第2話:闇の足跡
ルナリス村の広場は、戦いの爪痕を残したまま静まり返っていた。
倒れた村人たちの呻き声が風に混じり、散らばった花や穀物が血に染まっている。
アルティアは荷車の影から立ち上がり、震える手でペンダントを握った。
空には『明けの明星 ルミナ』と『宵の明星 ヴェスパー』が同時に輝き、昼と夜の境界を曖昧にしていた。
カイエンは森の縁に立ち、アルティアを振り返っていた。
赤い瞳に宿る冷たい光が、彼女を突き刺すようだ。
ルミナの
どうして彼が私の正体を知っている?
そして、彼自身は一体何者なんだ?
アルティアは再び叫び数歩前に出る。
「奴らに、やられたら困る?私を助けた理由がそれだけなんてありえない。本当の理由はなんだ?答えろ!」
カイエンは鼻で笑い、外套の裾を翻して背を向けた。
「知る必要はない。お前が生きてれば、それでいい。」
彼の声は低く、どこか疲れた響きを帯びていた。
森の闇に溶けるように歩き出すその背中に、アルティアは苛立ちと好奇心が混じった感情を抑えきれなかった。
「逃げるつもりか? 村を襲った連中が何を企んでるか知っているなら、教えろ!」
彼女の手から再び光が漏れ出し、地面に青白い影を落とした。
カイエンが足を止め振り返った瞬間、その光が彼の足元に届き彼の影が不自然に揺れた。
闇が
「やめておけ……。」
カイエンの声が鋭く響き、手を振ると闇が光を押し返した。
アルティアは後ずさり、胸を押さえた。
心臓が異様に速く脈打ち頭に軽い痛みが走る。
「お前の
「
アルティアは自分の手を見つめた。
司祭長マリウスが言った『
それよりも、今は目の前の少年が気になる。
「お前の力も……!さっきの闇……あれはヴェスパーの力なの?」
カイエンの瞳が一瞬細まり、口元に皮肉な笑みが浮かんだ。
「
彼はそれだけ言い残し、今度こそ森の奥へ消えた。
アルティアは追いかけようとしたが、背後から弱々しい声が聞こえた。
「アルティア…助けて…。」
振り返ると、広場に倒れていた村人の一人、老女のミリアが手を伸ばしていた。
彼女は急いで駆け寄り、ミリアの肩を支えた。
「ミリア、大丈夫!? 他の人は?」
アルティアは周囲を見回し、生存者を探した。数人が意識を取り戻しつつあったが、重傷者も多い。
影の眷属の襲撃は突然で、目的が自分——
「黒いローブの者たちが…突然現れて…。」
ミリアが咳き込みながら言った。
「
「私にもわからない…。」
アルティアは唇を噛んだ。
教団に育てられ、ルミナの加護を信じて生きてきた。
だが、
その時、遠くから
村の入り口に、白いローブをまとった一団が現れる。
隊長らしき男が馬から降り、広場の惨状を見て顔をしかめた。
「これは……何が起きた? 」
男が、アルティアに近づき鋭い目で彼女を見た。
「アルティア、怪我はないな?」
「私は無事だ、テオドール。でも、村が…。」
アルティアは言葉を詰まらせた。
テオドールは頷き、部下に負傷者の手当てを命じた後、彼女を脇に連れて行った。
「司祭長マリウス様からの伝言だ。『
テオドールの声は落ち着いていたが、どこか重い。
「それと、空を見てみろ。ルミナとヴェスパーが同時に輝いている……。」
アルティアは空を見上げ、二つの星が放つ光に目を細めた。
胸のざわめきが強まる。
カイエンの赤い瞳が脳裏に浮かび、彼がヴェスパーの
「テオドール……影の眷属が私を狙っていた。それは私が
彼女は率直に尋ねた。
テオドールは一瞬黙り、目を逸らした。
「…それは本部でマリウス様が説明する。お前は特別だアルティア。それだけは確かだ。」
彼はそれ以上語らず、馬の手綱を引いた。
「準備しろ。夜明け前に出発する。」
村の片隅で、アルティアは荷物をまとめながら考え込んでいた。
『知りすぎると死ぬぞ』
カイエンの言葉が耳に残る。
彼は敵か味方か?
影の眷属と戦った理由は?
そして、ルミナとヴェスパーの共鳴が何を意味するのか?
その時、森の方向からかすかな気配がした。木々の間を覗くと、赤い瞳が一瞬光りすぐに消えた。
カイエンがまだ近くにいる!
アルティアは立ち上がり、剣を手に持った。
教団に連れ戻される前に、彼から何か聞き出したい衝動に駆られた。
「何をしている!アルティア、行くぞ!」
テオドールの声が響き、彼女は振り返った。
森と教団、どちらを選ぶか━━━━
考えるより先にアルティアは、森へと駆け出していた。
木々の間を抜け、冷たい空気が頬を打つ。
カイエンの足跡……闇がわずかに残した痕跡を追う。
やがて、小さな清流のほとりに彼を見つけた。カイエンは水辺に座り、赤い瞳で彼女を見上げた。
「……お前、しつこいな。」
彼は、ため息をつき立ち上がった。
「教団の犬に連れ戻されるのが嫌か?」
「黙れ!」
アルティアは剣を構え、光を手に集めた。
「お前が何者か、なぜ村を襲った連中と戦ったのか全部話せ。でなきゃ、ここでお前を斬る。」
カイエンは笑い、手に闇を纏わせた。
「斬るか……いいだろう、教えてやるよ。
だが、俺を倒せたらな。」
二人の力がぶつかり合い、清流が揺れた。
光と闇が交錯し、空の二つの星がさらに輝きを増す。
運命の歯車が、動き出した。
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