第2話 愛おしい相棒

「……よく寝た」

 時は日の出前。

 埃っぽい部屋の埃っぽい布団で仮眠と言うには少し長い休養をとったシズカ。

 二年の旅の間、まともな寝具で寝たことがなかったわけではないが、贅沢できる余裕はなかった。

 追手も気にせず安全なホームで寝ることが出来るということで、思ったよりも回復が進んだ気がする。

「さて今日は、なにしよっかな……」

 昨日はスコップの生存も確認できた。向こうから来てくれたのは手間が省けて助かった。

 シズカの強者ムーヴに上手く乗ってくれる、付き合い上手の可愛い奴め、なんて思っていたりする。

 なんか雰囲気が凄く変わっていたけど。

「となると、山田だよな……」

 本当は一番に会いに行きたかった。

 でも恐かった。

 あれだけ好き好き言っておきながら、捨てていったも同然だったから。すぐに帰ってこられると思っていたので、シズカの口から説明するようにと言ってくれたスコップの忠告も実施していない。

 怒っているなんてものじゃないだろう。口をきいてくれないだろう。

 ちょっとプイッとしている、山田の可愛い拗ねた顔。再会できた嬉しさを素直に表せない旬なツンデレ。優しく抱きしめると、シズカの胸に顔を埋めて号泣しちゃうのだ。

「ま、キスまでは求めないよ、悪いのは私だしね」

 おお、大宇宙的超前向き思考ギャラクティカル・ポジティブ・シンキング

「さて、行くか……」

シズカはさらし・・・をきつく巻き直すと、くたびれた浴衣をラフに羽織る。

 帯に日本刀を差し、ミャウドライバーを懐に放り込む……

「アレ?充電されてないじゃない」

 エネルギー残量が50%を切っている。1日過ごすにはやや心許ない。

 家中の電気製品を確認するが、やはり電気が通っていないようだ。ガスも止まっている。

「……口座確認。ちゃんと引き落とされている。どうしてだろう」

 お腹も空いてきた。

 昨日はスコップと分かれた後、すぐに寝てしまったのだ。

 二年間、海を渡ったり星を渡ったり、次元を越えたり。忙しかったから。

 そういえば昨夜はご飯も着替えもしていない。

「ま、いっか。臭くはなってないだろうから、山田に会った後、スコップにでも聞いてみよう」

 ヤツは物知りだからな。

 シズカとしては困ったことがあればスコップに相談はごく当たり前のこと。

「なんか来てほしがってたし、お土産いるかな?……いらないね……そうだ!山田の家でシャワー借りよう!」

 二年経っても懲りない猫は懲りないのだ。


 お向かい。

 道を越えてコンニチハと言える距離。

 旧山田旅館とシズカハウスはそんな位置関係にある。

「コンニチハ~ご無沙汰してます、シズカです~」

 誰も出てこない。玄関、旅館の入り口だ、が開いているので誰かはいるはずなのだが。

「シズカが帰ってきましたよ~山田~いないの~?」

 すると奥から、この元旅館の女将であった山田さち子が出てきた。

「あ、さち子さん、お久し……」

 さち子は無言でシズカの横を通り過ぎ、表に出るとシズカを手招きした。

「なんです?」

 さち子はガラス戸に貼ってある汚い紙を指さすと、家の奥へ戻っていってしまった。

 そこには、『押し売り、シズカお断り』と書かれてあるではないか。

「なに、これ?」

 意味が分からず、言葉の意味は分かるがどうして押し売りと同列で拒否されているのかが分からない。そこへさち子が戻ってきた。ザルに大盛りの塩を乗せて。

「あ、さち子さんこれって……ニャッ!」

 シズカに向けて投げられた塩をギリギリでかわす。

 無言でしかも憎々しげに塩を投げてくるさち子。

「えっとこれは……お清めの塩?穢れを払ったり、良くないものが家に入ってこないようにするための呪い……?」

 これは相当嫌われた。流石のシズカもそれは分かる。

「分かった!分かったよさち子さん!出て行くから……!」

 シズカはたまらず山田旅館から逃げ出した。


 シズカは町を歩く。

 

 区画割りはシズカが暮らしていた二年前と変わらないが……

「やたらとバリケードが多い……なんかの工事かな」

 バリケードとはいえ完全に邪魔をしてくるわけではなく、朽ちかけている物も多い。

 変な町だったし、そもそもシズカも数ヶ月しか住んでいなかったのだ。季節的な何かだと理解する。

 シズカは直進を阻む単管バリケードを謎の日本刀で切り裂き破壊していく事にした。

 目的地は海辺高校。その裏山。


「シズカ」

 とある路地を曲がったところで呼び止められた。

「山田!」

「動かないで……」

 声のするほう、背後から凄まじい殺気が押し寄せてくる。

「答えて。どうしていなくなったの」

「行方不明の姉を捜すためだ」

「どうして連絡の一つもくれなかったの」

「君を危険にさらしたくなかった」

「……そう。スコップの言っていたことは本当だったのね」

 殺気が霧散する。

 だがシズカは振り返らない。山田の感じる寂しさ痛み。それらが分かってしまったから。

「シズカ、もう貴女の時代に帰りなさい。そして、私のことも忘れて……」

 山田の気配が消える。

「山田……」

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