第2話、シトゥとタァラ

「おーい!」


 むこうからこどもの声がした。だれかがいた、よかった! と思ったあとで、美音子は自分と同じく迷いこんだ子がいるのかもしれないと思った。はやく見つけてあげないと。美音子はあわててあたりを探した。


 どこだろう? と思って見まわすと、枝分かれした木の上にこどもがいた。その子は美音子を見つけてさけんだ。五さいくらいの小さな子だ。枝の先にぎゅっとしがみついている。美音子は「そうか、おりられなくなっちゃったんだ」と急いで木の近くまでいった。


「だいじょうぶ?」


 その子は男の子で、美音子の身長より高いところにいた。助けてあげなきゃ。美音子は灰色の木のわかれているところに足をかけた。ゆっくり体重をのせ、かんたんに折れないかたしかめる。グッと枝がしなったが大丈夫だ。


「よっと」


 美音子はキャンプで木にのぼったことがある。弟の信夫しのぶもいっしょだ。お父さんはのぼってもいい木と悪い木がわかっていた。


 ひとつづつ、枝を上にあがっていく。灰色っぽい木には緑の葉がついていて、その間に少し細長い実がなっていた。赤い色の実はおいしそうだ。でも、お父さんは毒のある実もあるから勝手にとって食べないようにと言っていた。この実はどうなんだろう?


「ほら、こっちきなよ」


 しなる枝をつかんだまま、背中をさしだす。男の子は怖がっていたが、ゆっくりと背中に足をおいた。ずしっと重みがあって、男の子はすぐ下の太い枝をにぎった。それから足をみきに押しつける。ずるっとすべって落ちそうになる。


 美音子は足とうでをうんとのばして男の子をささえた。男の子はしんちょうに足をみきにかけ、枝から枝にうつった。あとは簡単だった。するすると木の幹をつたっていく。男の子がとんっと地面に足をついたのを見て、美音子も木からおりた。よかった! 助けられた。


 男の子はカゴをもっていた。あまれた木のカゴだ。男の子のかっこうは、シャツやズボンじゃない。すとんとしたワンピースみたいな……あまり見たことがないけど、どこかで見たような。この子はどこからきたんだろう。


「■、■■!」


 男の子は美音子に赤い実を押しつける。これを食べろってこと? その実は表面がざらざらしていた。口に入れてかんでみると、中身がとろっと出てきて甘酸っぱくておいしい。ちょっとしぶみが舌に残る。これ、グミの実だ。お父さんに教えてもらったことがある。


「……ありがと」

「■■!」


 男の子はにこにことしてなにかを言った。なんだろう。聞こえるのに聞きとれない。「ありがとう」とか「おりられてよかった」とかだろうか。この子も迷子かと思ったが、そうではないみたいだ。だって、木からおりたら、ちっとも怖がってないもの。


「ええと……おうちどこ? わかる?」


 どこにいるのかわかれば、自分も家に帰ることができる。でも、男の子はわからないという表情になった。家がわからないというのではなく、言っていることがわからないみたいだ。美音子は手を頭の上で合わせ、屋根を作るように動かしてみせた。


「おうち! 家!」


 男の子は目を大きくしてその動きを見ていた。同じように手を合わせて、屋根をつくる。くり返したあと、ようやく表情が明るくなる。にこっと笑って美音子にうなずいた。わかってくれたかも! やっぱり家が近いんだ!


「■、■■!」


 そう言うなり、男の子は歩きだした。木の根をとんで、あっという間にはなれてしまう。美音子はあわててついていった。思ったより街のそばなのかもしれない。これならすぐに帰ることができそうだと、美音子はほっとした。






 まがった木の根をさけて、石をよけて、落ち葉をふんで、林のなかを歩く。雑木林は暗くなりつつあり、ひんやりとしていた。コケはすべるし、少し背の高い草があるところは歩きにくい。草が足をひっかいてヒリヒリと痛くなった。男の子は葉っぱを一枚とって、くちびるにあてた。プィーという笛のような音が鳴る。


「■、■■■、シトゥ」


 男の子が振りかえった。なにを言っているかよくわからない。どこの国の言葉だろう? でも男の子はじっと美音子を見ている。それから、自分の胸を指さした。「■、シトゥ」。それからミネコを指さす。「■、■■■、■?」。


「シトゥ?」


 美音子は聞きとれた音を繰りかえす。すると男の子はうんとうなずいた。


「シトゥ」


 男の子を指さすと、男の子はうれしそうに笑った。この子の名前はシトゥというんだ。シトゥは美音子を指して、もういちど「■、■■■?」と聞いてきた。わからないけれど、なにを言っているのかはわかった。美音子は自分を指さし、ゆっくりと言った。


「美音子。わたしは、美音子」

「ミネ……コ。ミネコ!」


 シトゥも「ミネコ」が名前だとわかった。シトゥは「ミネコ、ミネコ」と手をたたいてくりかえした。美音子もパチパチと手を叩いてよろこびを伝える。


 言葉がつうじないのは不安だけれど、シトゥが笑ったのを見てすこし安心した。シトゥがいてよかった。でも、美音子の知っている言葉とぜんぜん違う。ここはどこなんだろう。ほんとうに大丈夫なんだろうか。







 木の上を鳥が飛んでいった音がした。倒れた木にちいさな虫が集まっている。


 歩いていると、そのうち水が流れる音がした。空気がひんやりとしてきて、足元に大きな石が多くなる。雑木林のなかに、きれいな川が流れていた。


「ミネコ、■■■!」


 川には橋がかけられていた。ただ丸太を横だおしにしただけの橋だ。シトゥがきょろきょろとあたりを探している。その橋の近くまで来たとき、女の子のさけぶ声が聞こえた。なにかを探しているようだ。


「シトゥ! シトゥ! ■■!」

「おーい! タァラ、■■!」


 シトゥが答えると、女の子が木のむこうから出てきた。女の子は美音子より下、九さいくらいだった。シトゥを見つけるとかけよってくる。シトゥのお姉ちゃんだろうか。弟とはぐれていたのかもしれない。ぶじに会えてよかった。そのいっぽうで、美音子は知っている人がいなくて心ぼそくなり、きゅっとスカートをにぎった。


「タァラ。■、■■、ミネコ。■、■■■!」

「ミネコ?」


 女の子はやっと美音子に気づいて、だれだろう? という顔をした。タァラというのが名前かな。この子もすとんとしたベージュのワンピースを着ていた。カゴの中にはたくさんの草が入っている。タァラはふしぎそうに首をかしげた。


「ミネコ。■、■■■! ■、■、■■■」


 シトゥは美音子を指さして、タァラになにかを言った。手を広げたり、木の上をさしたりしている。タァラはそれを聞いて、おどろいたように美音子を見た。頭から足の先までじっと見て、なにかに気づいたようにぱあっと笑った。


「■■! ■、■■■!」


 たぶん、お礼を言われたんだと思う。美音子はなんだか恥ずかしくなって、顔が熱くなってきて、あわてて手をぱたぱたと振った。お母さんだったら、ぜったい「お姉ちゃんだからあたりまえでしょ」って言うと思う。


 お母さんも弟もいないことを思いだし、きゅうと胸がしめつけられるほどにさびしくなった。美音子はじわりと涙が出そうになるのをこらえた。この子たちは、きっとこのあたりに住んでる子だ。二人の家がわかれば、きっと美音子も帰ることができる。


「ここ、どこかわかる?」

「■■?」

「■■!」


 美音子が「ここ」と地面を指さしたが、タァラはこまったような顔をする。言葉がつうじない。横で聞いていたシトゥが、頭の上で手を合わせ、大きな屋根をつくってみせた。さっき美音子がやったように。


「■■? ■!」


 それを見て、タァラは目をかがやかせ、わかった! という表情になった。手で屋根をつくり、川の下流、雑木林の向こうを指して、また屋根をつくる。「家」というのはわかったみたいだ。あっちに二人の家がある。とりあえずそこまでいけば、きっとなんとかなる。


「■■■!」


 シトゥは丸太の橋を渡りはじめた。その後ろをタァラがついていく。とちゅうで美音子をふりかえって「ミネコ! ■■■!」と呼んだ。美音子はこわごわと一本橋を渡り、二人についていった。これで帰れる!






 雑木林を出たところには草むらが広がっていた。赤い太陽が山のむこうにしずもうとしている。こんなところに家なんてあるの? 美音子はまた不安になった。美音子の家の近くではなさそうだ。まるでつきおとされたような気持ちになった。


「ねえ」


 思わず呼びかければ、タァラが草むらの奥を指さした。そこは草がなく、地面がむき出しになっていた。なんだろう、河原にある野球場みたいな感じだ。タァラは手で屋根をつくり、また指をさした。


「ミネコ、■■、■、■■■!」


 そのまわりにあったのはコケや草がぼうぼうに生えた、大きな土の山だった。いち、に、さん、よん、ご。おわんをかぶせたような山がある。家? あれが?


 草むらを抜けて近づくと、その土の山に入り口があるのが見えた。ヒゲのはえた男の人が出てきて、タァラとシトゥ、美音子に気づいた。シトゥは大きく手をふってかけよっていく。その男の人もまた、ベージュ色のワンピースを着ていた。


 まさか。そんな。

 いろいろな気持ちがわきあがってきて、ごちゃごちゃになってしまう。どうしたらいいのかわからない。シトゥの服を見た時からなんとなく引っかかっていたけれど、ここは。


 教科書で見た、縄文時代のムラだった。

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