ドーナツの向こう側に
白湯水
ドーナツの向こう側に
カランカランカラン〜……
お店の戸が心地のいい音を鳴らす。
店内はドーナツの甘い香りに満ちていて、、肺の中まで満たされるようだった。
「いらっしゃいませ〜」
店員さんが気持ちのいい笑顔をこちらに向け声をかけてくる。
その時ふっと目が合うと、あっ!と声を上げる。
そして奥にある厨房に向かって声をかける。
「なっちゃーんちょっとお客様対応変わってー」
は〜い!と奥からかわいい聞き慣れた声が聞こえてくる。トタトタと足音が聞こえたかと思うと彼女の姿が見える。そして僕のことを見るなり
「げっ!バイト中は来ないでって言ってるじゃん!」
そんな事を言ってくる。
まったくもって酷な話だ。バイトの制服を着込んだ彼女を見るなだなんて。頬を膨らませて怒る彼女に笑って言った。
「ねぇ!たっくんが来てもわざわざ呼ばなくってもいいてっば!」
「えーだって私がいちいち水差しちゃうのもあれだしー」
「別にお客さんと店員さんなんだから問題ないって言ってるじゃん!」
「だったら今の二人も同じ関係でしょ?」
店員さんがニヤついた笑顔を彼女に贈る。
「むぅ~~~!」
「早くしないと次のお客さん来ちゃうかもよ」
「……いらっしゃいませ!」
顔を真っ赤にしながら僕に向かって言ってくる。
僕は思わず吹き出してしまった。つられた店員さんも一緒に笑っている。
彼女は大きく一言「もうっ!」と叫んでいた。
ひとしきり笑った後、ようやく注文を言った。
「いつものやつお願い」
はあぁ〜〜……と彼女がため息をわざとらしく吐き出す。
「お持ち帰りでいいよね?」
「もちろん店内でだけど」
はあぁぁ〜〜〜〜……と2度目のため息を吐き出す。
面倒くさそうにしながらもテキパキと仕事はこなしていく。
チョコレートのオールドファッションとコーヒーにミルク、シュガー2本をトレイにのせる。
「あ。あといちご味のオールドファッションもお持ち帰りで」
彼女が不思議そうな顔をしてこちらのことを見つめてくる。
「後で二人で食べるんでしょ~?」
「みーちゃん?!」
「違うの~?」
音もなく現れた店員さんが僕に問いかけてくる。
だから僕はうんと頷いておいた。
店員さんの横でまたどんどんと顔が赤くなる彼女。
紙袋を大雑把に取り出しいちご味のオールドファッションを入れる。
「723円になります!」
口早にそう告げる。
財布から800円を取り出し彼女に渡す。
「77円とレシートのお返しです!」
お釣りとレシートを手渡しで受け取る。
すると彼女はトレイの方だけずいっと僕の方に押し、紙袋は取り上げていった。
「これは私一人で食べます!」
つんっとそっぽを向く彼女に、僕はにっこりと微笑んで言った。
「大丈夫。もともとそのつもりだったから」
ついでに「君のおいしそうに食べてる姿が見たいからね」とも言ってあげた。
彼女の「もうっ!」という声をを背中で受けつつトレイを持って空いてる席に向かう。
時刻は昼過ぎ。まだ全然お客さんの少ない時間。
僕はミルクとシュガー2本を入れたコーヒーを飲みながらゆっくりとした時間を楽しむ。
ドーナツが入っているケースの奥で店員さん達がきゃっきやと喋っているのが聞こえる。
「なっちゃん正直羨ましいよ~あんな彼氏さん今時いないよ〜?」
「バイトの制服姿の私を見に来てるんだよ?ちょっと、ちょっとじゃない?」
「そりゃあしょうがないよ。なっちゃんが制服似合ってて可愛いのがいけない」
「もーさっちゃんまでそんな事を……」
「羨ましいというより微笑ましいが似合うカップルだよね2人は」
「んね〜、見てるこっちが幸せになる」
とまぁ微笑ましい会話をしている。
彼女はほんの少し照れくさそうな顔をして笑っている。
僕は思わずスマホのカメラを取り出して、彼女の笑顔を撮ろうとする。
すると、彼女は僕がカメラを向けていることに気がついたのか腰に手をあて頬を膨らませる。
苦笑いを返すと、彼女は「やれやれ」といったポーズを取る。
かしゃ……!僕は彼女の姿を写真に収めたが何か物足りないと思う。
ふと思いつきドーナツをカメラの目の前に持ってくる。ドーナツの穴越しに彼女を捉える。
窓から指してくる光は暖かく、照明も店内を明るく照らしている。
ドーナツの額縁に囲まれた可愛らしい彼女。
その彼女は今、僕に向かって満面の笑みとピースを送っているのだった。
ドーナツの向こう側に 白湯水 @Sayumizu_Sui
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