第5話
「……他のこと、考えてる余裕があるんだ」
彼の艶だった甘い声で、記憶の再生は途切れる。
弄る指の動きによって、既に濡れている聖域が、熟を知らぬ未開通の割れ目が、込み上げる熱を隠せないまま、彼の存在に焦がれているのが分かる。
ぐじゅぐじゅしてる、と厭らしい響きで呟き、目の前に二本の指を持ってくるとわたしの欲望を見せ付けるために伸ばして広げた。
「言ったろ。今は俺の事だけ、考えていればいいよ……ずっと抱きたいと思っていたから触れてるんだ……俺も、同罪」
それ、でも。感じて、いるでしょう。
しとしとと寂しく、誰かの涙のように、外に滴る雨の存在を。
嗚、呼。優しい。悲しい。切ない。同じ痛みを共有して、罪悪感さえ拭ってくれようとする彼の言葉は、甘くて、苦しい。
「……体、熱い。溶けそうだ」
そう囁く彼の体温は、今の季節を生きる五月雨のよう。高体温のわたしにとっては、ひんやりと澄み切り、心地よくて堪らない。
この低い温もりは、ずっと前から彼女のものだというのに。この柔い腕の中を、ずっと前からわたしのものにしたかった。
もうすぐこの世を去る彼女の時間の価値を奪っているのは、わたし。
彼女の残りの生がどれだけ尊いものなのか、どれだけ大切なものなのか、知っていて分かっていて、わたしは彼を求めた。
醜い気持ちを抑えきることは出来ず、ひと時の慰めでいいからと、わたしから、彼を夜の相手に誘った。
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