第8話 大浴場。血に染めて

 露天風呂からは空しか見えないけれど。

 

 自分を殺しに来たはずの狂戦士と一緒に風呂に浸かる緊張と。

 この世界で一番の仲良しといっても良い女子と一緒に風呂に浸かる恥ずかしさと。


 海辺洞窟群の地下にある浴場でばったり出会ったシズカとスコップ。

 ともすればポロリだってありそうなシチュエーションだが、当人達の警戒度合いはそんなものが入り込むことを許さない。

 スコップは塹壕での生きた心地のしないあの夜を思い出したし、シズカは潜入先の女子高寮のあの夜を思い出した。


 まあ警戒度合いの温度差はともかく、そんな二人が生まれた星ではない場所で、露天風呂で肩を並べて空を見ている。

 

 無言で過ごすこと20分。

 遠くで洗濯機の完了音が聞こえた。

「あ、洗濯終わった」

 シズカのつぶやきが、凍った世界を動かすきっかけになり得たけれど。


(今の音は何だ?何かのギミックが作動したのだということはわかるが。どうしてシズカは動かない?)

 疑心暗鬼でスコップは動けないでいる。


(早く干さないと、しわになっちゃう。でも今出ると、スコップにお尻を見られちゃうし)

 これまでさんざん見られてきたことも知らず、羞恥のせいでシズカは動けないでいる。


 更に無言で過ごすこと20分。

 シズカが動いた。

「……ねぇスコップ?」

「うぇ!?」

 

 優しく、二年前は頻繁に殺気が乗っていたからそれに比べれば凄く優しく、シズカが話しかけてきたものだから、スコップは変な声で応じてしまった。

「どうしてそんなに驚いているのさ。ちょっと目を閉じていてもらえないかな」

「い、嫌だよ!」

 

(やっぱり来た。シズカさんのことだから、ひと思いに殺ってくれるんだろうけど……。今から死にますよって決意はできないよ!)

 スコップはシズカから目を離さないことに決めた。

(……暑い)

 

(スコップの視線!そんなに私の裸が見たいの?この前は興味なさそうだったのに、今更……ってなんだこの感情!)

 シズカは悶えた。

(暑い!)

 

 お互い、もう逆上のぼせそうなぎりぎりまで来ている。

 こういう逆境下では、あらゆる修羅場をくぐり抜けた暗殺者であるシズカの方が、スコップよりも先に動くことができた。

 

「スコップ、私もう出ようと思ってて。恥ずかしいから向こう向いてて欲しいんだけど」

「え?」

 普通の要望を述べただけなのにたいそう驚かれてしまった。シズカこそ、え?と言いたいくらいなのに。

 スコップのその意外そうな顔は何なのか。シズカは思考した。

 

「……そんなに、私のお尻見たいの?」

「や、別に……」

 シズカが脳波で操るコンピューターの計算結果と合わない。

 その理由は、精密な計算に重要な初期値

 

 {但し、a=(スコップはシズカが自分を殺そうとして追いかけてきたと思っている)とする。}

 

 が与えられていないからだ。

 そりゃ、導き出される答えが違う。

 ていうか、解けないはずが解けちゃう不思議。

 だからスコップはシズカの美ボディーを前に萎縮しているのだと考えた。

 

「見ても好いんだよ?」

「いや、別に見たいとは思わない」

「じゃ、どうしてこっちを凝視してるの?」

「僕が目を逸らすと、殺すんだろ?」

「……意味わかんない」

 

 シズカが優秀な暗殺者である理由は、目的を達成する為の事柄以外は深く考えないからだ。

 意味が分からないモノは、無かったことにする。


「とりあえず出るから。できればあまり見ないでほしい」

「あ、うん」


 シズカの思考パターンがわからない。

 シズカが、住人側に付いたとしたら、洞窟側のトップであるスコップを潰し、早期解決を図るのが普通だろう。彼女にはその力があるのだから。

 ただ、シズカが攻め込んできた背景はどうやらそんなに単純なことではないようだ。政治が絡んでいる、とスコップはあたりを付けた。

 山田と接触した後、なんの躊躇もなく洞窟に向かったシズカ。山田からの情報で何らかの決断をしたに違いない。

 それに、シズカならば山田のお願いとスコップ命、天秤に掛けるまでもなく、山田を選ぶ。

 もしかしたら……。

 スコップの中である仮説が成り立つ。

 

 シズカさん、僕たちが争っているの、知らないんじゃ?


 洞窟には何か用事があったから来ただけなのでは?

 彼女の失踪した姉の手掛かりを探しにきたのか。

 ただ自分に会いに来てくれただけなのか。……そうだったら嬉しいが。


 浴槽から出たあたりでシズカはスコップに話しかけた。大事な用事を思いだしたのだ。

「ねぇスコップ、聞きたいことがあるの」

 二年前のように、気軽な世間話のようにシズカはスコップに問いかける。

「何だい」


 純喫茶グリモワールでのなんてこと無い会話のように、スコップが返す。

 振り向かずに。

 振り向けばシズカのお尻があるだろう。

 

「私んちの電気、来てないみたいなんだけど、どうしてか知らない?」

 こりゃほんとに何も知らないな。

 スコップは確信した。

 だったら昨夜のあの意味深な会話はなんだったんだ?

 

「……ブレーカー。玄関の入ったところの上の方にある箱。あれを切ってある。ガスも水道も元栓を探して」

「ナルホド」

「月に一回は、確認してたんだよ?君がいつ帰ってくるか分からないから、解約もできないし」

「あ……ありがと」


「あと一つ」

 背後のシズカから威圧が発せられる。

 スコップは自分の心臓が数拍止まったのを感じた。

「ケンカでもしてるの?山田とアンタ」

 これは怒っているのではない、シズカは悲しいのだ。

「……ケンカ、じゃないよ」

 スコップは深いため息を付く。横にはお尻。

「元々は洞窟の住人内の問題だった。……町の人たちは巻き込まれただけ。……姫は優しいから」

 対立は簡単に深刻化した。

「洞窟に住むためには契約が必要だ。特に長く住んでいる僕なんかは、その拘束が強くてね」

 お互いに相手を驚異と見なし、自陣営内の結束をはかる。

「結果として洞窟側のリーダーをやってる。姫だって似たようなものじゃないかな?」

「スコップ……」


「僕個人としては、姫に対してなんの恨みも持っていないし、こんなことは早く終わらせたいと思ってるんだけど……。よいしょ、僕も出よう」

 今更言っても誰も信じてくれないだろうけど、シズカには知っておいてほしかったのだ。

 彼女の存在が何かが変わる引き金になってくれるかもしれない……。

 

「スコップ先輩、それ本当ですか……?」

 湯煙の向こうから、ここにいるはずのない人物の声がした。

「その声は、姫!?どうしてここに!」

「え?山田?」

 スコップに聞きたいことを聞けたけど、まだやや逆上せ気味なシズカと。

「シズカ?」

 相変わらず堂々と隠さない山田と。

 二年の月日を経て、二つのおっぱいが出逢う瞬間とき、地底温泉は赤い血に染まるのだ。

 

「「すっげぇ鼻血……」」

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