第4話:平原の影

エテルシアの平原は、朝焼けと夕暮れが混ざり合ったような不思議な光に包まれていた。

明けの明星ルミナ』と『宵の明星ヴェスパー』が同時に輝く空の下、草が風に揺れ遠くの地平線まで続く広大な景色が広がっている。

アルティアとカイエンは崖を降り、足早に平原を進んでいた。

アルティアは、早足で歩くカイエンの背中を見ていた。

彼の歩き方は軽やかで、まるで闇に導かれるように迷いがない。

対して彼女は、聖鎖ルミナス教団の追手が迫っているかもしれない不安と未知の道への緊張で胸が締め付けられていた。


「一体どこへ行くつもりなんだ?」


アルティアが声をかけると、カイエンは振り返らずに答えた。


「眷属の隠れ家だ。奴らが何を企んでるか知りたいなら、そこしかない。」


彼の声は淡々としていたが、どこか疲れた響きが混じる。

アルティアは眉を寄せ、彼の横に並んだ。


「隠れ家って…具体的にどこだ? エテルシアは広い。教団だって眷属の拠点を探してるのに、見つからないはずだろ。」


彼女の言葉に、カイエンは薄く笑った。


「教団に見つけられるわけがないだろ。

 隠れ家へは……。」


彼は外套の内側から小さな革の袋を取り出し、中から黒い石を取り出した。

石には奇妙な紋様が刻まれ、触れると微かに赤く光った。


「これが導く。」


アルティアは石を見つめ、不思議そうに首をかしげた。


「何だ、それは? 魔法の道具か?」


「ヴェスパーの欠片かけらだ。星裔せいえいなら共鳴する、お前も持ってるはずだろ?」


カイエンが言うと、アルティアはペンダントを手に取った。

聖鎖ルミナス教団の紋章が刻まれた金属片だが、よく見ると中心に小さな青い結晶が埋め込まれている。

彼女がそれに触れると結晶が光り、カイエンの石と呼応するように脈打った。


「これが…ルミナの欠片かけらなのか?」


アルティアは驚きを隠せず、カイエンを見た。彼は頷き、石を袋に戻した。


「そうだ。お前と俺は、星の意志を背負ってる。預言が本当なら、この力が世界を変える鍵だ。」


彼の言葉に、アルティアは息を呑んだ。

双鎖の預言——明けと宵が交わる時……。

カイエンが眷属に逆らう理由が、そこに繋がっているのかもしれない。


平原の風が冷たく、草の間を抜ける音が耳に残る。

しばらく歩いていると、遠くに古びた石碑が見えてきた。

苔むした表面に、星と鎖の模様が刻まれている。

カイエンは石碑の前に立ち、石を掲げた。

赤い光が石碑に反応し、地面が微かに震えた。


「ここか?」


アルティアが尋ねると、カイエンは頷き石碑の基部を押した。

すると、地面が割れ隠された階段が現れた。

暗い穴からは湿った空気が漂い、どこか不気味な気配がした。


「眷属の隠れ家の一つだ。」


カイエンが闇を手に纏わせ、先に降りていく。アルティアは剣を握り、光を灯して後を追った。


階段を下りると、地下に広がる洞窟にたどり着いた。

壁には燭台が並び、揺れる炎が石壁に影を落としている。

通路の奥には扉があり、その扉には三日月の中に星が入った刻印……ヴェスパーの紋章が刻まれていた。

カイエンは扉に手をかけ、振り返った。


「ここから先は、眷属の領域だ。奴らがまだいる可能性もある……覚悟はいいな?」


彼の赤い瞳が鋭く光る。

アルティアは頷き、光を強めた。


「あぁ、答えを見つける為だ、覚悟は出来ている。」


彼女の声に迷いはなかった。

カイエンは小さく笑い、扉を開ける。

中は広い円形の部屋で中央に祭壇があり、その上には黒い水晶が置かれている。

壁には古い文字が刻まれ、読めないながらも不思議な力を感じさせた。

だが、部屋は静まり返っていて人の気配はない。


「誰もいない…?」


アルティアが呟くと、カイエンは祭壇に近づき水晶を手に取った。

すると、水晶が赤く輝き彼の手に吸い込まれるように消えた。


「罠じゃない……記録だ。」


カイエンが言うと同時に部屋に声が響いた。

低く、威圧的な男の声だ。


「裏切り者のカイエン。お前がここに来ることは予想していた。星裔せいえいの力を奪う計画は既に動き出している。ルミナの星裔せいえいも一緒なら好都合。」


アルティアは剣を構え、周囲を見回した。


「誰だ! 出てこい!」


だが、声は水晶の残響で、実体はなかった。

カイエンは眉をひそめ、闇を手に集めた。


「ゼファー…。奴が仕掛けたのか。」


彼は呟き、アルティアを見た。


「眷属の総帥だ。お前を狙ってるのはこいつだ。」


「私を狙う? なぜだ?」


アルティアが問うと、声が再び響いた。


「双鎖の預言を果たすためだ。ルミナとヴェスパーの星裔せいえいが揃えば、世界は混沌に落ち、新たな星が生まれる。お前たちの力は、その触媒しょくばいだ。」


声が笑い、消えた。

アルティアは震える手でペンダントを握った。


「触媒…? 私たちが犠牲になるってことか?」


カイエンは黙り、祭壇の周りを調べ始めた。


「ゼファーの目的はそれだけじゃない。奴は混沌を支配しようとしてる。だが、俺はそんな世界はごめんだ。」


彼は壁の文字を指さした。


「ここにヒントがあるかもしれない。読めるか?」


アルティアは近づき文字を眺めた。

教団で学んだ古語に似ている。


「少しだけなら…。『星の意志を超えし者、新たな鎖を解く』って書いてある…どういう意味だ?」


「わからん。だが、預言に縛られない道があるってことじゃないか?」


カイエンが言うと突然、洞窟が揺れた。

背後の扉が閉まり、天井から砂が落ちてくる。


「これは……罠!?」


アルティアが叫び、光を放った。

だが、揺れは止まらず部屋の奥から黒い影が這い出てきた。

人の形をした闇の怪物だ。

赤い目が複数輝き、二人を見据える。

カイエンは闇の刃を構え笑った。


「ゼファーの置き土産か……いいぜ、相手してやる!」


アルティアも剣を抜き、光を纏わせた。

二人は背中合わせに立ち、影の怪物に立ち向かった。

光と闇が交錯し洞窟に轟音が響く━━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る