19.勇者たちはそこに現れた

 歓声。歓声。歓声。人。人。人。天馬。天馬。天馬。

 緊張。心が熱くなる。燃えてきてしまう。

 勝つのは、一組のみ。これは、頂点を決める戦い。


「ワクワクしてきたね。スカイアンドホワイト」


 スカイアンドホワイトに語り掛ける。スカイアンドホワイトの気合いは充分のようだ。

 ついに『王国記念杯』がやってきた。『一級賞』だから、デビュー戦のときとはちがい、会場は観客で埋め尽くされている。メディアの人もたくさんいる。

 ゾクゾクしてきた。私たちは、ついにやってきたんだ。『一級賞』という頂点を決める戦いに。

 まわりを眺める。

 最強の座を目指しに来た者。最強の座を守りに来た者。

 みんな、最強となって、誰かの英雄となるために、ここにいるんだ。

 全十五頭。十五頭の最強の天馬たちが、この後、大空を駆けていく。

 スカイアンドホワイトも、そのうちの一頭に含まれている。

 スカイアンドホワイトの人気は十五頭中、十五番人気。この会場にいる天馬の中で、一番期待されていない天馬だ。

 デビュー戦のときも、『東アンネリアカップ』のときも、私たちはアウェーだった。

 観客たちやメディアが見に来た天馬はただ一頭のみ。それ以外は視界に入れていないようだった。

 ただ、今回は、ちがう。

 観客たちもメディアも、みんな、一番人気の天馬だけを見ているわけではなかった。

 ここにいる天馬は、強者だ。勝ち抜いてきた者たちなんだ。

 だから、観客たちもメディアも、もちろん騎手も、どの天馬が勝つかなんて、わからない。

 わからないから、すべての天馬をじっくりと見ている。

 あのときとはちがう。アウェーなんかじゃない。

 私たちは、みんなから強者だと認められてここに立っているんだ。

 息を吸う。そして、吐く。心を落ち着かせる。

 もう、あのときとはちがう。スカイアンドホワイトのことを『ダメ天馬』だと思う者は、もうここにはいない。

 十五番人気。人気は最下位だ。最下位。

 けれど、その最下位の人気となってしまった天馬にも注目をしている者がたくさんいる。

 十五番人気。残りの十四頭は、血統も良く、最初から期待され、順調に勝ち続けてきた天馬だ。一見すると、私たちはその天馬たちの踏み台として用意された役――かませ犬のように見えてしまうかもしれない。

 しかし、私たちは強者に勝ち、ここまでやってきた。ここまでやってきたんだ。

 だから――私たちの戦いを見てきた者たちは、もう、私たちをかませ犬だとは思っていない。


「……今度は負けないよ、シャレアちゃん。アタシたちが、絶対に勝つ」

「……お久しぶりです、アルマールさん! 私たちだって、あれからさらに練習を重ねましたから。ええ。私たちだって、負けませんよ!」


 ニッ、と笑い合う。

 そうだ。今回の『王国記念杯』では、アルマールさんとワンダフルブレイバーも対戦相手なんだ。

 デビュー戦では、私たちが勝った。アルマールさんとワンダフルブレイバーは僅差で二着となってしまった。

 だが、そこからの快進撃は止まらなかったらしい。

 私たちが『東アンネリアカップ』を挑んでいる間に、既にアルマールさんたちは三戦もしていた。それほど、アルマールさんたちは悔しかったのだろう。あのとき、期待されていたのに、二着で終わってしまったことが。

 アルマールさんたちは、その三戦のすべてにおいて一着でゴールしていた。未勝利戦で一着。その次に『三級賞』に挑み一着。そして、『二級賞』でも一着を取った。

 その『二級賞』で一着を取ったことにより、『一級賞』、『王国記念杯』への参加に推薦されたらしい。

 ワンダフルブレイバーは、あのときは一番人気だった。けれど、今回の『王国記念杯』では八番人気だ。これも、あのときとはちがう。

 それだけじゃない。アルマールさんの目もあのときとはちがっていた。アルマールさんの目がイキイキとしている。

 勝負を楽しもうとしている顔だ。

 アルマールさんは、あのとき、私たちをたぶん、格下の存在だと思っていた。

 でも、今はちがう。私たちをちゃんとライバルだと認識してくれている。私は、それをとても嬉しく思った。

 本気で戦おう。アルマールさん。

 私はゆっくりとスカイアンドホワイトの背に飛び乗った。


「お姉ちゃんとも、勝負だ! 負けないよ、お姉ちゃん!」

「うん! シャレア、良い勝負にしようね」


 横にいたお姉ちゃんも、今日は、今日だけは、お姉ちゃん、というポジションをやめて、ライバルとなる。

 パレードスターは五番人気。スカイアンドホワイトより、全然、格上だ。

 パレードスターは『一級賞』を既に優勝しているわけだし、場慣れしている。

 とても、手強い相手だといえるだろう。

 もちろん、全員、手強い相手だ。油断なんて、一切できない。

 想像しよう。想像して、私たちがすべきことを考えよう。

 今回参加する天馬はスカイアンドホワイトを含めて十五頭。一番人気の天馬から順に、トップファンタジー、ブルーライトニング、ナイトマジシャン、エンターテイナー、パレードスター、アナザーディメンション、シャイニングベルステイズ、ワンダフルブレイバー、シークレットナンバー、サテライトノヴァ、アンコールシーフ、ゴレット、ピシャ、ラックエイトムーン、そして、スカイアンドホワイトとなっている。

 大逃げするのは、おそらく、ワンダフルブレイバーとアンコールシーフだと思っている。序盤、この二頭が先頭に立って、レースを引っ張っていく盤面になると思われる。

 そして、その二頭に続くのが、ブルーライトニングか。

 中盤辺りからは、エンターテイナー、アナザーディメンション、シャイニングベルステイズ、シークレットナンバー、ピシャが差してくるだろう。終盤近くなると、トップファンタジー、ナイトマジシャン、パレードスター、サテライトノヴァも差してくると思われる。

 ゴレット、ラックエイトムーン。そして、スカイアンドホワイトの三頭が終盤、追い込んでいく。

 これが現状の大まかなレース展開の予想だろうか。

 となると、中団辺りで天馬たちが塊のようになるわけだ。ここを抜けるのは厳しいか。

 いや。厳しいとか厳しくないとかじゃない。私たちは、ここを抜けていく。

【天馬競争】は最近、ベルステイズ王国の隣国、アメリカでも開催されるようになったらしい。トップファンタジー、ブルーライトニング、ナイトマジシャンの三強は、『一級賞』で何度も一着を取っているだけではなく、アメリカでも活躍している天馬だ。その三強に勝つためには、厳しいと思えることも、どうにか乗り越えていかなければならない。


「……簡単には勝たせてくれそうにないね。スカイアンドホワイト」


 私はニヤッと笑った。


「私たちがすべきことは、まず、中団グループから抜けること、だね。ここを上手いこと抜けないと、一着は取れない」


 一着を取らせて、もらえない。

 だから、策を練ろうか。スカイアンドホワイト。


「……そろそろ、時間、か」


 ゲートインの時間。手綱を握り、スカイアンドホワイトに合図を送る。

 五年前の私。あの頃の私はまだ、このワクワクを知らなかった。

 五年前の私。あの頃の私はまだ、このドキドキを知らなかった。

 何かから、逃げて、逃げて、逃げ回り続ける日々だった。

 地獄だ。私は地獄の中にいた。

 その地獄から私は這い上がって、この光景を目の前にすることができている。

 もう、逃げ続けるだけの人生じゃない。


 今は――夢を追って目標を目指すときなんだから。


 逃げるんじゃない。私たちは追うんだ。

 最強を目指すために。最強になるために。私たちは最強たちを追って、頂点を捕まえる。

 今日はチャンスだ。最強になる、チャンスだ。

 偶然。必然。ここまで来たのは、運命?


「どっちでもいいや。楽しめれば、それで良い」


 深呼吸。深呼吸。何度も深呼吸をする。

 三キロメートル。たった、三キロメートルの戦い。

 たった、三キロメートル。だけれど、その三キロメートルは、三キロメートルのようで三キロメートルじゃない。

 私たちは……いや、ここにいる者たちは、この三キロメートルに、すべてを賭けてきた。

 待っているのは地獄か天国か。それは誰にもわからない。

 ファンファーレが鳴る。緊張の瞬間。

 観客たちは、大盛り上がりだ。何人もの人たちが、興奮している。まだか、まだか、とそわそわとしている。

 ゴクリ。私はその様子を見て、口の中に溜まってしまった唾を飲み込んだ。

 ああ、私も興奮しているんだ。感情が身体に表れてしまっている。

 早く、戦いたい。早く、早く、早く、早く、早く、戦いたい!

 最強たちと、戦えるという、楽しさ。最強たちに、認めてもらえる、という名誉。

 ああ、ワクワクする。ドキドキする。

 レースは楽しくなくっちゃ。楽しく、楽しく、楽しく、レースをしてやる。


 さあ、楽しませてくれ、最強たち。さあ、さあ、さあ、さあ、さあ!


 高ぶりは最高潮に達していた。


「スカイアンドホワイト。私ね、きみが相棒で本当に良かったと思っている。きみのおかげで、私は、私のやるべきことを見つけることができた」


 きみのおかげで、私は今、最高な気分になっている。

 きみのおかげで、私も羽ばたくことができた。

 きみと私なら、絶対に頂点を掴むことができる。絶対に、絶対に。

 だから、いっしょに飛ぼう。スカイアンドホワイト――。


「全力で、全速力で、全身全霊を込めて戦って、私たちの生き様を見せつけてあげようか」


 そうスカイアンドホワイトに囁き、お互いを鼓舞させた。

 誰もが、ドキドキしている。誰もが、ワクワクしている。

 熱気。声援。それらが、心をさらに突き動かしてくる。

 期待。希望。全員が、夢を目指して戦っている。

 私たちだって、戦っている。

 ここまで戦ってきた。ここからも戦っていく。

 伝説はあの日始まった。

 あの日から、私は笑顔というものを思い出した。笑顔というものを取り戻した。

 悲しみはもう必要ない。苦しみももう必要ない。私にいるのは、楽しい、という感情。

 その楽しいという感情、はここにある。ここにいっぱい詰まっている。


「さあ、見せつけてあげて! スカイアンドホワイト!」


 ゲートが開き、各天馬が一斉にスタートする。

 頂点を決める戦いが、今、始まった。

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