不幸の引き取りアプリ
ちびまるフォイ
幸せは不幸の上に作られている
ぎゅうぎゅうの満員電車。
必死につり革を掴んでいたが足元の注意がおろそかだった。
「いっっった!!!」
思い切りつま先を踏んづけられる。
靴の中で内出血しているのがわかる。
駅について逃げるように電車の外に出ると、
今度は降車してくる人のヒジ打ち、体当たりでふっとばされる。
「なんでこんな目に……」
自分は昔から人より運がない。
よく怪我をする。なんてこの世は不幸なんだ。
「不幸がひとりに集中しすぎなんだよ……。
もっと神が不幸を平等に分散してくれればいいのに!」
神様に祈ってみたが返事はない。
あいつらはいつも未読スルーを決め込む。
そうなったら自分の力で変えるしかない。
逆境をバネに新たなアプリを開発した。
「よし、不幸引き取りアプリのサービス開始だ!!」
不幸引き取りアプリ【UnLucky】。
利用者は自分の身に起きる不幸を誰かに肩代わりしてもらえる。
子どもが怪我をしないか不安な親。
いつもいじめられている陰キャ。
そんな人がアプリを通じて自分の怪我を肩代わりしてもらえる。
肩代わりした人は怪我を自分の身で処理する。
事故や暴力による怪我を引き取れば、
そのぶんの報酬が支払われるという素敵なシステム。
不幸の再分配が行われるのでみんなハッピーだ。
自分自身もアプリに登録。
不幸の引き取り手と複数人契約してストックする。
そして満員電車にまた揉まれたとき。
電車の揺れで他の人が思い切り自分の足を踏みつける。
「痛っっっ……たくない!!」
きっとこのダメージは誰かに再分配されているのだろう。
どっかの誰かが今つま先を痛めている。
もう自分だけが不幸な目に合うことはない。
「ああ、不幸な目に合わないだけで
こんなにも世界は色鮮やかで素敵なのか!!」
意図しないダメージから解放された瞬間だった。
その後もアプリは爆発的な人気を博した。
ただし人気が増えるにつれてある問題も大きくなる。
「社長」
「なにかね」
タワマンの最上階で葉巻をふかしながら秘書の話を聞く。
「アプリである問題が大きくなっています」
「問題とは?」
「利用者に対し、受け取り手不足が続いています」
「むう……。まあそりゃそうだよな……」
アプリの利用者は、不幸を肩代わりして欲しい人が大多数。
お金がもらえるといっても人の不幸を肩代わりしたがらない。
結果、一部の人に不幸の受け取りが集中してパンクしてしまう。
そんな受け取り手不足が大きくなっていた。
「どうします社長? 報酬を増やしますか?」
「バカいえ。そんなことしたら経営が悪化する」
「ではどうしろと?」
「うーーん……」
現在のアプリでは一部の受け取り手が、多くの依頼者をさばいている。
10人の怪我を1人でまかなっているようないびつな構造。
「そうだ。いいシステムを思いついたぞ」
「なんです社長」
「これからは不幸をパスできるようにしよう」
「それがどうして解決に?」
「今は一部の受け取り手に人気が集中している。
だが、受け取り手の中にも不人気のユーザーもいるだろう?」
「まあそれは……。素性が不透明だったり、
信頼値が低いかけだしユーザーもいますし」
「そういう人にも不幸を再分配するんだよ。
人気ユーザーに集中する依頼を、さらに別の不人気ユーザーにパスする。
そうすればますます平等に不幸が分配されるだろう!!」
アプリは大型アップデートを行い「不幸のパス」機能が追加された。
人気の引き取り手は怪我を全部その身で受け止める必要がなく、
抱えきれないぶんはさらに他のユーザーに渡す。
受け取った他のユーザーも同じだ。
受けれれば受けるし、厳しければさらに別の人にパスをする。
依頼を受け取る窓口としての報酬ももらえるし、
最終的に不幸を受け止めた人にも報酬が入る。
「神にも作れない完璧なシステムを構築してしまった。
ああ、ますます神様に近い存在になってしまったようだな……!」
プライベート・ヘリに乗りながら、
自分が買い上げたプライベート・シティを眺めてワインをあおる。
これぞ勝者の眺め。
ますますアプリは広まって、不幸の階層化が進んだ。
町にはホームレスのような人が誰かの怪我を請け負って倒れている。
生きてるのか死んでいるのかわからない人が量産された。
「しゃ、社長……」
「なんだね秘書くん」
「アプリが社会問題になっています。
不幸のパス機能が追加されたことで、
不幸がどんどん下流の人間に集中しています」
「貧乏人が怪我を引き取って、報酬を得ているのだろう?
むしろ富の再分配ができていいじゃないか」
「度を越しています……。外を見てください」
高階層の窓から外を眺める。
人間がちっちゃすぎて、どんな状況なのかよく見えない。
「人気の受け取り手が怪我を引き取り、下に流す。
それを学生や若年層が拾って、また別の人に流す。
最終的には薄まった報酬で、大きな不幸を浮浪者が受け取っています。
これじゃ不幸な人に不幸が集中しているだけです!」
「……なんの問題が?」
「社長っ……!?」
「秘書くん。価値のある人間が健康でいられるのなら、
価値ない人間がボロボロになっても問題ないだろう。
どちらが社会にとって有益かを考えたまえ」
「そうですか……よくわかりました……社長」
「わかってくれたかね。では……うぐっ!?」
腹部に強い衝撃と熱を感じる。
秘書の手元を見た。
赤く染まった刃物が見える。
「社長、あなたは人として最低だ!
こんな世界にしたのに……何も思わないだなんて!!」
「はは。こんな怪我……どこかにいる貧乏な誰かに押し付けるさ」
アプリを起動して怪我を登録する。
引き取り手がすぐに怪我を引き取るかに思えたが、一向にダメージは残る。
「ば、ばかな……なんで……早く引き取ってくれ!!」
「社長。そんな大ダメージ……誰が引き取るんですか?
引き取り手が決まるまでは、その体で受け止めるしかないんですよ」
「くそ……こんな……誰か早く引き取れ……!
私は社長だぞ……誰でもいい……早く……!」
受け取り手がいつまでもタライ回しされて決まらない。
しだいに意識が遠くなり、その場に倒れてしまった。
・
・
・
目を覚ますと、暗い部屋にとらわれていた。
(どこだここは……?)
腹部の怪我はなくなっていた。
遅くなったが誰かに引き取ってもらえたのかもしれない。
手足は動かせない。
目だけが動かせる。
口は……。
(し、舌が……ない!!)
喋られる状態じゃなかった。
暗い部屋の奥から足音が近づいてくる。
「やあ、こんにちは。治療は成功したようだね」
手術着の男がきた。
「次の怪我の依頼がきたよ。
どっかのホームレスがパスしてきた怪我だ」
舌はなくとも声を出して必死に抵抗する。
どうして自分がこんな目に。
「っと、君は初日だったね。失礼、失礼。
君は病院に運ばれてかいがいしく治療された。
四肢の神経を抜き、痛覚を鈍らせて、舌を抜いた。
ここには君のような人がたくさん待機している」
目を凝らしてみる。
暗闇の奥で同じように声にならないうめき声。
「ここは国のあらゆる怪我を受け取る最終処理場。
その土台として君はこれから働くんだ。
これほど光栄なことはない。おめでとう!」
ここが病院の地下であること。
もう自分がここから出られないことを悟る。
「ではさっそく。最初の怪我の引き取りだ」
アプリで契約された怪我が体に押し付けられた。
悲鳴は出せない。流せるのは涙だけ。
医者は優しく最後に付け加えた。
「安心するといい。君の体は薬で強化されているから、けして死ぬことはない」
ああ、これ以上に不幸な人生はあるのだろうか--……。
もう誰も助けちゃくれなかった。
不幸の引き取りアプリ ちびまるフォイ @firestorage
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