第3話:光と闇の狭間

清流のほとりで、アルティアとカイエンの力が激しくぶつかり合っていた。

彼女の手から放たれる青白い光が、カイエンの纏う闇と交錯し衝撃波が水面を揺らした。

木々の葉が散り、風が唸りを上げる。

空では『明けの明星ルミナ』と『宵の明星ヴェスパー』が異様な輝きを放ち、二人の戦いを映し出すかのようだった。


「無駄だ。」


カイエンが低く言い、闇の刃を放つ。

アルティアは剣を盾のように構え、光を壁に変えて防いだ。

衝撃で後ずさりながらも、彼女は歯を食いしばって睨み返す。


「お前が何者か知るまでは……諦めない!」


アルティアの声が森に響いた。

光がさらに強まり、カイエンの足元に迫る。

彼は舌打ちし、闇を足場に跳躍して距離を取った。


「チッ……小賢こざかしいな。」


カイエンは清流の対岸に着地し、赤い瞳を細めた。


「教団に飼い慣らされた犬が……。」


「私は、飼い慣らされてなんかいない!」


アルティアは叫び、光を槍のように尖らせて投げつける。

カイエンはそれを闇で弾き、清流に落ちた光が水しぶきを上げた。


「村を襲った連中が私を狙っていた。お前がそれを知ってるなら……吐け!」



カイエンは一瞬黙り、皮肉な笑みを浮かべた。


「影の眷属が何を企んでるか……か。知りたいなら自分で調べろ。俺はただの駒だ。」


彼の声に、ほろ苦い響きが混じる。

アルティアは眉を寄せ、彼の言葉の裏を探った。


「駒……だと? お前、眷属の一員じゃないのか?」


彼の駒という言葉に好奇心が湧き上がり、剣を下げ構えを解いた。

カイエンも纏わせた闇を解き、外套を整えながら彼女を冷たく見つめた。


「……だった、と言ったほうが正しいな。」


彼は水辺に近づき、膝をついて手を浸した。

冷たい水が指の間を流れ、彼の赤い瞳に映る。


「ヴェスパーの星裔せいえいとして生まれた時点で、俺に選択肢なんてなかった……。

だが、奴らのやり方が気に入らなくなっただけだ。」


アルティアは息を呑んだ。

ヴェスパーの星裔せいえい——予想はしていたが、彼の口から聞くと重みが違う。


「なぜ私を助けた? ルミナとヴェスパーは敵同士のはずだ。」


カイエンは水面を見つめたまま答えた。


「敵かどうかは、俺が決める。お前が死ねば、奴らの思う壺だった。それが気に入らなかった……それだけだ。」


彼は立ち上がり、水滴を払った。


「それに…お前の光、どこか懐かしい。」


「懐かしい?」


アルティアが聞き返すとカイエンは目を逸らし、それ以上語らなかった。

森の奥から鳥の鳴き声が響き、沈黙が流れる。彼女は剣を鞘に収め、距離を詰めた。


「カイエン、教えてくれないか。影の眷属が私を狙う理由は? 星裔せいえいって何なんだ?」


彼女の声は切実だった。

教団に育てられながら、星裔せいえいとしての自分が何を背負っているのか、ずっと曖昧だった。

カイエンの言葉が、その答えに繋がるかもしれない。

彼はしばらく黙り、やがて小さくため息をついた。


「お前、本当に何も知らないんだな。星裔せいえいは、ルミナとヴェスパーの力を宿した人間だ。神々の意志を地上に映す鏡——そう教団は言うだろう? だが、眷属にとっては違う。お前は『双鎖の預言』の鍵だ。」


「双鎖の預言?」


アルティアが首をかしげると、カイエンは空を見上げた。


「『明けと宵が交わる時、世界は砕け、新たな星が生まれる』……古い伝説だ。

眷属はそれを信じ、世界を混沌に導こうとしている。お前と俺が揃えば、その時が来るとな。」


彼の声は淡々としていたが、どこか重い。

アルティアは目を丸くした。


「私と…お前が? さっきの共鳴、あれが…。」


彼女は空を見上げ、二つの星が放つ光に息を呑んだ。

胸のざわめきが確信に変わる……だが、同時に疑問が湧いた。


「でも、なぜお前は眷属に逆らうんだ?」


カイエンは答えず、森の奥を指さした。


「聞こえるか?」


彼女が耳を澄ますと、遠くから馬蹄ばていの音と怒声が近づいてきた。

聖鎖ルミナス教団の巡回隊━━━

テオドールが彼女を探しに来たのだ。


「お前を探しに来たんじゃないのか?このまま教団に戻れば眷属から守ってもらえるぞ?」


カイエンが言うと、アルティアは唇を噛んだ。たしかに教団に戻れば安全かもしれないが、カイエンの言葉が頭から離れない。

預言、星裔、共鳴——全てを知りたい衝動が彼女を突き動かした。


「私は……教団には戻らない!お前と一緒に行く。」


彼女は決意を込めて言った。

カイエンは驚いたように目をまばたかせ、やがて肩をすくめた。


「勝手にしろ。後悔しても知らないぞ。」


彼は踵を返し、森の奥へ歩き出した。

アルティアは、慌てて後を追う。


森を抜けると、切り立った崖にたどり着いた。眼下にはエテルシアの平原が広がり、遠くに聖鎖ルミナス教団の本部『白亜はくあの塔』が見える。

カイエンは崖の縁に立ち、風に黒髪をなびかせた。


「ここから先は、俺の道だ。付いてくるというなら、これからは教団と眷属の両方に追われる事になる……覚悟はあるのか?」


彼の声は冷たく、だがどこか試すような響きがあった。

アルティアは頷き、光を手に灯した。


「覚悟ならできてる……私には知る権利がある。星裔せいえいとして……。」


カイエンは小さく笑い、闇を手に纏わせた。


「……分かった。まずは眷属の隠れ家だ。そこに答えがある。」


二人は崖を降り、平原へと足を踏み入れた。

背後で馬蹄ばていの音が近づき、テオドールの声が響く。


「アルティア、何処へ行く気だ!今すぐ戻れ!」


だが、彼女は振り返らなかった。


「……愚かな。」


光と闇が並び立ち、空の二つの星がその行く先を見守る。

運命の旅が、今始まった。

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