スカートとファミレスと恋

ししお

スカートとファミレスと恋

「ひとテーブル12人らしいぜ。今日は24人参加か。じゃあちょうどだな...」

 クラス委員長のリョウが仕切っている。


 今日はファミレスで体育祭の打ち上げ。うちは40人のクラスだが、だいたいこういうのに参加するのは陽キャだけだから、参加者がその半分なのは相場通りだ。

 俺はもちろん陰キャだが、「ユウタ、絶対来てくれ!」という押しに負けて参加している。決して嫌な奴じゃないが、彼は無駄な正義感のもと打ち上げを盛り上げるべく、多分クラスの男子全員に声をかけている。

 「やーいやーい、女子には声かけられないんだーー、弱虫が。」

 「はい、ブーメラン」

 俺の心の中のドラえもんがいらん道具を出してくる。未来に帰れこのタヌキが。

 申し遅れました。わたくしユウタ、中高6年バスケ部、選手はもちろん男のみ、マネージャーも男、友達は(ごく少数の)男、話したことがあるのも(略)のピュアを極めたサクランボでございます。どうして運動部なのにこんなんなんだろうか...


 陰キャ特有の自語りをしている最中にも陽キャのリョウ様はこの場を仕切る。

「じゃあみんな好きなところに座っちゃって」

 悪魔の判断だ。やめてくれリョウ。俺みたいな陰キャのこと考えてないだろ。どこに座ったって向けられるのは「ああ、こいつか」っていう微妙な視線だけなのに。お前は責任とって俺を連れていけよ。 

 そんなことを考えている間にリョウは仲のいい男子(俺は対象外)を捕まえてもうメニューを見始めている。気づけばだいたい着席している。ああ、こんなんなら来なければよかった。どうして来ちゃったんだろう。俺のバカ、いやリョウの、、、


「そこ座らないの?」

 男の声より高い声。

 つまり女子の声。

 誰の声だ?

 ユナさんの声だ。

 彼女はこのクラスの副委員長。真っ黒の髪は肩にかかり、面長タイプだがやけに小さい顔に輝く目はぱっちりした二重。つまるところ高嶺の花である。すごく。今日は白い丸首のシャツに黒の短めのスカート。いつもの制服姿より綺麗だ。そんなに大きくないけれどちゃんと形のある胸のサイズも、(大人のビデオで見る)女性の脚と比べるとやや筋肉質だけど、俺なら折れてしまいそうなほどの脚の細さも、ぜんぶ外からわかる服だ。

 透明なマニキュアでコーティングされた細い指が指すのは彼女の正面の席。

 まさかここに座れとおっしゃっているのか?恐れ多い。

 「え、あっ、あの、座っていいんですか?」少しどもる。

 「なんで聞くの?おもしろいね。」彼女は微笑む。

  こうして座った俺の左は通路、正面はユナさん、そして右隣と右前も女子。彼女たち二人はユナの友達で、彼女と特に仲がいい。


 「んじゃ、テーブルごとに注文して」と委員長リョウ。

  その掛け声とともに、「ドリンクバー先いくね」だの、「とりあえずピザは頼むよな」だの、「エスカルゴ食べる人ー」だの。エスカルゴ本当に美味いか?

 俺も周りを見ながらイカスミパスタを注文する。このファミレスのは量が少ないから2皿注文する。俺は好きなものをたくさん食べたいんだ。

 しばらく待ってイカスミパスタが出てきた。美味そうだ。エスカルゴ食う前にイカスミを食っとけ。

 俺は無心でイカスミを貪る。周りは楽しくおともだちと談笑しているが、俺には関係ない。下を向いて食事するだけだ


 ...と思っていた。

 「それイカスミ?私食べたことないんだよね」

 正面からユナさんの声。隣の友達ふたりはおしゃべりを続けている。

 「一口もらっていい?」

 「え、ああ、どうぞ...」

 そう言うなりユナさんはフォークを取って、俺の食べかけのパスタを巻き取る。

  そして口を開いた。

 「思ってたほど美味しくないかも...あ、ごめんねユウタくん」

 ふざけんな、イカスミこそ至高だろ。

 あれ、今のって間接キスというやつ?そんなわけないよな。

  またユナさんが口を開く。 

 「ところでユウタ君ってバスケ部だったじゃん。ポジションなんだったの?」

 「あ、一応SGでした。でも一番得意なポジションはベンチで...」

 あれ、俺、こんなにしゃべれたっけ、

 「あはは、うちのバスケ部けっこう強いもんね。私の部活知ってる?陸上やってたんだ。けっこう前に引退したけどね。それでね、短距離だからどうしてもリレーに出たかったんだけどね、どうしても選手になれなくて。だから、ユウタ君と私、ちょっと似てるかもね」

 そう言いながら彼女は笑う。

 笑うとき、彼女は口を少し開く。イカスミでちょっと黒くなった舌が、軽くリップをした唇の奥にある。

 「ユナ...さんはなにを注文したんですか?」

 「いま?さっきカキフライを注文したんだけどまだ来てないんだ」

 「カキフライ美味しいですよね。生牡蠣が美味しいって人もいますけど、当たりたくないし、美味しそうなのは見た目だけだし。ああ、そういえば『牡蠣は当たらなきゃ牡蠣じゃない!』なんて言ってる人いますよね」

 「あーインスタで見た。そんなわけないでしょってね。ユウタも知ってるんだ。じゃあ毒で死ななきゃフグはフグじゃないのかよって思っちゃった」

 あ、俺の名前を呼び捨てで...。ユナさんは思ってたより気軽に話せるタイプの人なのか?もうちょっと仲良くなれるかもな、なんかいい話題ないか、ないか、、、

 

 「こちらカキフライでーす。揚げたてなので熱いですよ」

 カキフライの到着。いつも大きいユナさんの目が一段と大きくなる。

 ユナさんはさっきイカスミを食べたフォークでカキフライを半分に切ろうとするがなかなか切れない。

 カキフライと格闘する彼女の肩から2本の紐がこんにちは。

 一本はキャミソール、もう一本はブラ。そうに違いない。プラスチックのアジャスターが付いているんだから。

 どっちも真っ白。イメージ通りだ。白が似合う女の子だ。

 思わぬ幸運に目を奪われている俺に彼女は言う。

 「ユウタにも半分あげるよ」

  使用済みフォークで半分になったカキフライが俺の皿に乗る。

  また間接キス。

 「あ、ありがとうございます...」

 「あのさあ、変に丁寧語使わなくていいよ。同級生だよ?」

 「ごめんなさい...」

 「だからあっ」と言いながらフォークを持ったユナさんは笑う。

 ちょっと胸を張る。俺の興奮は止まない。WBCで村上がホームランを打ったときぐらい興奮する。

 俺の異常事態になど気づかず、彼女はようやくカキフライを食べた。

 「あっつ!!」

 揚げたてのカキフライは熱い。

 驚いた彼女はフォークを落とす。

 「拾..うよ」

 俺は机の下に潜った。

 フォークはすぐに見つかった。


 でも、ここからが問題だった。

 机の下でふと顔を上げた。

 目の前にはユナさんの脚

 開いている

 もうちょっと見上げた

 そこにはスカート

 いや、スカートが遮らない

 そこには初めて見る白い布

 白くて、花柄のレース

 陰に隠れていてもわかる

 太腿は椅子でペチャっとなっている

 経験したことのない興奮

 俺は見惚れた。

 そのとき、彼女の脚がキュッと動く

 大事な扉を閉めるように。


 俺は自分の本能を恥じ、机の上の世界へ戻る。

 ユナさんの、いやユナのほうを見る。

 見たことないくらい赤い。

 両腕は胸の前で組まれている。

 誰もいない方に目を逸らす。

 可愛い、

 「あの、、、」

 俺が言いかけたとき、ユナはこっちを向いて、

 「フォーク、拾ってくれて、、ありがと」

 

 「とりあえずここで一旦解散するか」

 リョウの一言で打ち上げが終わる。

 フォークを拾ってからは、俺とユナの間に会話はなかった。

 やらかしたと思った。一生の笑われ者だ。

 ああ、なんてことを。

 そう思いながら他の面々に流され店を出る。

 「あの、さ」

 ユナの声。

 「ユウタ君ってインスタやってる?」

 「...はい」

 「...交換しよ!なんて名前?ああ、このアカウント?」

 そう言ってスマホを見せるユナのやわらかい肩が、俺の腕に当たった。

 

 

 

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