第7話 俯く老婆

 思わず宮と顔を見合わせます。彼にもこれが見えるようです。


「これハさすがに怖いわ」


「そうだね……ただ、三角形で終わりじゃなかったんだ。まだ張り紙の形は完成してなかったんだよ。地図に入れ込もう」


 宮が張り紙に背を向けて地図に印をつけていきました。数は数えきれないほどあり、とりあえず始めの位置と終わりの位置が合うようにして、あとは適当に入れました。


「……矢印になってない? これ」


 ふと、宮が出来上がった地図を眺めて言いました。私もじっくり見つめ直します。たしかに宮の言う通り、三角形だったはずのそれは東の方向ヘ線状に増え、矢印のような形に変化していました。


「じゃあ、あの家を囲っていたんじゃなくて、矢印の先の三角形だったんだ」

「まあな。あそこ、独身じいさんの一人暮らしだったし」


 あの家の玄関には靴が一足も置かれていなかったので、おそらく一人暮らしであろうと当たりを付けていました。張り紙の配置が矢印であったのなら、最初からあそこは無関係の場所だったのです。勝手に怪しんで訪ねてしまったことを申し訳なく思いながら、私たちは矢印の方向に歩き始めました。


「矢印の先のところの張り紙って、結局お前ん家の近くのやつじゃない?」

「ほんとだ」


 言われて気が付きました。矢印の先端は紛れもない、最初に見つけた張り紙の場所です。結局、あそこがスタートでゴールでした。


「じゃあ、あそこに真理子ちゃんがいるってこと?」

「さあな。でも、何か手掛かりがあるに違いない」


 話ながらも、通行人にこの辺りで噂話はないか聞いて回っていたら、いくつか話を聞くことができました。ある道に行くと、手形が壁に浮き出るというもの。これは私が耳にしたものでしょう。それは決まって金曜日の夕方らしいです。その他にも、子猫の鳴き声が聞こえるというものもありました。その現象は木曜日が多いそうです。出来事自体不思議ですが、曜日が決まっているということがさらに怖さを増していました。


「聞かなかった方がよかったかな」

「でも、情報はあった方がいい。万が一の時に役立つから」

「そうだね」


 宮の励ましもあり、私の当初の好奇心が少し元気を取り戻してきました。あと少しというところで、開けた交差点に出ました。私は宮と顔を見合わせます。


「矢印的には真っすぐだろ。でも、どこまで行けばいいんだろう」

「もうこの辺りが矢印の頂点だからね。てっきり、頂点の場所にあると思ってた」


 私たちはきょろきょろと周囲を窺いますが、これといった建物が見当たりません。交差点を渡ったところは緩い坂道で、まだまだ道は続いています。私が最初に張り紙を見つけた場所はそのすぐ隣の細道で、そこも見回してみましたが、これといった場所はありませんでした。


「どうしようか」


 私たちが細道を出て交差点に戻ったところ、八十代程でしょうか、冬でもないのにはんてんを着たおばあさんが交差点の真ん中に俯き気味に立っていました。真ん中は道路であり、歩道ではありません。危ないと思って声をかけようとしたら、おばあさんが俯いたまま右腕を伸ばして、彼女から見て右側を指差しました。


「……坂を指しているのかな」


 彼女の右、私たちからすると左には交差点の続きである坂道があります。彼女とは初めて会いました。言葉を交わしてもいません。しかし、何故だか私たちに矢印の示す場所を教えてイるように思えました。


「なんか、嫌な予感がする」

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