パチ屋の流儀 ~異世界ダンジョンで夢を売る男たち~

どろ

第1話

 蛍光灯がうす暗く揺れ、店内の空気はどこか湿って冷たい。

 田舎のパチンコ店。閉店時間が迫っていた。

 時折、スロットの爆発音や派手な効果音が鳴る。静寂。再び効果音。音が派手なほど、店内の空しさが際立つ。


 カウンターの向こうで、藤田一郎はそれを見ていた。

 目元には疲れ。表情には、諦めに似た穏やかさがある。

 指先が無意識にレジ横の金庫の鍵を撫でる。

 時計の針が、店の最後の時を刻んでいた。


「今日で、本当に終わりだな……」

 藤田が独り言のように呟いた時、声がした。


「店長、お疲れ様でした」

 経理のオバチャン。手には「蛍の光」のCD。どこか清々しい顔をしている。

「……ああ、ありがとう」


 店内には、まだ数人の客が残っていた。

 スーツ姿の中年が、無心でスロットのレバーを叩く。光らない告知ランプをぼうっと眺め、指先の動きだけが生きている。背中には、長年の習慣と諦めが染みついていた。

 スーパーの袋を下げた老婆が台を覗き込む。指を伸ばし、すぐ引っ込める。

 茶髪の若者はスマホを台に置き、無表情でハンドルを回す。時折、画面を確認し頷く。彼の目には現実と仮想の境界がなかった。


 藤田は、そんな彼らを眺めながら思う。

 どれだけやっても、店は持ち直せなかった。客足は減る一方。

 賑わっていた頃を思い出すと、胸の奥に寂しさが滲んだ。


「これで、あたしもパチンコ引退だよ」

「またまた。やめられないでしょう。駅前のチェーン店でお見掛けしましたよ」

「あらやだ、見られちゃった。でもあの店はダメ。なんだか、落ち着かなくて」

「新しい趣味を見つけるのはどうです。まだお若いんだから」

「そうねぇ……考えてみようかねぇ」


 最後の客が店を出た。

 看板の電源を落とし、シャッターを下ろす。


「これで、本当に終わりやな」

 主任——オッサンがぼそりと呟く。

「まあ、しゃーないか」

 元ヤン店員が肩をすくめる。

「親になんて言おう……」

「なんとかなるわよ!」

 落ち込むオタク風店員の背中をオバチャンが叩いた。


 カウンター前に集まる店員たち。——誰もが何かを言いたげに藤田を見ていた。

 藤田は何も言わなかった。言葉を考える気にもなれなかった。


「こうして、俺の店も終わるのか……」


 納得はいかない。

 あまりにも唐突な大手チェーンへの経営譲渡。

 藤田は店内を見回す。

 今日は懐かしい顔が、最後に立ち寄ってくれた。

 時の流れは、すべてを変えていく。

 何もかもが、変わっていく気がした。


「まだ皆さんおそろいで?」


 バックヤードから現れた男。黒田。大手チェーンの店長。やり手らしい。

 黒田は我が物顔で藤田の店を歩き回る。


「続けてください。邪魔しませんから。終わったら応接室へ」


 そう言い捨てて、便所へ消えた。

 次の店の店長は黒田だ。来月早々にリニューアルオープンするらしい。

 藤田は深く息を吐いた。明日から、俺は何をするんだろう。

 そんなことを考えながら、この店の最後にふさわしい言葉を探していた、その時——


 店内の空気が、変わった。


 蛍の光が流れる中、床が震える。壁の隙間から、微かな光が漏れ始めた。


「……地震か?」

 オッサンが天井を見上げる。

 揺れは激しさを増し、光が強まる。

 便所の奥から黒田の叫び声が響いた。

 オバチャンが少女のような悲鳴を上げた。


「戦争でも始まったんか!」

 元ヤンが的外れなことを叫ぶ。


「死にたくないいいいいい!」

 オタク風が絶叫する。


 眩い光が、店を包み込む。

 空間が歪み、時間の感覚が消えていく。


「嘘だろ……これって」

 オタク風の声がかすかに聞こえた。瞬間、店内が激しく揺れた。

 世界が、ねじれるように歪んでいく。


 ——藤田の店は異世界へと転移した。

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