯れあいのようなものなのだ。
「そんな事すると、時空監察官監査官が来るわよ。はい、『シズカの真名』の分買っておいたわよ。どうせこれが気になって集中できなかったんでしょ」
「ブカエー愛してるよ」
2人は前庭のベンチに座り、カマキリ弁当を食べた。大きなカマキリの唐揚げが入った人気の弁当だ。
「ほら、お茶も飲んで」
「アリガト」
ムシャムシャと弁当を頬張る姿も美しい。後ろ脚が口から飛び出ていても、何らその美と品格が褪せるとこはない。
食欲旺盛な『シズカの真名』にブカエーは悲しい顔で問い掛けた。
「あんた、……私と同じ顔の首をはねといて、よく食べれるわね。私も刺客だと思わないわけ?」
「分かってるよ。気は抜いていないつもり。……同級生の差し入れって、それだけで嬉しいものじゃない?」
「分かってるならどうして!」
「さっき、解毒薬を飲んだ。私に毒は効かないよ」
「ホント、昔からあんたのそういうところ、嫌いだったわ」
ブカエーは口元から流れる赤い一筋。
彼女は『シズカの真名』を毒殺し、自らも命を絶つつもりだったのだ。
お茶に入れた毒によって。
「私は貴女のこと好きだったよ」
ブカエーの死体をベンチに残し、立ち去る『シズカの真名』。
食べかけの弁当はダストボックスに投げ捨てた。
『シズカの真名』はカマキリよりはクワガタの方が好みなのだ。可食部が多いから。
Chapter3 時空監察官
グレーの時空監察官ともなると、誰かから仕事を与えられるわけではない。
自ら考え、解決のために動く。
しかしたまには後輩の悩みも聞いてやることもあった。特に若手は、よく見ておかないと勝手に死んでしまうような仕事の仕方をするからだ。
「で?この超忙しい
ダメナコーハイは『シズカの真名』よりも少し年上で、スクールでの専攻は惑星興亡史だ。それも最も文献が充実した星の一つ、地球が専門。
「僕、地球との同盟交渉に至る歴史を点検していたんだけど。ほら、ここと……ここ」
「ん。確かに、交渉を邪魔しようとしている勢力がいるね。……これもそうなのかな?」
テーブルの上に投影されたホログラムの複雑な年表上で幾つかのポイントを『シズカの真名』は指し示す。
「さすが『シズカの家名』さん。そうなんだよ」
「まあ、歴史の転換点ではよくある話……では済まないと、君は考えている」
時空監察官は歴史学者でもある。
銀河系のあらゆる文明の過去を知ることで、危険な兆候を察知し、歴史犯罪を未然に防ぐのだ。
二人の歴史学者は語る。
歴史の転換点。
それを違えると、今の歴史には決して続かないという時空間のポイントだ。
時空犯罪の多くは転換点を起こさないことや決定的にずらすことを目的とする。
その転換点を保護する目的で設置されるのが『超次元アンカー』だ。
「地球圏との同盟は必要だ。同盟締結が成されないと、科学技術は数世紀停滞していただろうって言われてる」
「そうでしょうね。認めたくはないけど、地球人達の止まらない欲望が今の科学を引っ張ってきたのは間違いないわ」
たとえ並行世界であっても、既得権を害されることを良しとしない地球人の物欲が、超次元アンカーという途方もない仕組みだった。
超次元アンカーは50次元、千の並行世界にわたる不動の重しだ。
それより過去に歴史犯罪が起きたとしても、歴史は必ずそのアンカーの時空へ収束する。つまり遥か過去に遡り時空犯罪を犯したとしても、護られなければならない事柄は必ず起きるのだ。
「同盟締結の歴史にはまだアンカーは打ててないから」
「そうね、ここを大きく変更されると不味いわね」
現在設置できているアンカーは70年前に設置された一本だけ。
本来は同盟締結の日まで百年毎に設置していく計画だ。
チェックポイントもなく、最後だけ決められているスケジュールは非常に危険である。
例えばあなた。
ホームでえきそばを食べているうちに電車が出発してしまうと、後々の行動に支障が出る。次を待てば目的地には着くのだろうし、「後から来る快速が先に着きます」のように、より早い手段があれば焦ることもない。
しかし、「整理券が配られ始める時間」という刻限があったとしたら?
あなたはなりふり構わずタクシー乗り場に走るだろう。運転手さんに無理を言って高速道路をぶっ飛ばしてもらうかもしれない。難を示す運転手さんをぶっ飛ばしてしまうかもしれない。
超次元アンカーも同じだ。収束点が近いのにあまりにも大きなズレが発生すると修正が効かない。超次元アンカーは破壊され、反射波は過去にもおよび、最後には時空自体が崩壊してしまうのだ。
翌日の新聞一面に顔写真が載ってしまうあなたのように、すべては終わる。
「タイムリミットは?」
同盟締結が成されなくなるほど、そしてこの時空が破壊されてしまうほど歴史が狂ってしまうまで。
「……そうだね。この後地球は統合戦争があって、復興、系外進出、僕らと出会って……あまり余裕はないな。同盟締結の三〇〇年前には反対勢力を潰しておかないとならないだろう」
「まあ、君が見つけたこの段階ならまだ一〇〇年は余裕があるわね。少しずつ潰していけば……」
「いや、奴らはまとめて潰す」
「「室長!」」
突然現れ発言したのは、時空監察官室の室長である。
「短期間で集中的に叩くのだ。反政府的行動をとるリスクの大きさを魂に刻み込んでやれ」
そして室長はぬめっとした雰囲気で、ダメナコーハイをなじる。
彼は地位と権限をもって、立場が下の存在を苛めるのが好きなのだ。
「駄目じゃないか、ダメナコーハイ。こういう重大案件はまず私に報告すべきだろう?『シズカの家名』君に相談して穏便に済ませようと思ったのだろうが、テロリストに情けは無用だよ」
「……はい、申し訳ございません」
過激な室長の発言だが、『シズカの真名』は悪くないと考えていた。相手組織が肥大化し、末端までのコントロールが効きづらくなったあたりで上から下まで根こそぎに叩き潰す。割と好みである。
「相当大がかりな作戦になりますね。担当は?」
「君だよ」
「では他のメンバーをピックアップ……」
「君だと言っているんだ、『シズカの家名』独立時空監察官、君の単独任務だ。銀河最強のその力存分に振るってくれたまえ。おっと、無理ならば早めに言ってくれよ?準備というものがあるからな」
Chapter4 シズカ
『シズカの真名』を送り込む時代は決まった。同盟締結から三〇〇年前の日本という国。そこの海に面した小さな町だ。
歴史への介入はほとんどが一度きりの勝負だ。
頻繁に修正を入れたり、大規模で事に当たるとそれだけで時空は大きく歪む。
修正するつもりが止めを刺すということにもなりかねないからだ。
『シズカの真名』の旅立ちの準備が始まった。
先行部隊による隠れ家の準備や、住人IDの偽装などが数日かけて行われた。
およそ一週間に及ぶ不老化処置が終わり、処置水槽から出てきた『シズカの真名』。同時に基本的な知識のインストールや生体コンピューターのバージョンアップなども終えた。
危惧されるのは、時空監察官であることを感づかれることだ。
存在を怪しまれ、こちらの準備が整う前にテロリスト達に返り討ちにされてしまわないよう、地球人の中に完璧に潜り込まなければならない。
そのためには現地での協力者は欲しいところだ。
しかし都合良く協力者が見つかる可能性は非常に低い。
出発までの残り一ヶ月で1000年前当時の文化風俗を身体にたたき込み、完璧な地球人を目指す。
命の危険がある過酷な任務ではあるが、『シズカの真名』には密かに楽しみにしていることがあった。それは合成食ではない食事を味わえるかもしれないということだった。この時代、肉も魚も野菜もほぼ全てが人工的に合成された食材だ。昆虫だけは養殖ではあるが本物のタンパク質でとても人気がある。
本物の魚が食べてみたい。タコとかナマコとか、あり得ないものも食べてみたい。
普段着はキモノベースでいくことにした。
スタイリストがなにやら思い入れがあるらしい。
「少し時代が合わないんじゃないかしら?」
「良いの良いの。田舎だったらキモノの人は結構いたみたいだよ?……ちょっとエッチかなぁ」
『シズカの真名』が着ると身体の線が出にくいといわれるキモノが逆に線を強調してしまうようだ。
「まあいいか。向こうはロングの黒髪が特別みたいでね、不老化処置で伸びた髪もこうやって簡単にまとめるだけで……」
スタイリストが『シズカの真名』の髪をモゲラ2世編みで軽く編み込み、端を赤いリボンで留める。
「どうよ?ダメナコーハイ君」
「うわ……すごく良いですね!」
今にも暴れ出さんとする長い黒髪が、モゲラ2世編みで拘束される様子も良いが、胸元とかお尻とかちょっとエッチなのも良い。
「ダメナコーハイはぁ、独立時空監察官を煽てるのが上手いなぁ!……似合ってる?」
「それはもう。とても綺麗です」
苦労したこともある。
「地球人って表情がいっぱいあるのね……」
幼い頃からエリートで、表情も繕わなくてはいけなかった『シズカの真名』は、同世代と比べても表情が固い。感情は人並みに持ってはいるが、それを表に出すことは彼女自らが禁じていたからだ。
室長一家が謎の失踪を遂げてから、笑顔が増えたと自分では思っているが、それでもまだ資料映像資料の中の地球人のようには笑うことが出来ない。
そして、旅立ちの日。
『シズカの真名』はダメナコーハイを伴って地球へ来ていた。地球の固有運動による出現点の誤差をより少なくするためだ。
1000年過去への跳躍は、よくあることではないがそれほど難しいことでもない。
「なに泣いてるのよ。こっちじゃたったの一年でしょ。それくらいの出張なんてよくある事じゃない?」
「でも、向こうで何かあって帰って来れなくなったら……」
いくら『シズカの真名』が銀河最強であっても、未知の世界へ赴くのは一人の女の子。ダメナコーハイの言うように帰って来れなくなることも十分あり得るのだ。
「その時は僕が探しに行く!くらい言いなさい。さあ、笑顔で、送り出して……私の新しい名前で」
係員が出発を促してくる。
ミャウドライバーのエネルギーは満充填だ。
「……そうだね、わかった。行ってらっしゃい、『シズカ』。良い旅を!」
位置エネルギー解放時の衝撃を吸収するための大がかりなシートに深く座り、ベルトを締めると、カプセルのハッチが閉じられ、カウントダウンが始まった。
『シズカ』は目を閉じる。
次に目を開けたらそこは、1000年後の地球。
魑魅魍魎が蠢く、海辺町だ。
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