21.私たちはここにいる

 入れ替わらずに、未だに私たちが先頭の座を奪っていた。

 ゴールまで残り八百メートル。パレードスターはすぐ後ろにまで迫っている。

 パレードスターだけじゃない。一番人気、トップファンタジーもおそらくこの辺りでエンジンを掛け始めてきているはず。

 冷静に。落ち着いていこう。

 不安はいっぱいだ。焦りもいっぱいだ。少しでも力を抜いてしまうと、絶望に心を食われてしまう。

 一人なら、私は食われてしまっていた。

 一人なら、絶望という谷底に落とされてしまっていた。

 だけれども、私には、スカイアンドホワイトがいる。だから、心配はいらない。

 私は信じる。私を信じてくれたスカイアンドホワイトを信じる。

 迷うな。迷ったら、真っ逆さまに転落してしまう。

 これは、レースだ。楽しい、レースだ。

 私、忘れていたよ。これは、楽しいレースなんだから、笑顔でゴールしないと、って。

 大切なのは笑顔。絶望に染まった顔じゃない。

 マイナスな状況を、ポジティブな気持ちで乗り越えてきた。

 今までがそうだった。これからもそうだ。

 さあ、勝て。勝て。勝って、知らしめてやるんでしょ。スカイアンドグレートが、素晴らしい英雄だったんだって。そして、そのスカイアンドグレートの血を受け継いだスカイアンドホワイトは、歴代最高の英雄なんだって。民衆に。宇宙に。銀河に。名声を轟かせてやるんでしょ。

 勝つ。私たちは、勝つよ。そのために、ここにいるんだから。

 笑顔だ。笑顔。とびきりの笑顔。笑顔でそのときを迎えるんだ。

 みんなが見ていた。みんながその瞬間を見守っていた。

 あのとき。あの瞬間。誰もが、勝つわけがないと思っていた。誰もが、私たちのことをマークしていなかった。

 私が新人だから。スカイアンドホワイトが、人々に最弱と呼ばれた天馬、スカイアンドグレートの子どもだったから。だから、誰も見向きもしてくれなかった。

 けれど、歴史はつくられるものなんかじゃない。つくっていくものだ。

 人々はスカイアンドグレートのことを勝手に最弱だと思い込んでいた。絶対に勝てるはずがないと、そう思い込んでいた。

 でも。私はその歴史を信じない。その誰かに決められてしまった歴史を、疑うことから始めてみる。


 ダメダメ? 弱い? 最弱? 敗北しか知らない?

 ……誰が、決めつけた? そんなことを?

 人々が、私たちを勝てない存在だと決めつけるのなら、見せつけてやる。私たちが勝つ、その光景を。


「……いっしょに勝とう、スカイアンドホワイト!」


 残り五百メートル。他の天馬たちがラストスパートを仕掛けてくる。

 さらに加速していたはずなのに、パレードスターは未だにぴったりと背後にくっついている。その少し後ろの方に、トップファンタジーの気配もある。

 二番人気、ブルーライトニングと、三番人気、ナイトマジシャンの気配はまだない。

 十四番人気、ラックエイトムーンの気配はあった。

 トップファンタジー、パレードスター、ラックエイトムーン――そして、スカイアンドホワイトの三つ巴ならぬ、四つ巴の戦いだ。

 誰が勝つのか。それは、誰にもわからない。

 ただ勝利に一番飢えている者が勝つ。それは、わかるのに。

 一番は、誰だ。一番は、誰になる。

 私たちだ。私たちが、一番になるんだ。

 憧れの存在ははるか遠くの大空に消え去った。今は、もういない。

 憧れは私の中で伝説となった。そしてその憧れが、私たちに、伝説になれ、と囁いてくれているような気がする。

 私は、憧れの存在にただ憧れるだけの存在じゃない。

 英雄は突然、私の前に現れた。そして、私は大空の世界へ招待された。

 あのときの感動が、情熱が、希望が、今でも忘れられない。


 だから――今度は、私が誰かの憧れの存在になる。私が、私たちが。私たちが、英雄になる番だ。


「駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、行けええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 残り二百メートル。残り百メートル。

 先頭は依然として、入れ替わらない。私たちが、未だに、先頭を駆け抜け続ける。

 パレードスターも未だに私たちの背後にくっついたまま。だけれども、私たちを追い抜くことはできていない。

 トップファンタジーも伸びてきている気配がある。だけれども、私たちのところまでは届いていない。

 十四番人気という、スカイアンドホワイトに次いで人気のないラックエイトムーンが、踏ん張りをみせているような気配がある。だけれども、やはり、私たちを追い抜くことはできていない。

 私は静かに笑った。そして、眼前に見えてきた、ゴールを眺める。

 過去。暗闇。屈辱。地獄。絶望。マイナスな言葉は捨てた。私たちは希望を胸に抱く。


「……絶対に勝つ!」


 瞬間。その瞬間。待ち望んでいた、その瞬間が、ついにやってきた。

 ドクン、ドクン、と鼓動が私たちの身体を揺らす。

 残り十メートル、五メートル、三メートル、一メートル。パレードスターがクビ差まで迫ってきていた。


 行け、行け、行け。行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 緊張の瞬間。勝ったのは――。


「……一着は……一着は……私、たちだ!」


 私はガッツポーズをした。その瞬間、会場にいた観客たちから、歓声が上がった。

 十五番人気。人気は最下位だった。そんな天馬が『一級賞』で勝つなんて、前代未聞だった。

 だけれども、今、私たちが、人気最下位でも勝つことができる、という歴史を新しくつくった。新しく、つくることができた。

 偶然? まぐれ?

 そんなものはない。少なくとも、この場にいる者たちは、全員、これを実力だと思っていることだろう。


「一着おめでとう、シャレア」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 祝福されて、さらに嬉しくなる。

 その嬉しさも、まだ、信じ切れていなかった私は、チラッ、と着順が表示された電光掲示板を見た。

 一着、スカイアンドホワイト。二着、パレードスター。三着、ラックエイトムーン。四着、トップファンタジー。五着、ナイトマジシャン。ワンダフルブレイバーは、五着以内に入っていないようだ。

 本当に。本当に、私たちが勝ったんだ。

 デビューから、たった三戦。たった三戦で、『一級賞』を制した。

 八番人気。五番人気。十五番人気。どの戦いでも、一番や二番、三番人気に支持されず、それでも一着を取った。人気なんて関係なく一着を取れる、ということを証明してみせた。

 嬉しい。嬉しい。本当に、嬉しい。

 私の瞳から、ポロリと涙が溢れ落ちた。


「おめでとう。そして、お疲れ様」

「アルマールさん!」

「レコードタイムで、一着を取るなんてやるね」

「えっ、レコードタイム?」


 もう一度、電光掲示板の方を見る。そこには『レコード』の文字があった。


「えええええええっ、すごっ⁉」

「……それは、こちらのセリフじゃないか?」


 少し間を置いて「ははっ」と、アルマールさんが苦笑した。


「こちらはおそらく八着だよ。全然、敵わなかった。完敗だ」


 悔しそうにしながらも、アルマールさんの顔には何処か、清々しさ、のような何かがあった。

 そんなアルマールさんの背後から、見知った顔と、知らない顔が現れる。


「うわっ⁉ おっ、おっとっとっとっとっ⁉」

「……危ない、危ない。端っこの方にいたら落ちるぞ。ゴールは人工の浮き島になっているとはいっても、柵がないからな」

「ありがとう、クレナイ」


 見知った顔の方……クレナイが私の手をぎゅっと掴んで、私が転んでしまうのを防いでくれた。


 あれ? でも、なんでクレナイがここに?

 私は疑問に思った。

 いや、クレナイが会場内にいるのはおかしくないけれど、ゴール後とはいえ、コースの方に入ってきちゃダメなんじゃないの? 普通?


「まあ、関係者だから問題はないだろう。たぶん」

「たぶん、って。てか、なんで、私の心の声に返答できたの⁉」

「なんか、そんなことを思っているような気がしたからだ」


 なるほど。私、思っていたことが顔に出てしまっていたのか。もしくは、心の声が本当に声になって出てしまっていたのか、のどちらかだな。うんうん。

 私は首を縦に振った。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ。お前さん、なかなかやるのぉ」

「ありがとうございます……えっと、クレナイ、この人は?」

「このジジイがジャフカだよ」

「ちゃおーっ!」

「ちゃ、ちゃおーっ?」


 なかなか変わったおじいさんだな、と私は思った。


「さっき、あの新聞記者がな、お前たちがゴールしたその瞬間をめちゃくちゃパシャパシャと撮っていたぞ」

「……わあ、スミレさんだ! スミレさんも来てくれたんだ」

「あの辺にいたぞ」


 クレナイが指差した方を向く。そこに、ニコニコと微笑んでいるスミレさんがいた。その隣には、レジェンドコスモの騎手、ライカさんの姿もあった。

 ライカさんも、私たちのことを見に来てくれたんだ……!

 私は、もっと嬉しくなった。


「クレナイ」

「……どうした?」

「ありがとうね」

「べつに、お礼を言われるようなことはしていないぞ」

「したよ。私とお姉ちゃんをこの世界に導いてくれた」

「……ん」


 クレナイは恥ずかしそうに被っていたハットを深く被り直す。

 完全に照れ隠し。そうにしか見えなかった。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ。クレナイよ。お主、良い娘を拾ったのぉ。ふぉ、ふぉ、ふぉ。ふぉーっ、ふぉっふぉっ」

「……ああ、そうだな。あと、ジジイ、一つ良いか?」

「なんじゃ?」

「すまないな」

「はて?」

「お前のパレードスターに一着を取らせてやることはできなかった」

「まあ、ええわい。お前さんとこのスカイアンドホワイトが一着を取ったんじゃし?」


 ジャフカおじいさんはブイブイとピースをした。


「スカイアンドホワイトもやったね! 本当にお疲れ様! ありがとう、ありがとう。感謝しかないよ!」


 さすさすと、スカイアンドホワイトの頭を撫でてあげる。スカイアンドホワイトが気持ち良さそうな目をしていた。


「これからもいっしょに頑張ろうね、スカイアンドホワイト」


 私は、しばらくの間、ニコニコとスカイアンドホワイトを眺めていた。この後行われる、勝利者インタビューの時間も忘れてしまいそうになるくらいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る