第7話 夢と現の狭間で
「化け物が来て、今、烈道様たちが……」
「化け物が来たんだな……!」
あの悪夢――燃え上がる集落。
才蔵が旅の途上で見た、あの不吉な夢が、いま目の前の現実と重なった。
「里の猛者ども以外は歯が立たねえ……烈道様たちは、化け物を裏山へ追い詰めて交戦中だ。
女子供は、忍びの隠れ蔵に避難させた。志乃さんも、そこにいる」
それを聞いた才蔵は、悪夢とは少し異なる現実に、わずかに胸を撫で下ろした。
そのとき、権蔵がぐらつきながらも身体を起こし、よろめきながら立とうとした。
思わず才蔵が肩を差し出す。
「無理をするな。お前の怪我じゃ、ひとまず隠れ蔵まで運ぶ」
だが、権蔵は首を横に振り、絞り出すように言った。
「……みんな命懸けで戦ってるんだ。こんな怪我は屁でもねぇ」
その目に宿っていたのは、強がりではなかった。
決意と誇り、そして才蔵に託す想いが、確かにそこにあった。
「女子供の避難と伝言役は俺の仕事だ。烈道様からの伝言もある。
“才蔵が帰ってきたら、志乃のもとへ行かせろ”――だとよ」
その言葉に、才蔵の拳がわずかに震えた。
「だが……皆が戦っているのを、俺が見過ごすわけには――」
言いかけた才蔵を、権蔵が静かに制した。
「いくら才蔵さんでも、今の軽装じゃ……あの化け物には刃が立たねえ。
俺も……才蔵さんに渡したいものがあるんだ。先に行っててくれ。後から行くからよ」
「……?」
その言葉に、才蔵はわずかに顔を歪めた。
悔しさか、苛立ちか――それとも、仲間を置いていく後ろめたさか。
喉元まで出かけた言葉を、どうにか飲み込む。
口をつぐみ、じっと権蔵を見つめた。
そのまなざしの奥に、まだ火種のような葛藤が揺れていた。
そんな才蔵の様子に気づいたのか、権蔵は苦笑を浮かべる。
煤にまみれた顔に、わずかに柔らかな色が戻る。
「とりあえず、烈道様の言う通りにしろ。
長旅で、腹も減ってるだろ? それに……志乃さんに、会いてぇだろ? 才蔵さん」
その軽口の裏に隠された想いを、才蔵は言葉以上に感じ取っていた。
ふっと、権蔵の口元が緩む。
煤にまみれた顔に浮かんだその照れ笑いは、不安を振り払うための、精一杯の勇気だった。
才蔵は目線をわずかに下にそらし、それでもしっかりと頷いた。
「……わかった。お前の気持ち、しかと受け取った」
そう言い残すと、迷いなく身を翻す。
忍びの隠れ蔵は、里の長・烈道の館の地下にある。
才蔵はそこを目指し、駆け出した。
その背に、もはや迷いはなかった。
権蔵は、その背を一瞬見送ると、忌々しい炎の轟きを背に受けながら、ゆっくりと歩みを進めようとした。
しかし次の瞬間、右足が沈むように力を失い、そのまま地面に崩れ落ちた。
「……折れてやがる」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた。
それでも顔色ひとつ変えず、両腕と片足を使って無理やり身体を起こすと、足を引きずりながら歩き出す。
「才蔵さん……待ってろよ。あれ、持っていくからな」
かすれた声でそう呟き、権蔵は炎と煙の中へ進みはじめた。
その歩みは遅く、痛みに震えながらも、一歩一歩、確かだった。
「罰が当たるかもしれねぇが……しょうがねぇよな、夜刀神(やつのかみ)様よ」
胸の内に何かを抱き、小さく祈るように呟くと、彼の姿は闇の中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます