向日葵になるとしても

家守鴉

向日葵になるとしても 

太陽にとってちっぽけな存在で、ここで咲いてるなんて知る由もない。

それでも、いつまでも見つめている。

例え、向日葵になるとしても───


アイドルグループ・カワラヒワの新メンバーとして現れた彼女は、少し強張った表情で自己紹介をし始めた。

「はじめまして、高嶺 加恋たかみね かれんです。よろしくお願いします」

ユーチューブの生配信、たくさんの人に見られていると分かってて、緊張しない方が無理な話だ。

ぱっちりとした大きな目に、淡いピンク色のくちびる。

真っ白な頬はどれほど柔らかいのだろう。

少し低い声には温もりがあって、聞いてて心地がいい。

だから僕が彼女を推すまで、そう時間は掛からなかった。


加恋がカワラヒワに加入して一ヶ月。

スマホを手に春の歌を聞きながら、僕はいつも通り小説のアイディアを練っていた。

中学生の時に趣味で書き始めた小説、日に日にマシにはなってきたと思うが。

まだまだ拙い文章にため息を漏れる。

書いては消して、書いては消してを繰り返す毎日。

結局、途中まで書いて諦めて、また別の物語ってことがザラにある。

って考えていたら心が暗くなるので、気分転換の意味も込めて加恋のブログを調べる。


ちょうど数時間前に更新していたようで、テンションが爆発的に上がった。

ブログを開いて可愛らしい文字並びや、貼られていた自撮り画像に衝撃を受けた。

鮮やかに咲いた桜の木の下で、加恋があどけない笑みを浮かべている。

その姿はまるでこの世界を照らす、太陽のように輝いていた。

通りで彼女の背後にある桜が、例年より綺麗に見えると思った。

加恋自身が太陽で照らしてるからだ。

なんて、恋愛小説の主人公が思いつきそうなことを想像してみた──瞬間。


ある考えが頭をよぎった。


なぜ推しが出来るのか?

見た目や人柄に惹かれたからだろう。

それはたぶん恋愛も同じだ。

細かく分ければ好きとゆう気持ちには、いくつか種類があるんだと思う。

だけど好きなことには違いはない。

恋は幻想だと誰かが言っていた。

つまり決まった形を持たない、曖昧なものなんだ。

加恋を好きだと思うこの気持ちも、僕が恋と呼んでしまえば恋になるんじゃないか?


その日から僕は、彼女をモデルに小説を書くことにした。

主人公が恋に落ちた時、初めてデートをした時、くだらない話をして笑い合った時。

加恋に恋をしている体で妄想した。

よくする癖や口癖、仕草ひとつひとつを目に収めて記憶していく。

その心理的理由について調べてみたり、占いサイトで生年月日で性格を調べてみた。

素直な性格で顔に出やすく、八方美人で優柔不断な一面もある。

確かめようがないけれど、イメージ的に当たってる気がした。

そんなことを思っていた翌週、ブログで優柔不断と自虐していて笑った。


気づけばあっという間に時は過ぎ去り、散った桜の代わりに生えた若葉を見て、夏が来たと感じた七月の帰り道。

その途中で青くさい風が吹いて、踊っている向日葵に釣られて心が踊る。

もし加恋と僕の高校が同じだったら──なんて、馬鹿なことを考えるほど浮かれていた。

その瞬間、見慣れた街の景色が煌めいて見えた。

だがそれは途端に儚く色褪せてしまい、絡まった細い糸を解くような気分になる。

そういえば向日葵には、悲しく切ない恋の物語がある。


クリュティエとゆう水の精は、太陽神アポロンに恋をしていた。

だけど彼はカイアラピとゆう女神に、心が惹かれてしまう。

それでもクリュティエのアポロンへの想いは、変わることはなかった。

アポロンがカイアラピのことを誘って、黄金の馬車で空に出かける二人を、クリュティエは九日間ずっと見続けていた。

そして彼女の足はその場に根を付け、向日葵に変わってしまったとゆう話。

この切ない物語は向日葵の花言葉、《あなただけを見つめる》の由来でもあるらしい。


自宅に到着してリビングに続くドアを開くと、母さんがテーブルに座って麦茶を飲んでいた。

「おかえり」

「ただいま」

スマホをいじる母さんを目に映して、僕はやっとひと息をついた。

人間関係が苦手な僕にとって、高校は窮屈な場所だからだ。

手洗いうがいを済ませ、普段着に着替えてリビングに戻り、ソファに身を委ねる。

そして何気なくスマホで開いて、最新のネットニュースを見ていると。

"アイドルへのストーカー容疑で男を逮捕"、とゆう見出しに目を止めて、息を呑んだ。

男はアイドルの自撮り写真から住所を特定して、自宅前で待ち伏せしていたらしい。

不審者がいると付近の住人が通報し、駆け付けた警察官に捕まったようだ。

最後まで読んで僕は呆れて、思わずため息をついた。

そんなに好きだったなら、なぜ分からなかったのだろう。

まったく知らない他人に住所を特定されて、会いに来られたら怖いってことを。

こいつの気持ちは所詮、その程度のものだったのだろう。

好きなのに分からなかった、分からないままにして考えなかった。

それがすべてを物語っている。


もやもやと曇った気分を変えるため、ユーチューブのアプリを開いて、カワラヒワの公式アカウントを検索すると。

ミュージックビデオが画面に表示される。

でも今日の目的は音楽ではなく、バラエティー形式の動画だった。

テレビのバラエティー番組のように、各々のメンバーが色んな企画をやる。

イジったりイジられたり、ふざけ合ったりしてるのが本当に面白い。

新しく投稿された動画を再生すると、今回は料理企画だった。

加恋の先輩であるメンバー三人が、夏に負けないスタミナ料理を作るらしい。


メンバーたちは談笑しながら、着々と一品目二品目と完成させていく。

三品目を作り始めた時、メンバーの一人が『池袋で加恋に遭遇した』と言った。

これは聞いた方がいいと思い、聞き逃さないように耳を澄ます。

まぁ動画なので聞き逃したところで、巻き戻せばいいだけの話なのだが。

そんなことは置いておいて、今は加恋の話が聞きたい。

「加恋ちゃんがお婆さんと話してて、その時は声をかけなかったんだけど。あとから聞いてみたら、お婆さんが落とした財布を届けてあげていたんだって」

心が温かくなるのを感じた。

「へぇ、優しいね」

「優しい後輩を持って私は幸せだよ」

たぶん加恋じゃなく僕がそこにいたら、何も出来ず立ち尽くしていただろう。

気づいてくれと他人任せにして、情けなく黙っているだろう。

自分の気持ちを優先せず、他人のために行動できる加恋はやはり、優しい性格なのだなと思った。


八月になったある日、僕は母さんと一緒に花火大会へと出かけた。

シンプルに自分も観に行きたいのもあるだろうが、インドア派で高校以外あまり家から出ない僕を、連れ出したい気持ちもあったのだろう。

夕方五時くらいに家を出て、七時過ぎには到着したのだけれど。

花火大会の会場である赤レンガ倉庫の前は、すでに多くの人で溢れていた。

がやがやと騒がしい人混みの中で、幼い女の子の声が耳に飛び込んできた。

「パパ〜、花火まだ〜」

「もうちょっとだよ、あと三十分」

「えぇ〜、長い〜」

「我慢して。頑張って我慢した分だけ、花火はもっと綺麗になるよ」

「どんだけ我慢しても花火は、花火だよ」

ぷっと思わず吹き出してしまった。

目を向けると三十代くらいの父親が、七歳くらいの女の子を肩車していた。


加恋も小さい時、あんな感じだったのかな?


「なに笑ってるの?」

キョトンとした顔の母さんが不思議そうに、少し見上げるようにして覗き込んできた。

「あ、いや何でもないよ」

「そう? ならいいけど……」

危ない危ない、母さんが話しかけてくれてよかった。

危うく家族を見ながらにやついている、ヤバい奴と通報されるところだった。

前に加恋が幼少期の写真をブログを載せていたが、きらきらと目を輝かせて可愛かった。

もちろん今でも可愛いけれど幼少期のは、子供特有の"かわいい"を持ち合わせていた。

それが純粋なオーラから来るものか、守りたい気持ちから来るものかは分からない。

ただ今いちばんに頭に浮かんだのは、彼女の家族への羨ましさだった。

だって加恋が子供から大人になるまで、"かわいい"が"可愛い"になるまでの、その過程を知っているのだから。

気づけば小説とか関係なしに考えてしまっていた。


加恋に会いたい──と。


そう思った刹那、ドンッとゆう大砲のような音がした数秒後、海上に大きな花火が黄色く咲いた。

そして次に黄緑色、青色、紫色と横浜の街の空を彩る。

「綺麗!」

先ほどの女の子は父親の肩の上で、嬉しそうにはしゃいでいる。

もしもいま隣に加恋がいたとしたら、あの白く柔らかそうな手を握りたい。

会いたくて会いたくて、たまらなくなってくる。

だからって握手会に行きたい訳じゃない。

アイドルとゆう仕事上ではなく、一人の人間として彼女と会って話がしてみたい。

加恋のことをもっと知りたい。

実はだらしないところがあるとか、料理下手なところとか。

だけど一生懸命に努力家とか、何でもいいから知りたい。

良いところも悪いところも知って、今よりもっともっと好きになりたい。


ドンッ


一度だけ花火と心臓の音が重なった。


枯れ葉を転がす風が手に当たり、秋の寒さを肌で感じる。

木々の青葉は太陽に染められ、紅葉へと色を変える。

向日葵があった場所には秋桜が植えられていて、なんだか物寂しい気持ちになった。

いつものバス停に到着して、ちょうど来た日車ひぐるま高校行きに乗り込む。

後ろから三番目にある座席に腰を下ろして、動き出したバスの車窓から、見慣れた街を眺める。

最近、加恋の仕事が増えている。

雑誌、テレビ、ラジオと順調に認知されてきていて、来月からはドラマにも出るみたいだ。

人気が出てきて嬉しい反面、これ以上ファンが増えて欲しくない気持ちもある。

可愛いと褒められているのを見ると、複雑な感情になる。

名曲と呼ばれているラブソングの歌詞に、なぜそう呼ばれるのか分かってきた。


会いたい、会いたい、会いたい。


なんで彼女はアイドルなのだろう。

違う出会い方をしていれば、少なくとも今よりは簡単に会えるのになぁ。

でもアイドルにならなかったら、その加恋は今の加恋とはたぶん違くて。

そしたら恋をしなかった可能性もある。

そもそも加恋がアイドルじゃなかったら、モデルにしようと思わなかっただろう。

いやアイドルに恋をすること自体、間違っていたんだ。

はぁ、いっそのこと嫌いになりたい。

嫌いになって忘れてしまいたい。

だって何かにつけて彼女のことを思い出す。

運勢ランキングに書かれた星座から──

いちご味のチョコレートを見かけたら──

加恋の好きなバンドの新曲が出たら──

簡単に思い出してしまう。

思い出さない日はないくらいに。

今までこんなに人を好きになったことはなかった。

どんなに笑顔な人でも、その裏には必ず影を隠している。

だけど加恋は隠さず顔に出す、とゆうか顔に出やすい。

だからなのか人狼ゲームで人狼だったら、すぐバレるみたいだ。


きっと加恋といたら毎日、楽しいことで満たされるんだろうな。

だって加恋は誰とでも仲良くて、カワラヒワのグループ内では、みんな加恋のところに集まってくる。

彼女以外のメンバーも優しかったり、良いところがたくさんあると思うが。

その中でも特に優しかったり、何か飛び抜けた魅力が──愛される才能があるのだろう。

でももう心が辛くて耐えられない。

どうせ届かない片想いを、このまま続けるなんて……無理だ。

そして、僕は考えた。

考えに考えを重ねて出てきた答えは、"自己洗脳"の四文字だった。


日車高校前に停まったバスから降りて、窮屈な高校生活がまた始まる。

そんなことよりも、僕は嫌いと思うことでいっぱいだった。

加恋を本気で好きになったのは、彼女をモデルに小説を書いていたからだ。

毎回、主人公が恋をする人のモデルにしたから。

好きと想いながら、加恋を浮かべていたから。

じゃあ今度は逆に嫌いと思えばいいだけだ。

それから僕は、加恋を嫌いになる要素を探した。

でも探しても探しても出てくるのは、加恋の可愛いところばかり見つけてしまう。

優しいところを見つけて、余計に切なくなる。


加恋に逢いたい、逢って同じ景色が見たい。

水族館も行ってみたい。

僕の家族に会わせて、一緒にご飯を食べたい。

加恋の家族に会って、子供の頃の話が聞きたい。

加恋の思い出の中に入りたい。


夢がいくつも浮かんでくる。


だけど、加恋はアイドルで僕はただの高校生。

アイドルを卒業しても芸能人だから、一般人になっても地元に帰るかもしれない。

きっとこのままこの手は、太陽には届かない。

分かってる……分かってるのに。

この気持ちはどうしたらいいんだろう。




「日車大学前、停まります」

運転手の声がした数秒後、停車したバスから降りて大学の門を見る。

あれから三年の月日が経った今でも、人間関係は苦手なままだ。


だけど……

「あっ、落としましたよ」

「ありがとうございます」

彼女のおかげで少しは優しくなれたし、ある程度会話が出来るようになった。

家族から変わったと言われることがあるが、変えてもらったんだと思ってる。

スマホを取り出してアルバムから、彼女の写真を選ぶ。

白く艶やかな丸顔に、黒くしなやかな髪の毛。

茶色く透き通った目に、淡いピンク色のくちびる。

十九歳になった加恋からは可愛さと同時に、新しく綺麗さが溢れ出している。

黒いニットの帽子とコートを纏って、首には白いマフラーを巻き、下はねずみ色のロングスカート。

基本的に何でも着こなせる彼女たが、これは本当によく似合ってる。

魅せ方もよく分かってて、さすがアイドルだ。

僕はまだ高嶺加恋のことが好きだった。

そしてこれからも好きでいるつもりだ。

だから僕は今日も小説を書く。

小説家になって僕は絶対、彼女に逢いに行く。

あの雲よりも遥か遠く離れていても、僕は彼女に逢いたい。

もし彼女がアイドルを卒業して、誰かと幸せになるとしても。

例え、向日葵になるとしても。

僕は加恋を好きでいたい、加恋に逢いたい。


いつか彼女にこの小説が届くまで───

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向日葵になるとしても 家守鴉 @Karasu_Yamori2025

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