ペンギンが現代日本で暮らしてるシリーズ
小川幻波
ペンギンがコンビニでスイカを買ってくれた話
ペンギンと知り合った。
オウサマペンギンというやつで、名前通り王様の冠を被って⋯はいなかったが、堂々とした、言い換えればオッサンなペンギンだった。
「よお、シケたツラしてんじゃねえか」
駅のベンチでぼーっとしていると、そのペンギンは話しかけてきたのだ。
「なんか悩みか?」
唖然としたが、AIがタクシーを運転する時代だ、何が起きてもおかしくはない。それに、首からICカードを下げている。
「ああ、これか? 俺は手が使えないからよ、こうやってタッチアンドゴーで買い物も電車もクリアしてんだ」
ペンギンはくちばしで器用にカードをくわえあげると、ぐいんと背伸びして改札をタッチする仕草をした。
「なるほど、便利ですね⋯」
わたしは思わず返事していた。人間のオッサンなら警戒していたところだが、ペンギンのオッサンならあまり怖くはなかった。
「どこで降りるんだい、お姉ちゃん。この駅で降りるんだったらスイカ奢るぜ、暑いだろ今日は」
「スイカ?」
「おうよ。水分補給にもなるしな」
テケテケ歩き出すオウサマペンギンならぬオッサンペンギンの後を、わたしは追った。
改札で、オッサンペンギンはぐいんと伸びをしてICカードをタッチしてクリアした。
「⋯ペンギンて脚長いんですね」
「おう、見かけによらないだろ」
カッカッカッ、と鳴いたのは、多分笑っているのだろう。表情はペンギンにはないから、自信はないが。
よちよち、テケテケ歩くペンギンの行動範囲はそれほど広くないらしい。駅前のコンビニで、オッサンペンギンは自動ドアを開けると中に入っていった。
「あら、ペンギンさんこんばんは。仕事帰り?」
店員のオバチャンが親しげに声をかけた。
「おうよ。この姉ちゃんは駅でナンパした」
カッカッカッ、とまたペンギンは笑った。
「いらっしゃいませ、ナンパなんてまあ⋯このペンギンさんこんなこと言ってるけど、毎度の冗談だから。IT関係の仕事してるの。奥さんもちゃんと家にいるから安心してね」
店員さんがわたしにも声をかけた。
「えっ、このペンギンさんも働いてたんですか」
「そうだよ、働かなきゃ食えねえだろ?」
またペンギンはカッカッカッと笑った。
「で、この近くに住んでるんだけどよ、帰る前に小腹が空くわけだ。それでちょいと、とれとれのイワシをな」
「はあ、イワシ⋯」
わたしはポカンとした。
「コンビニにイワシなんて、普通置いてないわよねえ。でもうちはペンギンさんのために毎日置いてんですよ」
ちょっとまってて、と店員さんは奥に引っ込むと、ビニールの風呂敷に包んだイワシを持ってきた。
「店長の家が築地にあるから、毎朝仕入れてんのよ」
と、店員さんは言った。
「はい、税込500円ね。ピッをお願いするわね」
そこでオッサンペンギンが言った。
「待った、そのケースに昨日からスイカあんだろ。それをこの姉ちゃんに食わせたいからそれもひとつ」
「あら、目が早いわねえ。じゃあ待ってて」
オッサンペンギンは手が翼だから、店員さんは代わりに取ってきて、レジをスキャンした。
はいお姉さん、とスイカを手渡された。
「はあ、ありがとうございます⋯」
ペンギンは首のICカードをピッとして、会計を済ませた。
「そこのイートイン借りるよ」
ペンギンは言い、首から下げさせてもらったイワシの包みを重たげもなくテケテケ歩いていった。
わたしも慌ててついていった。
「さて、ちょいとつまむか」
ペンギンは嬉しそうにイスに跳び上がると、包みのイワシを一匹出した。
首を上げて、カカカと器用にくちばしでイワシの位置を変えると、ごくん。
「あー、うめえ⋯日本のイワシは脂がのってて、たまらないねえ」
しかし二匹目には手を出さないようだった。
「ああ、あとはかみさんと倅への土産だ」
カッカッカッとペンギンは笑った。
「お子さんいらっしゃるんですか」
わたしは聞いた。
「ああいるよ。幼稚園に通わせてるけど、ろくな言葉覚えてきやしねえ」
「あー、かもしれませんね⋯」
ペンギンは、キョロっとした目でわたしを振り返った。
「ほら、食えよ。冷たいうちの方が美味いだろ」
「はい⋯」
ガサガサ、とわたしはビニール袋を剥いだ。
いつぶりだろう。
半円形のクシ型にカットされた、いかにも日本の夏という感じのスイカ。
子供の時におばあちゃんちで出されたあのスイカ⋯
惜しげもなく、孫三人に大ぶりのスイカを切ってくれた⋯
パクリ、とひとくち。
「甘い⋯」
とたんに涙が溢れてきた。今日あった不愉快なこと、嫌なこと⋯全部が出てきたような感じだった。
「おうおう⋯遠慮すんな。やなこといっぱいあったんだろうよ。泣いて、でかいスイカ食って忘れな。あとはぐっすり寝れば大丈夫だよ」
これは夢⋯?
ペンギンにスイカを奢ってもらって、泣いてるわたし。
でも、夢でもなんでも良かった。すごく、心が暖かい。
オッサンペンギンは、短い翼でわたしの肩や背中を不器用にトントンしてくれた。
そしてわたしは、泣きながら、泣き笑いしながらスイカを食べていたのだった。
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