二つ目の国 -3

 翌日、私とジンさんは例の広場へと情報収集に繰り出していた。寒い。寒すぎる。私はクスウェルに到着してから入手した毛布を体にグルグルと巻き付けたが、どんなに頑張っても寒い。温暖なウユで育った私にとって、ここは地獄も同然だ。



「お前、顔色悪くないか…?」

「え…。」



 寒すぎて顔が青褪めてしまっているのだろうか。私たちが広場に出て来てから一時間が経過しようとしていた。



「具合でも悪いんじゃ…。」



 そう言って、ジンさんは手袋を外して私の額に触れた。その冷たさに身体が震える。だけど気持ち良くもある。そして微かな頭痛に気が付いた。



「お前っ、すごい熱だぞ…!」

「へ…、熱…?」



 そう言われた瞬間、どっと身体の不調を実感してしまった。急に足の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。咄嗟に脇に腕を差し込んでジンさんが支えてくれた。支えてもらっていなければ膝を強打していただろう。



「おい!」

「ごめ、なさ…。」



 何とか謝りながらも、体に力が入らない。こんなに体調が悪かったのか…。全く気が付かなかった…。私はジンさんに抱えられて、何とかホテルへと戻った。



「疲れが出たのかしら。」



 ミナさんは私の額に乗せたタオルを取り替えながら言った。



「ウユを出るの、初めだったものね。」

「はい…。」

「それどころか、こんな風に旅をしたこともないでしょう。無理もないわ。」



 私が横になるベッドの淵に腰掛けると、ミナさんはそっと私の髪に触れた。髪を梳きながら、柔らかく微笑む。私はホテルに戻るとすぐにローブに着替えさせられてベッドに押し込められた。室内は温かくて、布団の柔らかさにホッとした。



「ごめんなさい…。」

「謝ることなんて何もないわ。どうせ明日バンが現れるまで身動きは取れないんだし、いい機会だと思ってゆっくり身体を休めなさい。」

「ありがとうございます…。」



 私は居た堪れなくて布団に顔を埋めた。我が儘を言って付いて来たのに、この有り様だ。元々クスウェルではレースや刺繍を売るのは気候的に難しそうだと思っていたが、この調子では到底無理だ。



「ジンがメグの分まで情報収集してくれるわ。」

「ごめんなさい…。」

「いいのよ。アイツは寒さに慣れてるし、体質的に寒さには強いの。それに私たちの方がずっと大人なんだから。少しは甘えなさい。」



 本音では甘えたくなかった。私はもう大人なんだと思って生きてきた。母親と死別して既に10年。一人で生きてくるしかなかった。それなのにこの旅が決まってからというもの、私はまだまだ子どもだと痛感させられ、気付けばミナさんとジンさんに甘えっぱなしだ。けれど意地を張ってもより迷惑をかけるだけだと大人しく眠ることにした。

 その日の晩、ふと額が軽くなって意識が浮上した。どうやら誰かがタオルを取り上げたようだ。側に人の気配を感じる。誰かは私の前髪を梳くと、そっと頬を撫でた。恐ろしく冷たい手だった。思わずぶるりと身震いすると、誰かはパッと手を離した。そういえば昔、熱を出した時にバンに看病してもらったことを思い出した。あまりにも手つきが不慣れで、看病されている私の方がソワソワしてしまったんだったか。正体を確認したいけれど、熱のせいなのかとても目を開けられそうにない。とその時、不意に額に柔らかい感触がして、軽いリップ音が聞こえた。キスされたんだとすぐに気が付いた。男性経験が乏しい私の頬が一気に熱を帯びる。そんな私を他所に、誰かは水で冷やし直したタオルを私の額に戻すと私の側を離れて行った。手も唇も、恐ろしく冷たかった。誰かの正体を気にかけながらも、私はそのまま眠りに落ちた。

 翌朝目を覚ますと、体調はいくらかマシになっていた。



「おはよう、体調はどう?」



 起きた私に気が付いて、部屋に居たミナさんが笑顔で声をかけてくれた。窓の外は既に明るく、街は活気づいていた。



「昨日よりだいぶ楽です…。」

「そう、よかった。バンが現れるのは今晩の予定だし、夜までまだゆっくりしなさい。」

「はい…。」



 まだ少し頭がぼんやりする。今晩か…。私は布団に身体を沈めた。バンに会えたらまず何を言おうか。私はバンに会ってどうしたいんだろう。



「お腹空いてない? 朝食…いや、昼食? みたいな時間だけど。お腹に何か入れておかないと、良くなるものも良くならないわよ。」



 確かにお腹が空いた。お腹が空いているということは、回復してきている証拠なんだろう。私は頷くと、ミナさんが用意してくれたご飯を食べた。温かくてホッとする。



「昨日はよく眠ってたわね。ずーっと目が覚めないもんだから、逆に心配になっちゃったわ。」

「そんなにですか…?」

「ええ。ジンも何度か様子を見に帰って来ていたみたいよ。あんなでも、心配してるのね。」



 ミナさんはニヤリと笑うと、私がご飯を食べ続けるのを眺めていた。

 そしてその晩、早めの夕食ついでに宿に戻って来たジンさんに状況を聞いた。



「広場の雰囲気は物々しいが、警備はそのままだし野次馬がチラホラいる程度だ。」

「よっぽど警備に自信があるのね。」

「クスウェルはウユに比べてかなり発展しているし、何より過去に一度撃退しているんだろう。自信も持つだろうな。」



 ジンさんはそう言いながら、熱いコーヒーを啜った。どうやらしっかりと食事を摂って、少し睡魔に襲われているようだ。聞けば昨晩もあまり寝ていないらしい。



「そうね。しかも機械を導入されたせいで、あの頃よりも攻略難度は跳ね上がってるわ。なかなか厳しいんじゃないかしら。」

「そっち目線で意見が出てくるとは、さすが元怪盗の相棒だな。」



 ジンさんに嫌味を言われて、ミナさんは少しムッとしていた。



「俺は少し仮眠を取ったら広場に戻る。お前は身体を休めておけ。まだ本調子じゃないんだろう。」



 そう言われて、私は俯きながら頷いた。本調子じゃないどころか、夜にかけてまた熱が上がってきている感じがする。けれど折角のチャンスだ。これを逃す訳にはいかない。何とか平然を装い、ジンさんが広場に戻る際に一緒にホテルを出ることになった。

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