明星の双鎖

JASピヲン

第1話:星の目覚め

エテルシア大陸の北辺、ルナリス村。

その小さな集落は、薄闇に包まれていた。

空には『明けの明星 ルミナ』が輝き、夜明けの冷たい光を地上に投げかけている。

村外れの丘に立つ少女アルティアは、風に金髪をなびかせながら、その星を見上げていた。

彼女の青い瞳は、どこか遠くを見つめるように曇っている。


「また、あの夢だ…。」


彼女は小さくつぶやき、首に下げたペンダントを握った。

聖鎖ルミナス教団の紋章——金の鎖が刻まれた小さな金属片が、冷たく掌に食い込む。


「光と闇がぶつかり合って私を呼ぶ声がした。

 一体、誰の声だったんだろう…。」


風が一瞬強まり、枯れ草がざわめいた。

アルティアは目を細め、丘の下を見下ろすと、そこに影が動いている。

黒い外套をまとった少年が、じっと彼女を見上げていた。

距離があるにもかかわらず、その赤い瞳が闇の中で異様に光りアルティアの心臓が跳ねた。


「お前…誰だ?」


彼女は思わず声を張り上げた。

だが、少年は無言で踵を返し森の奥へと消えていく。

風に揺れる外套の裾が、まるで闇そのものが動くようだった。

アルティアは息を整え、丘を下りて村へと急いだ。

今日は『星祭せいさい』の日。

ルミナをたたえ、豊穣ほうじょうと平安を祈る年に一度の儀式。

村人たちは朝から広場に集まり、花や穀物を飾り立て、聖鎖ルミナス教団の司祭が詠唱する聖句アークを聞く。

それがルナリスの伝統だった。

だが、彼女の胸にはざわめきがあった。

昨夜、教団の司祭長であるマリウスから呼び出され、こう告げられたのだ。


「アルティア、お前の力が目覚めつつある。

 星裔せいえいの試練が近い。」


その言葉が、彼女の頭から離れない。星裔せいえい——ルミナの力を宿した者。

教団ではそう呼ばれ、神聖視される存在だ。

でも、試練とは何か?

マリウスは目を伏せ、詳しく語らなかった。


村に近づくと、いつもなら聞こえるはずの笑い声や歌がなく代わりに不穏な静けさが漂っていた。

アルティアは足を速め広場にたどり着いた瞬間、凍りついた、━━━━血の臭い。

広場の中央に、祭りの飾り付けをするはずだった村人たちが倒れている。

花籠が散らばり、穀物の袋が裂けて中身がこぼれていた。

数人の男が呻き声を上げ、助けを求めるように手を伸ばしている。

だが、その上に立つのは黒いローブをまとった集団だった。


「ルミナの星裔せいえいはどこだ?」


リーダー格の男が、低くえるように言った。

顔はフードで隠れ、声だけが異様に響く。

アルティアは咄嗟に、木製の荷車の後ろの物陰に身を隠した。

心臓が喉まで跳ね上がりながらも、息を殺す。


男の背後には、同じローブを着た数人が控えていた。


「奴らは、影の眷属……!」


彼らは『宵の明星 ヴェスパー』を崇拝し、混沌こんとんを撒き散らす秘密結社。

教団の教えでは、彼らは悪そのものとされている。

奴らは、なぜこんな小さな村に?


「見つからなければ、この村ごと焼き払う!」


男が剣を抜き倒れた村人の首に刃を近づけた。

アルティアは唇を噛み、ペンダントを握り潰すように締めた。

出て行けば自分が標的になる……でも、見過ごせば村が………。

その時、彼女の手から光が溢れ出した。


「……!?」


制御できない力だった。

青白い輝きが荷車を越え広場を照らし、影の眷属の目が彼女に引き寄せられた。


「見つけたぞ!!」


リーダーの男が笑い、剣を手にこちらへと歩み寄る。

アルティアは立ち上がり逃げようとしたが、足がすくんで動かない。

光がさらに強まり、彼女の周囲を包み込む。

教団で教えられた護身の術を思い出し、呪文を唱えようとした瞬間——。


「下がれ!」


鋭い声が響き、広場の反対側から黒い刃が飛んできた。

闇そのものが形を成したようなそれは、影の眷属の一人を貫き地面に叩きつけた。

男たちが振り返ると、そこに立っていたのは━━━あの赤い瞳の少年だった。


「カイエン!貴様……この裏切り者め!」


リーダーが叫び、剣を振り上げる。

少年カイエンは冷たく笑い、手を振るとさらに闇の刃が放たれた。

影の眷属が応戦し、広場は一瞬にして戦場と化した。

アルティアは、その隙に荷車の影に隠れ直し混乱を眺めた。

カイエンの動きは素早く、まるで闇と一体化しているかのようだ。

だが、彼の視線が一瞬、彼女と交錯した。

その赤い瞳に宿る感情は、怒りか、哀しみか、それとも——。


戦いの喧騒の中、空が震えた。

ルミナの光が一層強まり、同時に西の空に『宵の明星 ヴェスパー』が姿を現した。

明けと宵、二つの星が同時に輝く異常事態。


アルティアの手から溢れる光と、カイエンの闇が共鳴するように脈打ち地面が揺れた。


「これは…もしや、預言の始まりか?」


影の眷属のリーダーがつぶやき、カイエンに剣を向けたまま後退り。


「撤退だ! 星裔せいえいが揃った今、ここで終わるわけにはいかない!」


黒いローブの集団が煙のように消え、広場に静寂が戻った。

カイエンはアルティアを一瞥し、無言で森へ去ろうとした。


「待て!」


アルティアが叫ぶと、彼は足を止め振り返った。


「お前は、何者だ!? なぜ私を助けた?」


カイエンは薄く笑い、初めて口を開いた。


「助けたつもりはない。奴らに殺されてしまっては困る。ただ、それだけだ。ルミナの星裔せいえい。」


その言葉に、アルティアは息を呑んだ。

彼は、私の正体を知っている。

そして、彼自身もただの人間ではない——。


空で二つの星が輝き続ける中、アルティアは確信した。

この出会いが、彼女の運命を━━

そして世界を変える何かの始まりだと。

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