ようこそ、心霊相談所【きさらぎ】へ
里 惠
赤い花の供養ともう一人の自分
昨年亡くなった曾祖母との約束で、今年は一人でその場所へ向かっていた。今までは毎年、盆を過ぎた頃に曾祖母と二人で訪れていた──餓死供養塔。
この塔が建てられた当時、この地方は二年に一度ほどの頻度で飢饉に見舞われていたという。
苦しい農作業の末に倒れ、命を落とした人々の冥福を祈るため。村人たちによって塔は建立された。
曾祖母は幼い頃、近所の拝み屋からこの話を聞き大人になってからは毎年ここで手を合わせていたそうだ。私が初めて曾祖母と訪れたのは、中学生の頃。
当時の私は、いじめに遭って不登校気味だった。ろくにご飯も食べず、部屋に閉じこもっていた私を曾祖母は心配して外へ連れ出し手を合わせた後で飢饉の話をしてくれたんだ。
「どったに辛くても、苦しくてもね。ご飯だけは食べねば駄目だ。
食べられる時に食べておかねぇと、いざって時に動けなくなってしまうんだじゃ」
学校には相変わらず行けなかったけど。それ以来、ご飯だけはきちんと食べるようになった。
そして昨年、その曾祖母は亡くなった。満百一歳の大往生……――──親戚みんなに見送られ、静かに鬼籍へと入った。
「着いた……今年も曼殊沙華が綺麗だよ、おばあちゃん」
供養塔の周りに咲く赤い花を見て、空を仰ぎ、ひとりごちる。
今年は不作が続き、米や野菜が高騰していた。
こういう年には、飢えに苦しんだ人々の怨念が【餓鬼】となって現れることがある。
辺りを見渡すが、それらしい気配は……――──《まだ》ないようだ。
私がいじめられていた理由は単純だ。
普通の人には見えないものが、私には見えてしまうから。
そして……――──
「
***
目を閉じてそう呟くと、白銀色だった髪が漆黒へと変わる。
再び開いた瞳も、
気づけば隣には、小柄な女性が立っている。
白銀色の髪に唐紅色の瞳。身体は薄く透け、白い和風ワンピースをまとっている。
「……あんま遠くさ行くんでないぞ、
『大丈夫。帰れなくなっても、お兄ちゃんが見つけてくれるって信じてるから』
「変な信頼すんでね。探さんからな」
『はいはい』
「“はい”は一回」
『……はーい』
「伸ばさんけ」
俺たちは、一つの身体を共有している。
世間で言う【多重人格】というやつだ。
一般的には、多重人格は過去のトラウマやストレスから脳が自己防衛のために作り出すものとされている。だが、本当はそうではない。
多重人格とは、一種の憑依状態……――──ただし、無関係な霊が取り憑くのとは違う。
それは、前世や並行世界の自分の意識が表に出てくる現象だ。だから、今の自分が知るはずのない情報や別の記憶を持っているのも当然。
作られたものなんかじゃない。
しかし人間は、目に見えるものしか信じない。だからこそ、精神障害の一つとして説明され人格にも「役割」があるとされる。
主人格、基本人格、副人格、保護人格、保安人格、記録人格、幼女人格……――──といった具合に。
俺は一般人に多重人格を明かすとき、自分を【保護人格】だと説明している。普通は人格が切り替わっても外見は変わらないが、俺たちはなぜか髪や瞳の色が変化する。
しかし、それを認識できるのはごく限られた霊感の強い人間だけだ。
だから外でも、周囲を気にせず入れ替われる。周りの目には何も変わっていないように見えるからだ。
ただし、写真には変化後の姿で写ってしまう。その為、人格が入れ替わっている時は写真を撮らないようにしている。
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