17.そのままの意味
「……勝負、ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ」
『そのままの意味』が私にはわからない。
『王国記念杯』で勝負をする、ということはつまり、お姉ちゃんは騎手として参加し、しかも、『王国記念杯』に参加することができるほど強い天馬が相棒だということになる。
えっと、待って? それは、あり得なくない?
まず、【逆バニーズハウス】にはスカイアンドホワイト以外の強い天馬は存在しない。というか、【逆バニーズハウス】にいる天馬の大半は【天馬競争】には向いていない天馬だ。そのため、仮にお姉ちゃんが騎手になっていたとしても、相棒の天馬がこの【逆バニーズハウス】にいるはずかない。
それに、『王国記念杯』に参加する騎手は基本的にベテランが多い。私はスカイアンドホワイトとともに『東アンネリアカップ』でレジェンドコスモに勝利した結果、『王国記念杯』に参加することになったけれど、勝利していなければそもそも出られなかったほどのペーペーだ。それは、お姉ちゃんも同じ。お姉ちゃんが仮に騎手になっていたとしても、歴が浅いのだから、本来は『一級賞』の『王国記念杯』に参加することはできないはず。
そして、前提として、お姉ちゃんが騎手になっているはずがない。私は騎手になるために最近まで【逆バニーズハウス】から出ていたわけなのだが、お姉ちゃんはここを出なかった。騎手になるためには、養成学校に入って、天馬に乗るための免許を取り、その後、騎手試験に合格しなければならない。クレナイもお姉ちゃん自身も、お姉ちゃんが騎手になった、なんて一度も私に話していない。
これらの要素から考えてみると、お姉ちゃんが『王国記念杯』に参加する、ということ自体があり得ないはずなんだ。
だけれども、お姉ちゃんは『王国記念杯』で勝負しよう、と言ってきた。
わからない。頭がこんがらがってきた。こんがらがりすぎて、頭が爆発しそうになっている。
「……おい、ちゃんと働いているか?」
「……クレナイ」
私たちの背後からクレナイがやってきた。
クレナイは、天馬を引き連れているお姉ちゃんの様子を見ても、普段通りの表情をしている。
クレナイは、表情をあまり顔に出さないポーカーフェイスができる人間だけれども、それでも、お姉ちゃんの様子を見て、普段通りの表情をできるところには違和感があった。
なんで、不思議に思わないのだろう。
私は、クレナイの目を見た。
「……どうした、シャレア。私の顔に、何か、ついているのか?」
「クレナイは、不思議に思わないの?」
「なんの話だ?」
「お姉ちゃんがね、さっきまで、天馬に乗っていたんだよ? 飛ぼうとしていたの。クレナイは、オーナーとして、それは止めるべきじゃない?」
疑問に思ったことを訊ねてみるのだが、クレナイは無言で私の顔を見ているだけだ。返答はない。
その仕草から、私は、お姉ちゃんが天馬に乗っていることを特にクレナイは変に思っていないのだと理解する。
クレナイからしたら、お姉ちゃんの様子よりも、私の様子の方が不思議、ということなのだろうか。
いや。クレナイの表情から推察するに、今まで黙っていたことをいつ言おうか、という感じのように思える。
私が【逆バニーズハウス】に戻ってから、今までの間に、クレナイとお姉ちゃんは私に言っていないことがあった。きっと、それでクレナイはこんな表情や仕草をしているのだろう。
思い返してみれば、今までのお姉ちゃんの行動には、違和感があった。
お姉ちゃんは、妹の私が大好きな重度のシスコンお姉ちゃんで、いつもいっしょにくっついて行動していた。
だというのに、私が騎手になって【逆バニーズハウス】に戻ってきてから、お姉ちゃんが以前よりも私にくっついてこない。
私は、最近、スカイアンドホワイトと【天馬競争】で一番を取ることに夢中だった。
だから、私からお姉ちゃんにくっついていこうとしない理由はちゃんとあるわけだ。そもそも、私はそんなにお姉ちゃん大好きなシスコンってわけじゃないし。
でも、私がスカイアンドホワイトに夢中とはいえ、以前のお姉ちゃんなら、そこに割り込んでくるくらいの勢いで、シスコン力を発揮してきたと思う。けれど、今はそのシスコン力が控えめだ。
わからないのは、そこ。何故、お姉ちゃんはシスコン力が控えめになってしまったのか、ということ。
そうなってしまった理由はなんなのか。それが、クレナイのこの表情と、お姉ちゃんが天馬に乗っていたことに秘められているのだろう。
「あの、クレナイさん?」
「ん。なんだ?」
「ペリシェちゃん? は、騎手なんですか?」
私が知りたかったことを、私の代わりにスミレさんが訊いてくれた。
クレナイは一瞬、考え込むような仕草を見せてから、口を開く。
「……ああ。そうだが?」
私はクレナイのその返答に驚いてしまった。
お姉ちゃんが騎手?
いや、そんなまさか。だって、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは……私ほど、天馬が好きじゃなさそうだったし。
私はお姉ちゃんをチラッと見た。
「……お姉ちゃんの、相棒は? 騎手ってことは、相棒の天馬もいるはずだし……」
「まあ、ウチにはいないな。ペリシェの相棒は――パレードスターだ」
その名前を聞いて、さらに驚いてしまう。
パレードスターという天馬。その天馬は『王国記念杯』とはまたべつの『一級賞』で、一着を取っている天馬だ。
しかし、そのパレードスターという天馬の相棒は、お姉ちゃんではないことを私は知っていた。
パレードスターのことは、以前調べたことがあるので知っていたわけなのだが、たしかパレードスターの相棒はジャフカという名前の、天馬の騎手としては珍しい、男性の騎手だったはず。お姉ちゃんがパレードスターの相棒なわけがない。
仮に、クレナイの言葉が本当なのだとしよう。すると、わからないことがたくさんある。
どういう経緯でお姉ちゃんは騎手になったのか。どういう経緯でお姉ちゃんはパレードスターの相棒になったのか。
……どうして、クレナイはそのことを私に隠していたのか。
私は今、知りたいことだらけだ。
「前に、私の過去について、話す機会があったら話すと言ったが、これは、私の過去に関係してくることだから、ちょうど良いし、話してやろう」
「えっ、クレナイの過去? 知りたい、知りたい! 聞かせて?」
キラキラとした眼差しをクレナイに向けると、クレナイはいつもの如く、フッとクールに笑った。
「……ジャフカ、という人物を知っているか?」
「パレードスターの騎手の方ですよね?」
「そうだ。私はそいつに拾われて養ってもらったときがあった」
そこでハッとした。クレナイが天馬牧場のオーナーになったのも、お姉ちゃんがパレードスターの相棒になったのも、そのジャフカという人物が関係していたからなのだと、理解したために。
「ジャフカはな、騎手にしては珍しく、ジジイだ。ヨボヨボのな」
「天馬は人間と友好的な生き物ですけど、天馬の中でもユニコーンは男の人を乗せたがらないことが多く、その性質上、天馬の騎手は女の人しか基本的になれないんですもんね」
「ただの迷惑な新聞記者だと思っていたが、なかなか勉強の方はしているようで」
「ありがとうございます~。お姉さん、天馬、大好きなので」
スミレさんがほんわかとした微笑みをクレナイに向けた。
「で、脱線した話を戻すが、ジャフカは騎手でもあり、天馬牧場のオーナーでもあった」
「えっ、なんか、そのおじいさんすごいね」
「ああ。なんかいろいろやっていたジジイだったな。そのジジイに影響されて、私も天馬牧場のオーナーをやり始めた」
「あ、そうか! わかった! そのジャフカっておじいさんが経営している天馬牧場にスカイロードがいて、スカイアンドグレートはそこから譲り受けた天馬だったんだね?」
「……その話、誰から聞いた?」
「メレットさんから聞いたよ?」
クレナイが「ああ、あいつか」といった表情をした。
脈なし。脈なしだね。うん。
残念、メレットさん。クレナイの反応的に、メレットさんはクレナイの中で「ああ、そういえばそんな人いたな」くらいの印象でしかないみたい。
いやぁ~、メレットさんの顔、わかりやすかったんだよなぁ。あれは、明らかにクレナイに恋をしている顔だったね。
でも、それは一方通行の片想いで終わってしまっているのが現状。
まあ、クレナイもそろそろ良い歳だろうし、メレットさんを応援してあげたい気持ちもあるけど。
肝心のクレナイがこれだからね。仕方ないね。
私は「ドンマイ!」とメレットさんに対して思った。あとで、クレナイからのメレットさんの評価を伝えるついでに、慰めてあげようと思う。
「まあ、知っているなら、その説明は省くか。シャレアが知りたいことは、何故、ペリシェがパレードスターの相棒になったのか、ってことだろうしな」
「うんうん」
「で、その理由だが、ジャフカはジジイだ。もう、騎手として働くことができない歳なんだよ。引退だ。だが、まだパレードスターの騎手という役目が残っていた。だから、引退を先送りにするか、誰かが騎手を引き継ぐかしなければならなかった」
「……それで、お姉ちゃんにまわってきた、ってこと?」
「そういうことだ」
クレナイがフフンと笑う。
ドヤ顔。何故か、ドヤ顔をしていた。
「そこまではわかったよ。でも、お姉ちゃんが騎手になった理由がわからない。騎手になれた理由じゃなくて、騎手になった理由が」
私はもう一度、お姉ちゃんをチラッと見た。
お姉ちゃんもクレナイを真似て、ドヤ顔をしている。
前はクレナイのことを嫌悪していたというのに、今では、すっかりとなかよしみたいで。私は、それを嬉しくも思うし、少し、寂しくも思う。
けれど、私はお姉ちゃんほど、シスコン力は高くないので平気だ。私はそこまで重くはない。と、個人的には思っている。
でも、やはり、誰かが自分から離れていくように感じてしまうのは、私の心象的に、よろしくないようで。私の心にぽっかりと穴が開いてしまったような、そんな感じ。そんな感じの、気分になってしまっていた。
「シャレア。……シャレア?」
「あっ、ごめん、お姉ちゃん。私、今、ボーッとしていた?」
心の中が読まれそうだったので、私は取り繕って、自分の気持ちを誤魔化した。下手な取り繕い方ではあったけれど、スミレさんもクレナイもお姉ちゃんも、変には思っていないようだった。
「……さて。ペリシェが騎手になった理由を話すのだが……その前に、シャレア。お前に一つ、私からも訊きたいことがある」
「なぁに?」
「私を――嫌いにならないでくれるか?」
「……どういうこと?」
私の頭の中に、また、ハテナマークが追加されてしまった。
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