第2話 先輩の過去と人生の師

置賜おきたまの冬の気象理論」とは、かつて山形県の冬の気象シミュレーションに取り組んだ気象予報士が発表した一連の研究論文のことだ。数年前、田上たがみがまだ若手社員だった頃、地元のお天気キャスターとして絶大な人気を博していたが、自らの役割に疑問を抱き、将来への希望を見失いかけていた。


「将来的には気象予報士の仕事もAIに奪われるんじゃないか。面白く分かりやすい解説を心がけてきたけど、それだけでいいのか?もっと専門家としての役割があるんじゃないか。このままでいいのか、キャリアアップできるのだろうか……」


 そんな迷いの中で、この論文に巡り合い、その著者に会うため越後まで足を運んだ。田上の悩みを聞いた彼は静かに答える。


「田上君にとって『気象予報士の役割』とは何だと思いますか?もし、それが『未来の天気を予想すること』であるなら、からへのパラダイムシフトは既に実現しています。ただし、それは『AI』じゃなく、スーパーコンピュータによる数値予報の話です。AIが今代替しようとしてるのは、その『スパコン』の役割なんですよ。つまり、からへのパラダイムシフトということです。それに、人間は何度も試行錯誤を繰り返しながら成長していくものです。実はAIも、その原理は同じなんですよ。」


 さらに彼は続ける。「数値予報は物理学の法則で演繹的えんえきてきに未来を予測するものですが、AIは蓄積されたデータから帰納的きのうてきに未来を予測します。両者を相補的そうほてきに使い分けるのが大事なんです。このようなテクノロジーの発展が、必ずしも人間からレーゾンデートルを奪うとは限りません。むしろ、人間だけじゃ手に負えない部分を機械が助けてくれるのです。それで人間の可能性が広がるとしたら、田上君は何をしますか?」


 田上はこの言葉に衝撃を受け、深雪みゆきに熱く語る。「この言葉で霧が晴れたよ。テクノロジーには使い方次第で『人間を助ける力』がある。だから俺は、その力を借りて『地域の、地域による、地域のための天気予報』を実現しようって決めたんだ。あの人は俺にとって『師匠』と言っても過言じゃない」


 田上の過去の苦悩は、深雪にとって意外だった。実は彼女が気象予報士を目指したきっかけは、田上の気象キャスター姿に憧れたからだ。学生時代の彼女にとって、テレビで気象解説をする田上の姿は、華やかな「アイドル」のような存在だった。もちろん、本人にはそんなことは言えない。深雪は、青春の1ページとして、そっと心に秘めていた。

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