大人気魔法少女になりなさい3

「……という訳でどうだった?」


 流星きらりのアーカイブが終了すると支部長が私に尋ねる。


「みんなきらりのかわいさとか“ステラ・インパクト”の格好良さにばかり目がいってるけど本当にすごいのは彼女の魔法消費の限界量ですね。あんなにたくさんの魔力があってもあれほどの大技を使える人はそうそういませんから」


 先ほどそのことについて褒められただけあって、きらりの戦いを見るにあたってそのことに気づいていた。


「確かにそうね。あれだけの魔力を集めるのもすごいけど、ちゃんと使うのもすごいわ。他には?」

「あれだけの大技だというのに、モンスターを倒した後、周囲にはほとんど被害が出ていませんでした。威力が大きくなればなるほど出力を制御するのは大変だというのに、すごい繊細さです」

 

 そう、これは実際に日々戦っている私だからこそ気づく視点だ。完璧すぎてこれ以上褒めるのは癪だけど、私はただコメントできゃあきゃあ言ってるファンよりも彼女の凄さに気づいている自信がある。


「……それだけ?」


 が、そんな私の的確な分析を聞いた支部長はなぜかため息をついた。


「はぁ。そういう話をしているんじゃないの」

「じゃあ何の話ですか?」


 おかしい、完璧な分析を披露したはずなのに。

 すると支部長は再び机をバン、と叩いて立ち上がる。


「あなたは今の配信を見て何も思わなかったの!? 配信を始める時の挨拶と自己紹介の口上、戦いが始まるまでのリスナーとコミュニケーション、強いだけではなく“魅せる”ことを考えた技、そしてリスナーへの感謝を忘れない心。特にあれだけリスナーが増えてもちゃんとサポーター全員にお礼……ってあなたサポーター登録すら解禁してないじゃない!」

「ひっ!?」


 支部長のすさまじい剣幕に思わずたじろいでしまう。


「ま、まあ、ちょっと落ち着いてくださいよ」

「担当魔法少女がこれだけファンサをさぼっているのに、これが落ち着いていられる訳ないでしょ!? ていうかこれだけ魔力が足りないのにどうしてサポーター登録を解禁してない訳!?」

「いや、だって特典とか用意するの面倒くさいし……」


 特典の内容は魔法少女によって様々だが、最低でも月に一回はサポーター限定配信をしなければいけないような雰囲気が魔法少女界隈にはある。でも敵もいないのに魔法少女に変身して配信するなんて嫌すぎる。もはやただのコスプレ配信じゃないか。

 そんな私の反応に支部長はさらに大きなため息をついた。


「なるほど、担崎さんから聞いてはいたけどこれは思ったよりも難題だわ。まさかあなたがここまでファンを軽んじていたとは」

「ファンって言うけど私はみんなを守るために戦ってるんだからむしろ私がもっと褒めたたえてもらってもいいぐらいだと思うんですが……」


 バンッ!


「ひっ」


 再び支部長の台パンがさく裂する。


「じゃああなたはラーメン屋の店員が『ラーメンを作ってやってるんだからもっと褒めたたえろ』って態度だったらどう思うの!?」

「す、すみませんっ」


 やばい、ファンサをしたくなさすぎるがあまり墓穴を掘ってしまった。

 さらに怒りに油を注いでしまった、と思いきや支部長ははあっとため息をつく。


「確かに魔法少女は普通の仕事と違って特別視されがちだけど、ちゃんと契約書を結んでうちの支部から出撃回数と成果に応じて結構な給料が支払われているはずよ」

「……」


 そう言われて私は思い出す。魔法少女業務は突然呼びだされて危険な戦いに赴くだけあって高校生のバイトとは比べものにならないほど給料がいい。

 とはいえ金額が大きすぎて逆にお金を使えないでいたせいで、給料の存在は忘れがちだった。


「とはいえ私も鬼じゃないし、いきなり流星きらりのようになれとは言わないわ」

「じゃあ今日はファンサの知識を学んだということでこの辺で……」


 そう言って私が立ち上がろうとすると支部長がぎゅっと手を握る。


「という訳で今日の宿題は次回の出撃までに配信開始の挨拶を考えてくることよ」

「えええええっ!?」


 いや挨拶って……。私の脳裏を「こんきらり~☆」がよぎる。

 うそ、何百人も見てる前でやるなんて羞恥プレイでは?


「あんなのスターライトが流星きらりだから成立してるのであって、一介の魔法少女にそんなものは必要ないような……」

「いえ、現在活動中の魔法少女の62%が配信開始時に独自の挨拶をしているわ。残りだって独自の挨拶がないだけでほとんどはちゃんと挨拶してるし」

「げっ……」


 くそ、完全に理論武装されてる。


「じゃあ私も普通の挨拶でいいんじゃ……」

「だめよ。ちゃんと決めておかないとどうせ何も言わなくなるでしょ?」

「……」


 やばい、完全に信用されていない。


「それに戦い途中のファンサは慣れないと大変だというのは私もよく分かるわ。だからまずは一番簡単そうな配信開始の挨拶からと言っているのよ」


 くっ、このロジハラ上司め! 着実に逃げ道を潰してきやがって……。


「ロジハラって言うってことは私が正しいって認めたってことね?」


 しまった、声に出てた。


「じ、じゃあそろそろ私は用があるんで、これで!」

「絶対考えてくるのよ!」


 こうして私は支部長の元を逃げるように飛び出したのだった。





「どうしたの茜、そんな顔して」


 翌日。私が昨日のことを思い出して憂鬱になっていると汐里が心配そうに声をかけてくる。

 彼女は高校に入って以来の仲いい友人ではあるが、仲が良ければ良いほど魔法少女活動について知られたくないというジレンマがある。


「あ、ううん、ちょっとね。バイト先の上司が色々と口うるさくて……」

「あぁ、いるよねそういうの。ただのバイトなのにあれもこれもって言ってくるの」


 彼女も何か思うところがあるのか、私の言葉にうんうんと同調してくる。


「そうそう、本来の仕事はやってるのに『他の人はやってるから』ってあれこれやれって言われてさ」

「本当そうだよね。そんなに言うならもっと給料出せっつーの」

「……」


 友達の言葉を聞いて一瞬私は沈黙する。

 いや、私給料は十分すぎるほどもらってるんだよね。


「しかも茜のとこっていつも急なシフト変更ばっかだよね。そういうのも仕方がない時っていうのもあるかもしれないけど、それでいつも通りの時給っておかしくない?」

「……」


 ごめん、私の給料時給じゃないんだ……。

 せっかく共感してくれている汐里のことを裏切っているようで猛烈な罪悪感がこみあげてくる。


 ちなみに私が魔法少女のお給料を使ってない理由は急に羽振りがよくなって友達に怪しまれたくないという理由もある。


「? どうしたの?」

「あはは、そうだよねー」


 汐里が首をかしげるが、本当のことを言うことも出来ないので私は愛想笑いを浮かべて同意した振りをする。


「そう言えば茜って何のバイトしてるんだっけ?」


 まずい、しまった。

 この話を友達に振ると結局この質問をされることになるんだった。


「え、いや、あの、ちょっとあんまり言えなくて……」


 が、そんな私の否定を聞いた汐里はますます心配そうな顔をする。


「え、大丈夫? 最近闇バイトとかそういう危険なのあるらしいけど」

「い、いやそういうんじゃないけど……それより数学の宿題やった?」

「え、数学の宿題!? そんなのあったっけ?」

「いや、昨日言ってたじゃん」

「しまった! 今から教えて!?」


 ふぅ、何とかごまかせた。汐里が宿題のこと忘れてて良かった……。

 はぁ、ファンサは要求されるし友達には変に思われるし、魔法少女大変すぎる……。

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