第10話 選ばれし者となった日
昼下がりのギルド演習場。試験の合間、観客たちはそれぞれの感想を語り合いながら、用意された休憩スペースへと散っていった。
だがその中には、ひそひそと声を潜める者たちの姿もあった。
「見たか? あの子犬。模擬魔獣を一撃で……」
「いや、あれはちょっと普通じゃない。“強化魔獣”の匂いがしたぞ」
「違法な魔術か、あるいは呪詛か……。あんなに静かで、目つきがあんなに冷たいなんて……」
まるで、アルの“無言の一撃”が静かすぎたこと自体が、何かの不安を掻き立てるようだった。
控室の一角、ティムはアルと並んでベンチに腰かけ、持参したパンをかじっていた。
「……なんか、周りの視線、キツくない?」
「おう。ガン見されてるな。俺、変な顔してっか?」
「いや、してないけど……」
と、そのとき。
「ティム=フロスト君。すまないが、ちょっとこちらへ来てくれるか?」
現れたのは、ギルドの試験担当官の一人。背後には補佐官までついている。
「え……な、なんですか?」
「君の魔獣について、少々確認したい点がある。魔力量、挙動、戦闘時の動き……いささか“規格外”でね」
ティムは目を丸くし、アルがぴくりと耳を動かす。
「なにそれ、疑われてんの?」
「ま、まあ……そういう感じ、かも……」
そのとき、背後から凛とした声が響いた。
「その必要はありません。彼は“共鳴型”の使い手です。念のため、説明させていただきますわ」
ミリア=スノウが、髪を揺らして現れた。隣には光るリーヴルがきらきらと浮かんでいる。
「彼の魔獣が規格外に見えるのは、力のせいじゃなく、共鳴の質のせい。“従わせている”のではなく、“信頼で繋がっている”。それがわからない方々は……まあ、時代遅れということでしょうね」
担当官は言葉を失い、周囲の空気がピリリと凍った。
ティムは、ミリアの後ろ姿を見つめて、小さく呟いた。
「……ありがとう」
「べ、別にあんたのためじゃないわよ。審査が不公平になったら、私まで巻き添えだから。誤解されるの、迷惑なんだから」
と、言いながらも耳がほんのり赤く染まっているのは、見なかったことにしておいた。
その場は静かに収まり、ティムたちは次の試験に向けて準備を始めようとした。
そのとき、掲示板に新たな試験の張り紙が掲げられる。
《最終試験:即席チームバトル形式による総合判定》
「……チーム戦? また?」
ティムが首をかしげた瞬間、ミリアがぼそっと呟いた。
「でも今度は、“即席チーム”……」
アルがうんざりしたように言った。
「また、ややこしい連中と組むことになるな、こりゃ……」
そしてこの予感は、的中することになる。
* * *
午後の陽射しが差し込むギルド演習フィールドでは、最終試験「即席チームバトル」が始まろうとしていた。
参加者たちはくじ引きによって即席チームに振り分けられ、各チームには戦闘評価と協調性を試される任務が与えられる。
ティムのチームは、他の参加者三人と即席で編成されていた。
筋肉自慢の男、策士気取りの少女、そしてどこか気怠げな弓使いの少年。
「おい、あんたが“共鳴型”のテイマーってやつか?」
「……あれが? 噂の子犬テイマー?」
早速、冷ややかな視線と皮肉がティムに浴びせられる。
「僕は、命令して戦うんじゃなくて、魔獣と――」
「命令しないって? 何言ってんの、戦場で命令しないとか、足手まといでしかないじゃん」
少女が鼻で笑い、男は「後ろに下がってろよ」と手を振る。
ティムは口をつぐみ、アルが眉をひそめた。
「おいおい……なんか嫌な流れじゃねぇか?」
そんな空気の中、試験のゴングが鳴り響く。
敵チームとの交戦が始まり、ティムはタイミングを見計らって声をかけようとする。
「ここは、アルと一緒に側面から回って……」
「おい、勝手に行くな!」
だがその瞬間、他のチームメンバーはそれぞれ勝手な動きを始めてしまう。
火力担当の男は突撃、弓使いは高台に駆け上がり、策士気取りの少女はその場に魔法陣を構え始める。
――統率、ゼロ。
敵チームは逆に連携が取れており、次第に形勢が不利になっていく。
「くそっ、あいつ、助けろって命令しなかったじゃん!」
「えっ、そっち回るとか聞いてないんだけど!?」
混乱が広がるなか、ひとりだけ冷静な目でティムを見ていた者がいた。
それが、同じくこのチームに途中参加していたバルゴ=クラットだった。
「おい、ティムって言ったな。……お前、命令しねぇのか?」
バルゴの問いに、ティムはうなずいた。
「うん。命令じゃなくて……“お願いする”って、決めてる」
バルゴは数秒、黙った。
そして、ニッと笑う。
「へぇ……面白ぇな。お前の魔獣……ちゃんと“信じて動いてる”のか」
「アルは、僕の“相棒”なんだ」
「──なら、乗った!」
バルゴが大剣を肩に担ぎ、ティムの前に立った。
「おい、子犬! お前の動き、合わせてみせろ!」
「……任せろ、兄貴!」
残り時間は五分。
ここから、ティムとバルゴ、そしてアルによる“信頼の連携”が爆発する。
* * *
試験が終わったあとのギルド演習場は、熱気とざわめきが冷めやらぬ雰囲気に包まれていた。
観客たちはその日の“異例尽くし”の展開に、驚きと混乱、そして何よりも好奇の目を向けていた。
その一方、演習場の奥――審査本部の控え室では、幹部たちが難しい顔を揃えていた。
「……どう判断すべきか、迷うところだな」
試験責任者のひとりが呟いた。
「魔獣に命令を与えず、なおかつここまでの結果を出したテイマーは、記録上にも前例がない」
「それに、“あの魔獣”だ……」
「見た目は子犬、だが魔力量の密度は、Sランク級にも匹敵する。しかも攻撃の制御が極めて的確で無駄がない」
幹部たちは皆、ティムとアルの行動について語りながらも、一様に難しい表情をしていた。
そのとき、静かにお茶を啜っていた老ブリーダーが、ぽつりと口を開いた。
「……帝国式かと思ったが、あれは違うな」
「帝国式、とは?」
「かつて魔帝国で用いられていた“意識共有型テイミング”だ。魔獣と主が思考をリンクさせる戦術。だが、あの少年のやり方はもっと柔らかい。命令でも同調でもない……“信頼”だよ」
その言葉に、一同が言葉を失う。
「“信頼”……ですか」
「ああ。あの子は、魔獣を“従わせて”はいない。だが、あの魔獣は“彼の意志”を感じ取って、動いている。あれは……まさに共鳴と呼ぶにふさわしい」
老ブリーダーは目を細め、壁越しに聞こえる観客の歓声に耳を傾けた。
「面白い少年だな。あれが……“次の時代”かもしれんぞ」
* * *
試験控室に呼び戻されたティムは、アルと並んで席に座っていた。
幹部の一人が口を開く。
「ティム=フロスト。試験の結果について、審議の結論が出た」
ティムは緊張で背筋を伸ばす。
「君の試験は、極めて異例の事例とされながらも、全種目において高い評価を受けた。特に、魔獣との“信頼に基づいた連携”は、多くの審査員に新鮮な驚きを与えた」
「……はい」
「ついては、君をランクC認定とし、ギルド正式登録テイマーとして認可する」
「……!」
ティムの肩がわずかに震えた。アルが小さく「くぅん」と鳴く。
「そして、君の“共鳴型テイミング”は、今後のギルド教育指針のひとつとして検討されることとなった」
ミリアとバルゴが控室の外から覗き込みながら、顔を見合わせる。
ミリアが小さく呟いた。
「……まったく、ほんとにとんでもない男ね。あんなやり方で合格取るなんて」
「けどよ、あいつのやり方……胸にくるもんがあったぜ」
バルゴがぽんとティムの背を叩いた。
「ティム。お前は、お前のままでいろ。そのままで、どこまで行けるか、見てみたくなったわ」
ティムは顔を上げ、小さく、けれどはっきりと笑った。
この日。
誰にも選ばれなかった少年が、ついに“選ばれる存在”となったのだった。
* * *
夜の王都は静かだった。
喧騒の残響を背に、ティムは宿の屋上に腰を下ろしていた。石造りの縁に手を添え、空を見上げる。
そこには星が広がっていた。無数の光が、誰のものでもない場所から降り注いでくる。
手元には、ギルドから渡されたばかりの《合格証》。しっかりと折りたたまれていたそれを、ティムはそっと開いて見つめた。
「……僕、受かったんだな」
隣にちょこんと座るアルが、ぺろりとティムの手を舐める。
「当たり前だろ。お前がどれだけ頑張ったか、俺が一番知ってるしな」
「ありがとう、アル」
遠くで扉が開く音。振り返ると、ミリアとリーヴルが顔を覗かせていた。
「……やっぱり、ここにいたのね。なんとなく、そんな気がしたわ」
「星が見たかっただけさ。うん、それと……ちょっと考えたくて」
ティムが視線を星空に戻し、ぽつりと口を開く。
「今日の試験、いろんな魔獣たちを見た。みんなすごく強くて、でも……それだけじゃなくて、自分で考えて動こうとしてるって、すごく感じたんだ」
「ふぅん? あんたにしては、鋭いじゃない」
リーヴルが空中でくるりと回転し、ミリアの肩に降り立つ。
「でもね、あの子たち……場所がなかっただけなんだと思う。“育てられる場所”があったら、もっと、もっと輝けるんじゃないかって」
ティムの声は、誰に届くともなく風に溶けた。
「僕みたいな、“誰にも選ばれなかった”子でもさ。誰かと出会って、支えられて、自分の力で歩いていける……そんな場所を作れたら」
その言葉に、ミリアが目を伏せて小さく笑った。
「……ほんと、あんたってバカね。でも、嫌いじゃないわ。そういうところ」
そして、少しだけ照れたように、ティムの横に腰を下ろす。
しばらくの沈黙のあと、ミリアがふいに言った。
「だったら、次に行くべき場所は決まってるわね」
「え?」
「騒がしい村があったでしょう? 魔獣が暴れたって話。騎士団が動いてるって」
ティムは目を丸くした。
「……グランツ村?」
「ええ。あそこには、もうひとつの“答え”がある気がするのよ」
アルがこてんと首をかしげる。
「また大変そうな場所だな」
「でも、“今の僕”になら、行ける気がする」
ティムの瞳が、夜空と同じくらい澄んでいた。
───⋆。゚☁︎。⋆。 ゚☾ ゚。⋆。゚☁︎。⋆───
読んでいただきありがとうございました。
「誰にも選ばれなかった少年が、“信頼”を武器に未来を切り拓く」
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