光VS闇1

『あはははははっ、まさかよりにもよってあの流星きらりが私の討伐に来るなんてね』


 きらりの目の前に現れた彼女は狂ったような哄笑を浮かべた。

 顔立ちは映像で見たシャイニング・エリスに似ているが、そのいでたちは魔法少女という言葉のイメージからは程遠いものだった。怪人たちが着ている黒光りするスーツと同じ素材で出来ていると思われる、黒光りして肌に密着しているボンテージのような衣装だった。布面積の少ない衣装に短いスカート、そして首元には飾り襟を、足にはニーハイを、肘から先はグローブをつけている。正直とても魔法少女とは思えない扇情的な格好で、見てるこっちが恥ずかしくなりそうだ。

 それを見て支部長は思わず頭を抱える。


「まさか闇堕ちするとあんな淫靡な格好にされてしまうとは……。あなたは絶対闇堕ちしちゃだめよ」

「格好の問題じゃないでしょう!?」


 場を和ませる冗談のつもりだったのか、支部長は罰が悪そうに笑う。確かに自分の衣装があんなにされたら魔法少女を引退して引きこもるけど。

 とはいえエリスの変化は格好だけではなかった。きらりを見て高らかに笑ったかと思うと憎々し気な視線を向ける。

 そんな変わり果てた彼女に向かって流星きらりは少し強張った表情で口を開く。


『……あなたがあのシャイニング・エリスのなれの果て?』


 するとエリスはきらりを睨みつけながらも、どこか投げやりに答えた。


『ええ、そうよ。人々を守ろうと必死に戦ったはずが、いつの間にか嘘で全員から石を投げられた哀れな女のなれの果て』

『っ!?』


 きらりが思わず息を呑む。

 やっぱりエリスがこんなことをしているのはそのことが原因だったんだ……。エリスのゴシップの真偽を確かめる術はなかったけど、今のエリスの諦め混じりの表情を見る限り嘘だったように思える。

 ちらっとコメント欄を見ると、凄まじい勢いで流れていく中に見るに堪えないものがいくつもあったのでそれきり私は見ないことにした。


『それにしてもアイドル売りに失敗して消えたこの私を倒しに来るのが今をときめくアイドル様だなんて、冗談がきつすぎるなぁ』

『……』


 そう言ってエリスはおかしそうに笑う。その様子は芽衣から聞いたエリスの姿とは全く一致しなかった。大体、彼女なりに頑張っていたはずの活動を自分で「アイドル売り」と言ってしまうなんていくらなんでも露悪が過ぎる。

 さすがのきらりも今回ばかりは何と言っていいか分からないのだろう、表情を強張らせていた。


『とはいえそんな哀れな女、魔法少女シャイニング・エリスはもういない。今の私は怪人少女ダークネス・エリス。もうあいつらに媚びずに魔力を手に入れる方法を手に入れたの』


 「あいつら」というのはリスナーのことだろう、それを聞いて私は思わず支部長と顔を見合わせる。やはりエリスは魔法少女アプリとは違う方法で魔力を手に入れているらしい。

 ちらちらとコメントを見ながら聞いていたきらりだったが、そんなエリスの言葉に目を閉じて大きく息を吸う。そして何かを決意したように口を開いた。


『私はエリスちゃんのことを詳しく知ってる訳じゃないけど、そんなことはないよ』

『はぁ? いきなり何?』

『まず全員から石を投げられたっていうのは違うと思う』

『あんたなんかが何を知ってるって言うの?』


 きらりの言葉にエリスは不愉快そうに顔をしかめる。

 声にこそ出さなかったが、支部長や他の職員たちも困惑の顔になっていた。なんというか、友達としゃべっていてぽろっと失言が出てしまい、相手がぶちキレる寸前になった時のようなピリピリした空気を感じる。私もきらりとの付き合いは浅いけど、あれだけ人気者のきらりだからもう少し地雷を察知するのは得意だと思っていたので少し驚く。

 が、いつの間にか先ほどまで強張っていたきらりの表情はいつの間にかいつもの顔に戻っていた。


『そういう時は全員が敵に見えてしまうものだけど、元々のファンの人にはそうじゃないって思ってた人もいっぱいいると思うよ』


 エリスは露骨に顔をしかめた。見てるだけの私ですらきれいごと、と思ってしまうのだから当事者であるエリスにとっては尚更だろう。


『何かと思えば、さすがは人気アイドル様。こんな時でもきれいごと? それとも目が節穴なの?』


 そう言ってエリスは顔を歪ませながらきらりが先ほどコメントを確認していたU-Phoneを指さす。

 おそらく今もそこには見るに堪えないことが大量に書き込まれているのだろう。


『そりゃあこんなことしたらそうなっちゃうよ』

『あの時だってそうだった』

『それは元からエリスちゃんのことが嫌いな人とか野次馬に来た人で、大多数のエリスちゃんのファンはきっとエリスちゃんのことを信じてて、説明したら分かってくれたと思う』

『分かったようなことをっ!』


 吐き捨てるように叫ぶエリス。

 確かに芽衣も似たようなことを言ってたっけ。でもそれをきらりが言ったら……


『お前みたいに人気絶頂でみんなからちやほやされるアイドル様には想像もつかないだろうな! 熱心に追ってくれてたファンたちが根も葉もない噂を信じて次々に手のひらを返していく様はっ!』


 エリスの言葉には、配信を見ているだけの私たちですら思わず身震いしてしまうような憎しみがこめられていた。

 が、きらりは特に動揺することもなく毅然と言い返す。


『きっとちゃんと説明すれば分かってくれたよ』


 そう言ってきらりはちらっと画面(こちら)を振り返る。

 そして完璧な笑顔を浮かべながら言った。


『少なくとも私はみんなを信じてる』


 その瞬間、きらりの身体から凄まじい魔力が溢れ出す。

 すでに視聴者数は軽く六桁に達していた。

 アイドルとしては完璧だけど、同時に完璧にエリスの地雷を踏みぬいたような気がする。


『そっか、でもまあいっか。あの時からずっとお前だけうまくいっててむかつくとは思ってたけど、今なら遠慮なくやれるから』


 そう言うと、彼女の身体からは黒々とした見るからにおぞましい魔力が溢れたかと思うと、手に鎖鎌が出現する。

 確かシャイニング・エリスはきらりと似た魔法のステッキを使っていたはずだ。武器は衣装と似たようなもので形に大きな意味がある訳ではないけど、きっとエリスの気持ちを反映しているのだろう。


「凄まじい魔力ね」


 私は二人のやりとりに色々考えさせられていたが、支部長はもっと冷静にこの配信を見ていたらしい。

 確かにきらりの魔力はすごいが、見た感じエリスの方もそれに及ぶほどの魔力を纏っている。


「向こうはU-Phoneは使えないはずなのに。でもよく見ると襟の宝石が光ってるわ」


 言われてみれば、エリスの衣装で唯一黒くなかった飾り襟の宝石が、いつの間にかどす黒く染まっていて、そこから魔力が溢れているようにも見える。やはりエリスは何らかの手段で魔力を得ているのだろう。十数万の視聴者に応援されているきらりに配信機能を使わずに対抗するなんて明らかに異常だ。


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