第8話:星の試練

双星そうせいの峰の頂上は戦いの余韻に静まり返っていた。

祭壇の周囲に散らばった黒い霧が薄れ、アルティアとカイエンは息を整えていた。

ゼファーと影の眷属が消え、残された箱と巻物が二人の手に握られている。

アルティアは祭壇に近づき、床に転がった青と赤の結晶を拾った。

ペンダントの青い結晶と共鳴し、微かな光が彼女の手を包む。


「ゼファーがこれを手に持ってた…。預言を進めるつもりだったんだな。」


彼女の声に悔しさが滲む。

カイエンは箱を開け、中を確認した。

結晶が入っていた以外は空だったが、内側に細かい文字が刻まれている。


「『交点にて星裔が試され、真の意志が双鎖を解く』…巻物の内容と同じだ。」


彼は巻物を広げ、星図を見た。


「ここが交点なら試練はまだ終わってない。」


アルティアは眉を寄せ、彼に並んだ。


「試練……ゼファーを倒すことか?」


彼女が問うと、カイエンは首を振った。


「違うな。試練には、俺たち星裔せいえいの意志が必要だ。ゼファーは星の力に執着しているが、俺たちはそうじゃない。」


彼の赤い瞳に決意が宿る。

アルティアは、手に持った結晶を見つめる。


「ならば、試練が何かを知るしかない。この祭壇の何処かにヒントがあるかも。」


彼女は光を灯し、祭壇の表面を照らした。


「カイエン!」


ルミナとヴェスパーの紋章が刻まれた台座の中央に小さな窪みがあった。

カイエンが赤い結晶を手に持ち、窪みに合わせるとぴたりと嵌った。


「嵌まる…?」


彼が呟くと、祭壇が震え光と闇が渦を巻いた。


「アルティア!」


アルティアも頷き青い結晶を嵌めると、渦が強まり祭壇の中央から光の柱が空へと伸びた。

空の二つの星が反応し輝きが脈打つ。


「何だ!?」


アルティアが叫ぶと、祭壇から声が響いた。

低く荘厳な響きが二人を包む。


星裔せいえいよ……交点に集いし者たち……双鎖そうさの試練を始めん。」


声はどこからともなく聞こえ、広場全体が光と闇に包まれた。

地面が揺れ、祭壇の周囲に石の柱が浮かび上がる。

柱には古語が刻まれ、風が唸りを上げた。

カイエンは闇を手に纏わせ、警戒した。


「試練だと!?一体どんな……」


彼の言葉に、声が答えた。


「光と闇の意志を試す。第一の試練は過去の影と向き合うこと……。」


声が消えると光と闇の渦から、二つの影が現れた。

アルティアとカイエンに似た姿だが、目が虚ろで身体が半透明に揺れている。


「あれは……私!?」


アルティアが声を上げると、彼女の影が光を手に持つと剣を振り上げた。

カイエンの影も闇を纏い刃を放つ。

二人は咄嗟に防御し、それが合図に戦闘が始まった。

アルティアの影は素早く、光の槍を連射した。彼女は剣で弾き、光を盾に変えて応戦する。


「これは何!? 私自身と戦えって事なの!?」


彼女が叫ぶと影が口を開いた。


「お前は教団のものだ……星裔せいえいとして犠牲になる運命を受け入れろ。」


その声はアルティア自身の声に似ているが

氷の様に冷たく響く。

彼女は唇を噛み光を強めた。


「黙れ! 自分の道は自分で選ぶ!」


彼女が光を放つが、影がそれを吸収しさらに強くなった。


「くっ!」


一方、カイエンも自分の影と対峙し闇の刃を交わしていた。


「お前は裏切り者だ。非情を捨て弱者に成り下がった。」


カイエンの影が嘲笑あざわらう。

彼は舌打ちし、闇を渦に変えて影を包んだ。


「俺が弱者だと?非情で有る事が強さなら、そんな強さはいらない!」


彼が闇を締め付けると、影が歪み消える。

消えたのは一瞬で、また影が再生し二人の前に立ちはだかった。


「なっ!?再生するのか!?」


アルティアが叫ぶと祭壇の声が再び響いた。


「過去の影は心の弱さを映す。それを認め超えなければ試練は終わらぬ。」


カイエンは目を細め、アルティアを見た。


「心の弱さ…か。お前、どう思う?」


彼が問うと彼女は一瞬考え込み、影を見つめた。


「私は、星裔せいえいがなんなのかも分からず、ただただ教団に従っているだけだった。今となって思えば逆らうのが怖かったんだ。」


彼女の声が震え光が揺れると、影が笑い光の槍を放つ。

彼女はそれを剣で受け止めた。


「でも、今は違う!私は、自分で!!」


彼女が光を爆発させると、影が悲鳴を上げて消えた。

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カイエンは頷き、自分の影に向き合った。


「俺は、ずっとゼファーの言う事が正しいと……世界を混沌に導く事こそが、俺の使命だと思っていた。でも、あの村を焼かれた時、俺は間違いに気付いた!」


彼が闇を放つと、影が歪み消滅した。

祭壇が再び震え、光と闇の渦が収まり声が響いた。


「第一の試練を越えた。次は、互いの意志を試す……。」


「……互いの意志?」


アルティアが呟くと祭壇の中央に光と闇の球体が現れた。

それぞれが二人に近づき、手に触れると視界が白と黒に染まった。


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目を開けると、アルティアは見知らぬ場所に立っていた。

そこは白い霧に包まれた空間で、遠くには教団の白亜の塔が見える。

目の前にはカイエンの姿はなく、代わりに司祭長マリウスが立っていた。


「アルティア、お前はルミナの星裔せいえいとして教団に仕えるべきなのだ。」


マリウスの声が重く響く。

彼女は剣を握り、光を灯した。


「私は教団の人形じゃない!」


彼女が叫ぶとマリウスが消え、入れ代わりにカイエンが現れた。

だが、その瞳は冷たく闇を手に纏わせ。


「お前は邪魔だ……光など必要ない。」


カイエンが闇の刃を放つと、アルティアは咄嗟に光を盾にして弾き返す。


「カイエン!?」


彼女が叫ぶと、視界が揺れる。

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目を開けると、カイエンは暗い森にいた。

目の前にはゼファーの姿が。


「カイエン、俺と共に来い。ヴェスパーの星裔せいえいとして世界を混沌に導け。」


カイエンは闇を構え、首を振った。


「俺は、お前の都合の良い駒じゃない!」


彼が闇を放つとゼファーが消え、アルティアが現れた。

彼女は光を手に持ち、冷たく笑う。


「お前は裏切り者だ……裏切り者など信用出来ない。いずれ私を裏切るんだろ?」


彼女が光を放つと、カイエンは闇で防いだ。

二人の視界が交錯し、光があふれる。

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二人が目を開けると、祭壇の前で互いに剣を向け合っていた。

だが、すぐに剣を下ろし息を吐いた。


「……幻覚か。」


アルティアが呟くと、カイエンは頷いた。


「お互いを試す試練……お前を敵だと思う瞬間があった。」


彼の声に苦笑が混じる。

アルティアも笑い光を収めた。


「私もだ。」


彼女の言葉に、カイエンは目を細め頷いた。


「趣味の悪い試練だな。」


祭壇が光り声が響いた。


「第二の試練を越えた。次は最後の試練だ。」

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