転生して憧れの魔法使いになれたけど、そこは異端として処刑される世界だったので、その状況をぶっ壊してやろうと思います。

佐藤長幸

第一章 転生し、憧れの魔法使いへ!

第1話 

 魔法使いに憧れた。

 魔法使いになりたかった。

 

 映画やゲームで見る彼らは、強力な魔法で次々と魔物を倒していく。

 英雄だ。

 

 僕もこんなふうになりたい。

 皆に尊敬されるヒーローになりたい。

 そう思っていたのに。


「なんだ・・・・・・これ?」


 状況に戦慄する。

 目をくり抜かれ、爪を剥がされ、骨を折られた。

 そんな痛ましい姿の女性が、柱に縛られ嘆き苦しみながら焼かれていく。

 肉の焼ける臭いと、絶叫に気が狂いそうになる。


「うっ・・・・・・!」


 思わず口元を押さえながら後ずさると、視界に少女の姿を捕らえた。

 純白の衣を纏い、金色の髪の毛を棚引かせて微笑む。

 

 天使のような少女。


「もしかして、あなたも異端者ですか?」


 怯える僕をあざ笑うように、告げる。


「――審問を開始します」




「うぉおおおおお!」


 ドラゴンの攻撃を躱す。

 大陸最果ての大穴で、僕らのパーティは苦戦を強いられていた。

 一〇メートル近い体躯を振り回し、鉄の鱗を鳴らしながら、灼熱の炎を吐き散らす巨竜。

 その咆吼は天まで届きそうなほどだ。


「くっ! このままではマズい」


 珍しく弱音を吐く勇者。それを励ますように僕はその肩を叩く。


「任せろ。一撃で沈めてやる! 何とか詠唱までの時間を稼いでくれ!」


 それを聞いて勇者は力強く頷いた。


「よし、わかった。頼むぞ相棒!」


 再び巨竜へ向かっていく仲間たち。

 僕は目を閉じて、詠唱を開始する。

 傷つきながらも果敢に攻め入る彼らを思い、強い感情を込める。


「神々の栄光よ。世界の恵みたる天の恩恵よ。混沌を貫く閃光となりて、今ここに悪を切り裂け――千本光剣サウザンド・レイ!」


 瞬間。天を覆うほどの巨大な魔方陣がドラゴンの頭上に出現し、無数の光線がその体を貫いた。


「ギャオオオオオオオオオオオオ!」


 断末魔と共に絶命するドラゴン。消し炭となって虚空に消えていく。

 今ここに世界は救われたのだ。


 皆と目を見合わせる。誰からとはなく拳を突き上げて、歓喜の雄叫びを上げた。


「やったぁあああああああああ!」


 


「はっ!」


 目覚めたのはその瞬間だ。

 見渡すとそこにあるのはダンジョンでも、勇敢な仲間達でもない。

 

 中小企業の年季が入ったオフィスと、怪訝な目を向ける同僚たちだった。

 しまった。昼食の後、微睡みに任せて眠ってしまったのか。

 しかもこの突き上げている拳から察するに、ヤバい寝言を発したのは想像に難くない。

 三十二歳にして一生ものの恥だ。


「お目覚めですか? 阿島あじま係長」


 部下の村上有紗むらかみ ありさが、呆れ顔で話しかけてくる。

 髪の毛先に緩いパーマを掛けた、やや吊り目の美人だ。

 真面目で実直なのだが愛想少なく、ちょっと苦手。


「ご、ごめん。昨日も残業で寝られなかったからつい・・・・・・」

「はぁ。ところで今日先方に持っていく資料、完成しましたか?」


 慌てて時計を確認する。約束の時間まであと少ししかない。


「ごめん。時間までには何とか!」

「・・・・・・はぁ。そうですか」


 有紗は返事とも、ため息ともつかない言葉を発すると下がっていく。

 しまったな。また信頼を失ってしまった。

 どうして僕はこうなんだ。


 僕の名前は阿島悠斗あじま ゆうと。薬品のセールス会社に入社してから一筋十年。

 年功でなんとか一つ昇進したものの、業績はいつも下の下。

 直部下で四歳下の有紗とは、かれこれ一年くらいの付き合いだけど関係が良くない。

 失敗が多いせいで、ばっちり呆れられている。


「うぅ・・・・・・」


 少年時代。映画やアニメ、ゲームの影響で魔法使いに憧れた。

 あの特別な力で皆を救うヒーローになりたかった。


 今だってそうさ。家には魔法に関する資料やグッズが沢山あって、ファンタジー映画も大好きだし、ゲームで選ぶ職種はいつも魔法使い。

 あぁ、三十歳過ぎても童貞なら魔法が使えるというのは嘘だった。畜生。


 もし夢が叶うならば、すぐにでも魔法使いになりたいよ。

 そんなの、出来っこないって知っているけど。


「よし、なんとか資料できたぞ! 見てくれ」

「・・・・・・係長。ここ、誤字です。あと数値もおかしくないですか? 前回のグラフをコピペしてそのままですよね。これ?」

「あっ!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 こんなやり取りが日常茶飯事。彼女からの視線が痛い。

 何とか資料を整えて、社用車へ乗り込む。


「それじゃあ出発するよ」

「はーい」


 助手席に座った有紗が、間延びした返事をする。

 シートベルトを締め、エンジンを掛けてすぐに彼女はスマホを触り始めた。

 仮にも上司が隣で運転しているのに、会話しようとする気がサラサラない。

 

 落ち込みつつも目的地へ向けアクセルを踏む。

 ビルに囲まれた交通量の多い道を走っていると、不意に話しかけられた。


「そういえば係長。お願いしていた例の物品、発注してくれましたか?」

「あっ!」


 しまった。忘れていた。


「・・・・・・嘘でしょ? アレないと困るって何度も言ったじゃないですか!」

「ご、ごめん! 期日までには何とか用意するから!」


 有紗はドン引きした目で見据えてくる。


「あの、お願いですからもう少しちゃんとしてくれませんか? 忙しいのはわかりますけど、周りに迷惑掛けまくりじゃないですか。顧客に頭下げているの、私なんですよ?」

「ご、ごめん。本当に・・・・・・」

「いや上司が部下に何度もペコペコしないで下さいよ。情けなくないんですか。ちゃんとしてくれれば、それで良いです」

 

 信号待ち。話しかけるのも気まずくて、ボーッと窓の外を眺める。

 現実の僕は魔法で世界を救うどころか、部下一人助けられない。

 情けなくふがいない。

 虚ろな目で景色を眺めていると、何かの宣伝だろうか。歩道にプラカードが見えた。


『神を信じよ。悪を滅せよ』


 どこぞの宗教団体だろうか。

 神様か。本当にいるならば、どうして僕をこんな出来損ないに作ったのだろうか。

 恨めしい。

 もしも生まれ変わらせてくれるなら、皆を救えるような、優秀な魔法使いにして下さい。

 そう願っても虚しいだけだが。


 「ふぅ」


 ため息と共に信号が変わる。

 さて行きますかとアクセルを踏み込んだ瞬間。


 天を劈く強烈な爆音と共に、車体が地面から吹っ飛ばされた。


「――え?」


 咄嗟のことに理解が追いつかない。

 爆発? なぜ?

 何も無い道路のハズだ。

 ビルの四階くらいまで飛び上がった車は綺麗な弧を描きつつ、燃えさかりながらアスファルトへと落ちていく。

 あぁ死んだなと理解するより早いか否か。

 

 僕の意識はここで消失した。



「はっ!」


 ・・・・・・って、なんかこの展開、デジャブ。

 ついさっきも眠りから目覚めて、オフィスだったばかりだ。

 そうか。実はこの爆発までが、夢だったのかも。

 まぁそうだよな。いくら何でも突然、車が脈絡無く吹っ飛ぶなんてありえんだろ。


「しまったな。早く資料を纏めなきゃ、有紗にまた怒られる」


 そうパソコンに触れようとして、無い事に気がつく。

 あるのは大きな岩石だけ。


「おう?」


 それにここはオフィスに見えない。

 草が生い茂り、小鳥がさえずり、川のせせらぎが聞こえ、木々の匂いが心地よい。

 

 どう考えても、三六〇度視線をグルグル回しても、ここは森だ。

 しかも深い。

 ちょっとやそっとの森ではなく、何処までいっても緑が広がるばかり。


「ふえぇええええええええ!?」


 何で? どうして? どういうこと? 

 うちの近所にこんな森、ありませんでしたよ?


 しかも服だってスーツじゃない。

 冒険者レベル1が身につけているような、粗末なブラウスにほつれたズボン。

 まるでファンタジー世界に転生したような感じだ。


「どうなってるんだよぉ?」


 状況が理解できず検索しようにも、肝心のスマホがない。

 仕事のリュックも、車も、何もない。

 つまりは森ダンジョンのど真ん中で、初期装備も回復アイテムも無しに立ちすくんでいるような状況だ。


 オーマイゴッド。我を救い給え。


「ってどうすんだこれぇえええ!」


 頭を抱えて叫んでみても、その声は何処にも届かない。

 とにかくこのまま夜を迎えるのは危険だ。

 何とか森を抜けないと!

 混乱する頭で、そう思ったときだった。


 獣の唸り声を聞いたのは。


「え?」


 森の奥から重たい鳴き声と共に、メリメリと木々をなぎ倒す音が聞こえる。

 何だこれ、何だこれはと怯える僕の目の前に現れたもの。

 それは一戸建て並に大きく、マンモスのような牙を左右で六本も蓄えた、巨大な象の怪物だった。


「バモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 そいつは僕の存在を認めると雄叫びを上げ、大地を揺らしながら突進してきた。

 やばい、やばい、やばい!

 アテもなく全速力で逃げだす。

 しかしヤツも諦める様子などなく、縦横無尽に周りの全てを吹き飛ばしながら向かってくる。

 死ぬ。このままだと死んでしまう!


「うぞぉおおおお!」


 一日で二回も死ぬなんて悪すぎる冗談だ。

 夢なら早く覚めてくれぇ!

 懇願するもあぁ無情。一向に景色が変わることなく、これが現実だと突きつけられる。

 どんなに頑張っても二足歩行の僕に対し、相手は巨体の四足歩行。しかも足場が悪いとあってみるみる差が縮まっていく。


「あっ!」


 木の根につまずき、転倒。体中すりむけて痛い。

 象は土煙を上げながらもう目前に迫っている。

 もう駄目だと覚悟を決めると、頭に声が届いた。


『焦らずに右手を前に突き出してごらん』

「――え?」


 どこから聞こえたかわからない。

 ただ、イヤホンで音楽を聴くときみたくクリアに、頭の中へ響いてきた。 

 言われるがまま、藁にもすがる思いで手を出す。


『そのまま意識を集中して、光が魔物を貫くイメージをするんだ』


 脳内で強く思う。

 夢でドラゴンを倒したときの光景を思い返す。


『そうしたら私と共に叫べ』


 象との距離が残り二〇メートルまで迫ったとき、僕は声に合せて唱えた。


陽光の刃サンライト・レイ!」


 すると突きだした手の前に円形の魔方陣が三つ。逆三角形を作って出現し、その真ん中から直径がマンホールほどもある太い、強力なレーザー光線が発射された。

 光線は象の額を的確に貫いて、その巨体を跳ね飛ばし、押し倒す。


「バモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 咆哮を上げ、苦しむ魔物。

 高鳴る心臓を止めるすべもなく、ただ状況を見守る。


 魔物はしばらくのたうち回った後、戦意を失ったのだろう。

 ヨロヨロと立ち上がると森の奥へ引き返していった。


「た、助かった」


 僕は命拾いした安堵感と、魔法を使用した高揚感で感情グチャグチャになりながら息を吐いた。

 頬が紅潮し、熱い。


 魔法・・・・・・魔法だ。

 夢にまでみた魔法だ!

 頬を抓ってみる。痛い。夢じゃない!


「ま、魔法だぁああああ!」


 僕は現状の憂いを全て忘れて、年甲斐もなくとにかく興奮した。

 嬉しい。楽しい。格好いい!


「うわぁあああ!」


 この感覚を忘れないうちにもう一度!

 僕は先ほどのように神経を集中させ、叫ぶ。


陽光の刃サンライト・レイぃいいい!」


 しかし悲しいかな。再び光線が出ることはなく、静かな森の中で聞こえるのは小鳥のさえずりのみだった。

 あれぇ?


『やぁ気が済んだかい?』


 そこで再び、頭に響く声。


「あ、アナタは?」

『アタシはマリー。まぁ話はあとでゆっくりしようじゃないか。まずは日暮れ前に森を抜けておいで』

「抜けるって言っても・・・・・・」


 見渡す限りの密林で、何処をどう行けば良いやら。


『目の前にある木の上をごらん』


 視線を上げると、そこにはリスがいた。

 ドレスのような服を着て、お人形みたいに愛くるしい。

 美味しそうにドングリを頬張りながら親指を立て、クリクリとした目を向けている。

 

『その子についてきな』


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