第7話:交点への道

遺跡の塔に静寂が戻った。

アルティアとカイエンは息を整え、散乱した石屑の中で立ち尽くしていた。

ゼファーと影の眷属が黒い霧と共に消え、預言の鍵である箱と欠片を奪われた衝撃が二人を包む。


「やられた…。」


アルティアが呟き、剣を地面に突き立てて膝をついた。

光を纏った手が震え、疲労と悔しさが彼女を襲う。

カイエンは巻物を握り、外套がいとうの破れた裾を払った。


「まだ終わってない、奴が交点に行くなら俺たちも後を追う。」


彼の声は冷静だが赤い瞳に怒りが宿っていた。アルティアは顔を上げ、彼を見た。


「交点って…星図にあった場所か?

でもゼファーの、あの強さ……私たちに勝ち目なんて……。」


彼女の言葉にカイエンは一瞬黙り、巻物を広げた。


「たしかに、奴は強い……普通に戦えば勝ち目は無い。だからこそ、俺達で勝ち目を作る。」


「勝ち目を……作る?」


「ああ、ここの記述を見てみろ。」


彼は星図の『交点』と記された点を指さし、その横に書かれた古語をアルティアに示した。

彼女は光を灯し、解読を試みた。


「『交点にて星裔せいえいが試され、双鎖そうさの真意が明らかとなる』…試される? どういう意味だ?」


彼女が首をかしげると、カイエンは巻物を畳み立ち上がった。


「ゼファーは預言を信じている。俺たちを犠牲にして世界を混沌に変える気だ。だが、この『試され』ってのは別の可能性を示してるのかもしれない。俺たちが預言をくつがえせるかも知れない。」


彼の言葉に、アルティアは目を丸くした。


くつがえす…? 星の意志を超えるってことか?」


カイエンは頷き、遺跡の外へ歩き出した。


「そうだ。ゼファーに勝つには奴のルールで戦っても勝てない。俺たち自身の道を見つけなければ。」


彼の背中に決意が滲む。

アルティアは剣を手に持つと、後を追った。

平原を抜け二人は星図に示された交点へと向かった。

地平線の彼方にそびえる『双星そうせいみね』そこは、ルミナとヴェスパーが最も強く輝く場所だ。

道中、風が強まり空の二つの星が脈打つように光を増した。

アルティアはペンダントを握り、カイエンに並んだ。


「そういえば、ゼファーがお前の事を弟だって言ったな。お前と奴は兄弟なのか?」


彼女の声にカイエンは、足を緩め遠くを見た。


「…昔、俺は眷属の一員だった。ゼファーは兄貴分で、俺を星裔せいえいとして育てた。ヴェスパーの力を信じ、世界を混沌に導くのが使命だと叩き込まれた。」


彼の声は低く苦々しい響きが混じる。


「……奴は自分の目的の為には手段を選ばない。」


アルティアは息を呑み、彼の横顔を見つめた。


「昔、俺達が世話になった村があったんだ…。

奴は、その村をなんの躊躇も無く焼き討ちにした、自分の目的を完遂する為に……。」


カイエンは、その時の事を思い出したのか唇を噛み締めていた。


「俺は……それが許せなかった。」


「それで眷属を抜けて裏切ったのか…。」


「あぁ……。」


「……そんな奴に、私たちは勝てるのか?」


カイエンは薄く笑い、闇を手に纏わせた。


「たしかに奴は強い、戦闘の技術は俺よりも遥かに高い……。だが、今の俺にはお前がいる。光と闇が揃えば、奴を上回れるかもしれない。」


彼の言葉に、アルティアは頷く。


「そうだな、光と闇2つの力が合わされば勝ち目はあるかも知れないな。」


二人は視線を交わし、足を速めた。

双星の峰に近づくと、山のふもとに古い石造りの門が現れた。

門にはルミナとヴェスパーの紋章が刻まれ、黒い霧が漂っている。

カイエンはヴェスパーの欠片を手に持つと、門が反応しきしみながら開いた。


ゼファーが先にいる、油断するなよ?」


彼が言うと、アルティアは剣を構え光を強めた。

二人は門をくぐり山道を登り始めた。

道は険しく、岩が転がり風が唸りを上げる。

険しい道程みちのりを越え頂上にたどり着くと、そこには円形の広場があり、その中央には巨大な祭壇が立っていた。

祭壇の上には、遺跡で奪われた箱が置かれ、青と赤の結晶が輝いている。

そして、その前にはゼファーが立っていた。


「遅かったな、カイエン……そしてルミナの星裔せいえいよ。」


ゼファーが不敵に笑い、剣を手に持つ。

黒いローブが風になびき、赤い瞳が二人を捉えた。

背後には影の眷属が控えており、祭壇の周囲に黒い霧が渦巻いている。


「ゼファー、お前の思い通りにはさせない。

 お前の野望は、俺がここで止める!」


カイエンが闇の刃を構えると、ゼファーは哄笑こうしょうした。


「俺を止める? くくく……、お前が俺に勝てると本気で思っているのか? 」


彼は、箱の欠片を手に持つと赤い結晶が強烈に光り霧が集まり怪物へと形を変えた。

何時いつぞやに見た怪物よりも更に巨大で、複数の腕と目を持つ巨人が現れる。

アルティアは光を盾に変え、カイエンと並んだ。


「前に見た怪物より遥かに強大だ…… どうする!?」


「……核を狙う。アルティア、光で動きを封じてくれ!」


カイエンが叫び闇を放った。

巨人が咆哮し腕を振り下ろすが、アルティアの光がそれを押し返す。

二人の力が共鳴し祭壇が震えた。

ゼファーは祭壇に手を置き、呪文を唱えた。


星裔せいえいの血を捧げ、双鎖そうさを解く……」


赤と青の結晶が浮かび上がり霧が渦を巻く。

その時、アルティアの光とカイエンの闇が巨人の胸に突き刺さり核が砕けた。


「ぐぉぉぉぉぉぉ……!」


巨人が叫びと共に崩れ落ち、その衝撃で祭壇が激しく揺れゼファーは蹌踉よろめいた。


「何ぃっ!?」


ゼファーが地面に剣を突き刺し体を支えた。

アルティアとカイエンは息を切らしながら、ゼファーに近づく。


「終わりだ、ゼファー。」


カイエンが言うと、ゼファーは笑みを浮かべ立ち上がる。


「終わり? くく……まだだ、預言は俺の手で完成する。」


彼は黒い霧を纏い眷属と共に姿を消した。

祭壇には箱が残され結晶が床に転がる。


「また…逃げられた!」


アルティアが呟くと、カイエンは祭壇に近づき箱を拾った。


「クソっ!……だが、俺たちもまだここで終わりじゃない。」


巻物と箱を手に持ち、アルティアを見た。


「ゼファー、なんとしてもお前の野望を阻止してみせる……アルティア。」


「あぁ。」


アルティアは頷き、カイエンの後を追う。

空の二つの星が脈打ち、双星そうせいみねに新たな風が吹き始めた。

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