第14話 旗の下、僕らは歩き出す

 数日間の準備期間を経て、ティムたちはついに王都郊外の丘陵地帯に足を踏み入れていた。


 そこは、かつて王国軍が使っていた軍事施設の跡地。石造りの塀に囲まれた広い敷地と、いくつかの朽ちた建物が点在している。

 兵士たちの訓練所、物資庫、獣舎――いまはすっかり風化して、苔に覆われていた。


「……なるほど。ここ、案外使えそうじゃん」


 バルゴが感心したように腕を組む。


「広さも充分、構造も頑丈。魔獣の居住エリアを整備するには悪くないな」


 ミリアが施設の端に浮かぶ塔に魔力を流し込むと、数十年ぶりに魔導灯がぼんやりと光を放つ。


「うわっ、灯った!」


「ふふ。軍の技術って、やっぱりしぶといわね」


 ティムは、丘の高台から全体を見渡しながら、深く息を吸った。


「ここが、《キズナ牧場》の拠点になるんだ……」


 彼の声に、隣のアルが嬉しそうにしっぽを振る。


「ようやく“居場所”ができるんだな。俺たちだけのな」


 この場所を使うにあたり、王国との交渉はバルゴが一手に引き受けてくれた。

 「魔獣の暴走防止施設」という名目で、使われていない旧軍用地を貸与してもらったのだ。


 改装はミリアが得意の変換魔法で手早くこなし、物資や備品はリーネが物流ネットワークを使って集めてくれた。


「郵便つながりのコネって、意外と役に立つのよ~!」


 リーネは帽子をくいっと上げ、笑顔で運搬魔獣たちに指示を飛ばす。


「こっちの倉庫、食料と医薬品! そっちは毛布と寝床スペース! さあさあ、どんどん動いて~!」


 そして、午後。


 仮設の掲示板の前で、ティムが皆を前に立った。


「……あらためて、今日からここを僕たちの拠点、《キズナ牧場》にします」


 魔獣たち、人間たち、いろんな視線がティムに集まる。


「ここは“ただの住処”じゃない。人と魔獣が支え合って、生きていける場所にしたいんだ」


 静かに、けれど強く――その声は確かに響いた。


「第一の目標は、“魔獣たちに仕事と報酬を与える”こと。それが、自立と誇りにつながるから」


 しばらく沈黙があった。


 だが次の瞬間――


「おーっす! やっと“まともに飯食える場所”できたってことか!」


「働いてもいいけど、俺の寝床だけは日当たり優先な!」


「し、仕事ってなにするの!? 人間の赤ちゃん見てろって言われたら泣くかも!」


 野良魔獣たちが、一斉にざわつき始める。


 だが、そのどれもが笑い混じりの声だった。


 かすかな、期待の色が混じった声だった。


「……よし。じゃあ、はじめようか。僕たちの、“仲間と歩く”物語を」


 風が草原をなで、ギルドの旗が、静かに揺れた。


 


 * * *


 


 夕暮れの空が、オレンジから藍へとゆっくり染まりゆく中、仮設掲示板の前にティムの姿があった。


 ギルド《キズナ牧場》の旗が立ち上がってから、まだ日が浅い。

 だがその歩みは、確かに始まっていた。


「本日より、《キズナ牧場》ギルド、正式始動です! 魔獣の皆さんも、依頼人の皆さんも、ぜひお立ち寄りを!」


 ティムが掲示板の前で、にこやかに呼びかける。

 しかし、道行く通行人たちの反応はまばらだった。


「……あれって、魔獣のためのギルドってやつ?」

「うわ、本当にやる気なのかよ……危ない獣を集めてどうすんだ」


 ひそひそと交わされる声に、ティムは少しだけ笑顔を曇らせる。

 それでも、諦めた様子はない。


 広場の隅に、数体の魔獣たちが集まっていた。

 猫型、鳥型、二足歩行のトカゲ型──いずれも「野良魔獣」扱いされてきた子たちだ。


「……これって、また“利用されるだけ”じゃないのか?」

「人間って、最後には捨てるんだろ。知ってる……俺たち、何度もそうだった」


 小さな魔獣が、鋭く睨みながらつぶやく。


「なあ、ティムのやつは違うって言うけど、ほんとかよ」

「信じたいけど……怖ぇよ。期待するのが、一番怖ぇ」


 その言葉に、ティムは歩み寄って、静かに答えた。


「わかるよ。信じるのって、勇気がいることだから。僕も、昔は誰にも信じてもらえなかった。でも、君たちがいてくれたから、今の僕がいる」


 アルがティムの隣で「わん」と短く吠えた。

 その声に、一瞬だけ魔獣たちの視線が集まる。


「君たちがどんな過去を持っていても、ここでは“仲間”なんだ」


「……口で言うのは簡単だろ」


 猫型魔獣のひとりが、鋭く言い放った。


「だったら、証明してみろよ。俺たちを“捨てない”って、本気で思ってんならさ」


 ティムは力強く頷いた。


「証明するよ。“信じてよかった”って思ってもらえるように、僕たちが“実績”を作る」


 その言葉に、周囲の空気がわずかに変わる。


 だがその瞬間──


「おいおい、なんだこの集まりは。王都のど真ん中で、魔獣の集会か?」


 通りすがりの中年男性が、眉をひそめてこちらを見ていた。


「こんな獣どもが騒ぎ起こしたら、どう責任取るんだ? 子どもだって通る道だぞ!」


「そうだそうだ! 野良魔獣は危険なんだよ! 保護する前に駆除すべきだ!」


 次々と上がる怒声に、魔獣たちの体がびくりと震える。


 アルがティムの前に立ち、威嚇のように唸った。


「やめてください! この子たちは何もしてない! ただ居場所がほしいだけなんです!」


「でも“何かするかも”だろうが!」


 その言葉に、ティムの声が少しだけ震えた。


「人間だって、誰だって……最初は信じてもらえない。でも、それを変えるには、信じてもらえるように努力するしかない!」


 その叫びに、通行人のひとりが「ふん」と鼻を鳴らして立ち去った。


 やがて広場は静けさを取り戻し、残ったのは数体の魔獣と、ティムたちだけだった。


 ティムは振り返り、仲間たちの顔をひとりずつ見つめる。


「だからまず、僕たちが“最初の一歩”を示そう。この場所が“信じていい場所”だって証明するために……“実績”を作ろう」


 その言葉に、魔獣たちが小さく、うなずいた。


 新たな旅路のはじまりだった。


 


 * * *


 


 朝の光が差し込むギルドの食堂に、温かい匂いと緊張感が漂っていた。


「今日はいよいよ、最初の依頼ね」ミリアがカップを傾けながら、淡々と告げる。

「うまくいくといいんだけど……」ティムは小さく息を吐いた。


 《キズナ牧場》のギルド掲示板には、三件の簡易依頼が貼り出されていた。

 一つ目は、隣町までの荷物配送。二つ目は、畑を荒らす鳥獣の見張り。三つ目は、村の子どもたちの見守りである。


 ティムは猫型の魔獣ベルに荷物運び、虫型のミルに畑の見張り、そして鳥型のクーロに子ども見守りを任せることにした。


「初仕事だ、よろしくね」とティムが言うと、三体はそれぞれ微妙に違う反応を見せた。

 ベルはしっぽをピンと立てて「任せて」と胸を張り、ミルは不安そうに小さく羽を震わせ、クーロは「遊ぶの?」と勘違い気味に飛び跳ねた。


 だが、現場では思った以上にそれぞれが奮闘していた。

 ベルは途中で道を間違えたが、村人に声をかけて無事届け先に辿り着いた。

 ミルは大きなカラスに襲われかけたが、最後には自分の羽音で追い払った。

 クーロは子どもにべったり懐かれ、最終的に一緒にお昼寝していた。


 夕方、三体はそろってギルドに戻ってきた。

「ありがとう!」「助かったよ」「またお願いね」——依頼人たちは皆、頭を下げてくれた。


 それを見たティムは、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。


「……これが、“絆”の第一歩だ」


 そう呟いたティムの隣で、アルがふわりとしっぽを揺らした。


 ——だがそのとき、遠くの掲示板に新たな張り紙が貼られようとしていた。

 「登録拒否された魔獣による、暴走未遂事件——」という、穏やかでない文言が。



 

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