20.ここで負けるわけにはいかない

 いつも通り。いつも通り、私たちは、序盤は最後方から行く。

 それがいつものレース。いつもの戦い方。いつもの状況。

 だけれども、今回はちがった。

 私は後ろから気配を感じ取った。


 この気配は――パレードスターとお姉ちゃん……⁉

 どうして、お姉ちゃんたちが私たちよりも後ろにいる?

 パレードスターはたしかに大逃げするような天馬ではない。

 だがしかし、最後方に居座る天馬でもない。

 パレードスターは、序盤は中団グループにいるような天馬だ。十五頭なら、だいたい序盤は八番目か九番目辺りにいるような天馬だ。

 そのパレードスターが、スカイアンドホワイトよりも、後ろにいる?

 どうして。どうして、そこにいる?


 私は、何故か焦ってしまっていた。

 それ以外は想定通りに動いている。ワンダフルブレイバーとアンコールシーフが大逃げをしているし、他もだいたい予想していた辺りの位置についていた。

 けれど、パレードスターだけはちがう。

 お姉ちゃんはいったい何を考えている? 読めない。お姉ちゃんが何を考えているか、さっぱり読めない。

 私たちは、最後方から最強たちを眺めて、追い抜いていくはずだった。

 しかし、その座をお姉ちゃんたちに奪われてしまっている。

 混乱。冷や汗が全身から噴き出した。

 落ち着け、私。現実は、自分のイメージよりも厳しい世界なんだ。イメージトレーニング通りにレースが進んでいくわけがないなんて、わかっていたことだったでしょ、私。

 心配ない。私の調子は乱されてしまったが、私は一人じゃない。今は、スカイアンドホワイトがいる。

 私がダメでも、スカイアンドホワイトが助けてくれる。

 私が狂ってしまっても、スカイアンドホワイトが支えてくれる。

 私を支えることが無理だったとしても、私とスカイアンドホワイトはいっしょに狂うことができる。

 狂わされてしまうなら、いっそ、狂ってしまえば良い。

 普通じゃ勝てない。ここにいるのは、最強たちなんだ。

 だから、私たちは、常識を覆してしまうほどの異常なさまで、最強たちに立ち向かっていく。

 恐れないで、私。大丈夫。きっと、上手くいく。絶対、上手くいく。

 今までは他の最強たちが踊り狂う番だった。

 けれど、今回はちがう。


「今回は、私たちが踊り狂う番だ」


 いつもはまだ力を温存している距離。

 だけれども、今日は、温存なんて、やめだ。

 調子を確認して、エンジンを掛けて。ギアを、上げて。パワー全開。止めるな、スピード。止めるな、躍動。止めるな、興奮。

 力を一点に集中させる。

 狙いは頂点。ブレーキを掛けている暇はない。

 誰が私たちのやり方を決めた。誰が私たちの戦い方を定めた。

 私たちはダークホース。誰にも予測ができない。そういう存在だ。

 日の目を見るその日をただただ追い求めて、ここまで来たんだ。

 心臓の音が激しくなっている。私に、勝てと言っているんだ。

 勝つよ。私たちは、勝つよ。私たちは、私たちなりの戦い方で、勝つ。勝ってやる。

 サァー、サァー、サァー、と追い風が吹いている。

 今が、チャンス。今だけが、チャンス。

 今日は、最後方からじゃない。今日は、いつも通りじゃない。

 今日は、私たちが最強になる日なんだから、いつも通りじゃなくて良い。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 スカイアンドホワイトに合図を送って、全速力で駆け抜けていく。

 一頭、二頭、三頭抜いた。

 デビュー戦や『東アンネリアカップ』のときとはちがう。まだ、前半。スタートして五百メートルの地点で、思い切り、パワーを込めて、突き進んでいく。

 中団グループ。塊。終盤、ここにたくさん天馬が集まってしまうので、この塊を抜こうとするのは厳しくなる。

 それなら、抜けそうなときに、抜けば良い。そのタイミングは今だ。

 まだ、余裕がある。このタイミングで、私たちは中団グループに追いつき、そして、飛び出していく。


 さあ、来たぞ、来たぞ、来たぞ。今日も、【白き小さな勇者】はやってきた。


 道を開けろ。私たちに譲れ。

 侮辱も屈辱も、過去に置いてきた。今、ここにいるのは、紛れもない、勇者たちだ。

 絶望をぶっ飛ばせ。希望を巻き起こせ。私たちの力で。

 もう、過去の弱い私たちはいない。ここにいるのは、最強の私たちだ。

 誰にも止められない。誰が相手だろうと勝ってみせる。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 私とスカイアンドホワイトの心を一つに。

 限界を超えよう。限界を超えて、さらにその先へ。

 速く、速く、速く、もっと速く。

 最強たちに勝つにはどうしたら良い?

 答えは簡単だ。最強たちよりも、速ければ良い。速く、速く、速く、駆け抜けることができれば良い。

 スカイアンドホワイトは技巧派だ。スピードに重点を置いているタイプでも、パワーに重点を置いているタイプでもない。

 頭を使って勝つことが求められるタイプの天馬だ。

 けれど、今日は頭を使うだけじゃ、勝つことは厳しい。とても厳しい。

 なら、今日はあえて頭を使いながら、直感にも任せてみる。頭を使いながら、スピードもパワーも出していくんだ。

 そうするにはどうしたら良い?

 わからない。考えたって、わからない。


 なら、私は――頭を使って、考えないことにする! なるようになれ!


 私たちは、さらに一頭、二頭、三頭、四頭、五頭、と追い抜かしていき、既に、前方に天馬が五頭しか見えない位置にまで追い上げた。


「……うん!」


 勝利を確信した。

 いける、いける。私たちなら、頂点を掴むことができる。

 前向きな言葉が頭の中に浮かんできた。

 ポジティブ。完全ポジティブ。後ろ向きな言葉は、考えない。考えてはいけない。

 何もかもを考えない。

 直感で駆けろ。打算は置いた。

 信じ抜く。私は、スカイアンドホワイトを信じている。

 だから、前へ、前へ。

 現実も幻想もすべて置き去りにして、異次元の世界へ。

 壁を越えよう。その重みを乗り越えて、私たちがその重みとかいう何かを受け止めてあげよう。

 最強という、座。荷が重いでしょう?

 そんな荷が重いポジション、私たちが奪ってあげる。私たちなら、最強という座の重圧に屈することはない。

 さあ、最強たち。全員、その座から引き摺り下ろしてあげる。

 私たちに、その座を譲れ!


「……よし!」


 コースの中間地点。スタートから千五百メートル。そこで、先頭を駆けていたワンダフルブレイバーを追い抜き、ついに、先頭がスカイアンドホワイトに入れ替わる。視界の端に映ったアルマールさんの顔は「そんなバカな⁉」といった顔をしていた。

 まさかの、中盤からの大逃げ。デビュー戦のときは、最後方からの中盤から終盤にかけての追い抜き、という戦法だったはず。それが今回は、中盤で一気に先頭に躍り出てくる、という戦法を見せてきた。あり得ない! 自滅する気か⁉

 とアルマールさんは思っているにちがいない。

 それで良い。それで、良い。だって、その方が何を考えているのかわからない、と思われるから、面白いでしょう?

 私はニヤリと笑った。

 が、その笑みもすぐに崩れてしまう。


「……えっ」


 後ろから、ものすごいオーラが迫ってきているような感覚があった。

 私の口から思わず、呆けた声を出させてしまうそのオーラ。

 そのオーラの正体を、私は知っている。

 そのオーラの正体は――パレードスター、だ。

 パレードスターが、ものすごい勢いでここまで迫ってきている、ような気がする。


 どうして、どうして、どうして⁉


 私は驚きと焦りが混じった気持ちになった。

 これは、完全コピー。完全に、真似をされている。私たちの動きが、完全に、完璧に、真似されているんだ。

 たしかに、お姉ちゃんは今まで、私のことをよく観察し、良いお姉ちゃんになれるようにいつも振る舞っていた。

 私のために。私のために、良いお姉ちゃんであり続けようとしていた。

 だからだ。だから……だから、私の考え、よくわかっているんだ。

 そして、私たちの動きの完全完璧模倣を、このレースでやり遂げようとしている。

 危機意識。本当に最近の私は、危機意識というものを何処かに捨て去ってしまっていた。

 ここ最近の私は、『私たちなら勝てる』、と驕り高ぶって、視界の隅々まで見ようとしていなかったんだ。

 そういえば、あのとき。この前スミレさんと話した、あのとき。私は似たようなことを思っていた気がする。

 私はあのとき、あそこの地点で、何も学ばなかった。何も理解していなかった。危機意識というものを、はっきりと思い出そうとしていなかった。

 いや。お姉ちゃんという存在が身近すぎて、危機意識というものを思い出していたとしても、お姉ちゃんから『脅威』というものを感じ取ることができなかったんだ。

 その結果、今になって、その『脅威』というものを思い知ることになってしまった。


「……ああ、抜かれないようにしないと」


 またぽつりと呆けた声が出た。声も手綱を持つ手も震えている。

 怖い。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 お姉ちゃんに抜かれてしまうことに恐怖してしまう。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 心がべきべきとへし折られていってしまっているような感覚に陥った。

 あれ。楽しくない。楽しいのに、楽しくない。

 おかしい。さっきまで、楽しいと思っていたはずなのに、どうしても、心の何処かに絶望という塊が混入してきて、私の邪魔をしてくる。


「……やめてよ……やめてよ」


 なんて言ってしまうけれど、心に侵食してくる絶望は、止まることを知らない。

 私を苦しませるために。私を泣かせるために。それは、ジワジワと精神を支配していく。

 負けちゃう。負けちゃう……よ。

 涙が出てしまいそうになった。私はそれをなんとか堪える。

 私は、私は……私は、どうすれば良い……?

 俯きかけたそのとき、スカイアンドホワイトが、鳴いた。そして、私の心に溜まってしまった弱さを拭い去るように、限界突破のその先のさらにその先のスピードで駆け始める。


「……スカイ、アンド、ホワイト?」


 スカイアンドホワイトは前しか見ていないようだった。


「……そっか。そうだよね。私は、信じなきゃ」


 ニッと笑う。

 もう、迷いたくない。迷うのは、ここまでだ。

 私はスカイアンドホワイトを信じ抜く。信じて、信じて、勝利を掴み取る。前しか、向かない。


「ありがとう。スカイアンドホワイト。私なら、もう大丈夫」


 私はスカイアンドホワイトに感謝した。

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