第5話 朝のおしゃべり・1
翌朝になり、マサヒデとクレールはホテルのレストランへと、階段を下りて来たが・・・
「クレールさん。あれ」
「あっ」
遠目でもすぐ分かる。
あの特徴的な曲がった角と、大きな羽。
文字通りの赤い髪が、陽を背にして輝いている。
「スティアン伯爵ですよ。私達に用ですかね?」
「だと思いますけど・・・」
優雅に紅茶を飲むスティアンは絵にはなっているが、その本性は昨夜のうちに垣間見ている。指ほどの細さに握り潰され、ぶら下がったドアノブが、脳裏に浮かぶ。
「用がないにしても、挨拶はしておきましょう。あの方は絶対に怒らせたくない」
「はいっ!」
マサヒデは真顔で、クレールはにこにこしながら、襟を整えて歩いて行く。
貴族だから怒らせたくない、というのではない。嫌われたら死ぬ。この女には絶対に勝てない。魔術はマツ程ではなかろうが、肉体的に種族の差がありすぎる。マサヒデ達が全員でかかっても絶対に勝てまい。
緊張しながらマサヒデとクレールが歩いて行くと、スティアンがにっこり笑って手を振った。
「おはよう。良く眠れたかしら?」
「はい。私のような者には贅沢で、夢のような」
ふ、とスティアンが鼻で笑い、
「そんな見え透いたお世辞はいらないわ。あなた、レイシクランの客船に乗って来たんじゃないの? このホテルの部屋が勝てるのは、広さくらいかしら」
「は・・・」
スティアンがソファーの左右をぽんぽんと叩き、
「座って頂戴。レイシクラン様も、楽しく朝のおしゃべりなんて如何かしら?」
「はいっ!」
クレールは喜んで、スティアンの横にちょこんと座ったが、マサヒデは怖ろしい。このスティアンという女には、良くも悪くも子どものような無邪気さがある。それを『かわいい』と取るか『怖ろしい』と取るか。マサヒデは後者だ。
「失礼致します」
綺麗に頭を下げ、雲切丸を腰から抜き、スティアンの横にゆっくりと座る。
ソファーに少し沈んだ感覚があり、ふと隣のスティアンの沈み具合を見ると、大して沈んではいない。自分と同じか、少し重いかくらい。
ソファーの背の向こうに垂らしている大きな羽の分の重さを考えれば、大した重さではないのだ・・・
「・・・何をじろじろ見ているの?」
は! とマサヒデが顔を上げ、
「いや、失礼致しました。その、体重はどのくらいかと思って」
「嫌らしいわね!」
何!? とクレールが前かがみになり、マサヒデを睨む。
「ああいや! そうではなく・・・昨晩、ドアノブを握り潰されましたが」
「ちゃんと修理費は払っておいたわ」
マサヒデは小さく首を振り。
「少なくとも、シズクさん、鬼族並の力はあると見ました。それで、体重は私と変わらなそうに見えます。シズクさんは、何人掛かりでも持ち上がりもしないのに。身体もそんなに細いのに」
スティアンは複雑な顔で、
「細いっていうのは嬉しいけど、喜んで良いのか分からないわね・・・」
「マサヒデ様はいつもこんな感じですよ!」
「そうなの? ふふ。面白いわ」
スティアンが笑顔に戻り、ぱん! ぱん! と手を叩くと、給仕が歩いて来て頭を下げた。
「このお二人に朝食を運んで来て頂戴。私達はここで会話を楽しむのよ」
「かしこまりました」
「ワゴンに山盛りで頼むわ。見ての通り、このソファーには龍人とレイシクランが並んで居るの」
「はい」
給仕が下がって行くと、スティアンが腕を組む。
「それで?」
マサヒデが自分を指差して、
「それでとは、私に何か話せ、と仰っておられるのでしょうか?」
「そうよ! わざわざこんな所に足を運んだ私を、楽しませるのよ!」
「はあ。そう言われましても、私が楽しくても、スティアン伯爵が楽しいかどうかは分かりませんが・・・何かお題を下さいますと助かりますが。それに、私達が何をしてきたか、とかは、大体はご存知なのでは」
「それを含めて、私が聞いても楽しいであろう、という話をしなさい」
ううむ、と唸り、腕を組む。なんと強引な・・・
「ああ。マツさんが苦手な物とか」
「へえ・・・何それ」
「以前、一緒に釣りに行ったことがあるんですが、釣り餌の虫を見て、気絶したことがあります。クレールさんも一緒に来たんですが、泣きじゃくっていたそうではありませんか」(※勇者祭27章 狩りに行こう参照)
クレールがかっと顔を赤くして、次いで真っ青になり、わしわしと腕を拭って、
「や、やめて下さい! もう思い出したくもありません! ああ、鳥肌が!」
マサヒデがクレールを指差し、
「ほら伯爵。見て下さい。クレールさん、自分では死霊術で得意げにぶんぶん虫を使うくせに、本物の虫がすごく苦手なんです」
「あははは!」
「ちち違います! あんな芋虫は無理です!」
スティアンが笑い、クレールが慌てて顔を赤くする。
マサヒデはにやにや笑い、
「まるで小さな子供のように涙を流して泣いていたそうで、とても何百年を生きている者には見えなかった、と当事者は証言しています」
「泣いてません!」
マサヒデが天井を仰ぎ、わざとらしく、
「ええー。それ本当ですかあ? もう陛下には泣いてたって手紙に書いて送ってしまったんですがあ。しまったなあ! 訂正の手紙を送らないといけませんよー」
「くっ!」
「ラディさんと2人で、顔を真っ青にして泣いてたって聞きましたが」
「あははは!」
「く・・・く・・・」
「などという話もありますが、如何でしたでしょうか」
「うふふ。面白かったわ。泣く子も黙るレイシクランのお嬢様も、虫は苦手なのね」
ちらりとスティアンがクレールを見ると、す! とクレールが目を逸らす。
「・・・」
スティアンがにやにや笑いながら、
「レイシクラン様、そういう所が良いのよ。そういうギャップに男は弱いの」
「・・・」
マサヒデとスティアンがくすくす笑っていると、マサヒデを見る視線を感じ、は、とマサヒデが右に立て掛けていた雲切丸を左に置く。
「ん、んんっ」
小さく咳払いして、真面目な目をクレールに向けると、クレールもはっとしてロビーを見回す。
と、マサヒデ達3人の前に、ずかずかと男達が並ぶ。
「何か」
男が腰のホルスターに手を伸ばした瞬間、かつん! とマサヒデの刀の鐺(こじり)がホルスターを下から突き上げた。金具を傷付けないよう、そっと。
「う」
「で・・・何か」
ホルスターを突き上げた者以外の4人は銃を抜いて、マサヒデにまっすぐ向けている。
「動くなよサムライボーイ。降参するか。死ぬか。選びな」
言って、全員がかちりと撃鉄を上げる。
マサヒデが言った男を指差して、
「クレールさん、こんな事を言ってますから、私、動かなくて良いですよね」
「え? 私ですか?」
「スティアン伯爵に格好良い所を見せましょう」
「そうですね!」
瞬間、ばき! と音がして、男達の手が石で包まれてしまった。手の先に丸い石がついて、銃ごと固めてしまったのだ。
「うおっ!?」
重さに驚き、よろめく者、膝をつく者。
「おお! クレールさん、やりますね。これ、良い使い方ですよ」
「鉄砲にはどうしたら良いかなって、ずっと考えてたんです!」
「うんうん。単純に壁を作るだけじゃあ足りませんよね。剣相手にも使えますよ」
すっとマサヒデが立ち上がると、右の男が空いた左手で、もう1丁の銃を抜いた。が、すぐに異常に気付き、ぐ! ぐ! と銃口をマサヒデに向ける。
「む!? 何っ!」
「ふうー・・・サカバヤシ流、練習して良かったですよ」
気付けばマサヒデの刀が抜かれている。
「ぐ! ぐ!」
男が力んで引き金を引こうとするが、指が動かない。
マサヒデは抜かれた雲切丸を戻し、切先の方を見ながら、
「腱を斬りましたから、もう指は動きませんよ。早く病院に行きなさい。うん、瑕はないかな・・・」
「こいつっ!」
「降参するか。死ぬか。選んで下さい」
男は石で固められた右手を抱くようにして立ち上がったが、もう間に合わない。マサヒデの刀が首に当たる。
「選んで下さい」
「・・・」
「クレールさん、他の方々が逃げないように」
「はい!」
ん、と少しクレールが集中すると、男達の周りを死霊術で呼び出された狼が囲む。
「うん、そうですね。蜂だとうるさいし、音で他の皆さんが驚いてしまいます。いや、狼でも驚いてしまいますか。まあそれは置いておいて、さて、どうします」
「くそ・・・俺は下りる。降参するぜ」
「結構。では、あなた達」
マサヒデが身動きの取れなくなった4人の方を向き、
「10数えますよ。10、9、おおっと。数えるだけなので、早くしないとこの刀が・・・」
「殺す気か!?」
「あなたもそのつもりだったのでは? おっと忘れてました。8、7」
「ああ降参だ! 負けだ、負け!」
「ち! 俺も負けだ」
「参った!」
「くそ! 降参!」
「結構」
マサヒデがすらりと雲切丸を鞘に納めると、クレールが「ぱちん」と指を鳴らした。
さらっと男達の手の石が砂になって消え、狼もすっと消える。
「ふふーん! 私達に敵うわけがありませんよねー!」
ぺ! と男が唾を吐くと、にこにこしていたスティアンがむっとして、
「下郎共。私が誰か知らずに来たのね。今回は特別に無礼を詫びたら許してあげる」
「ああん?」
ふわあ、とマサヒデの後ろから影がかかる。スティアンが翼を広げたのだ。
瞬間、ぞくぞくと冷たいものがマサヒデの背中を登ってきた。
「私の頭と、この翼を見て、ぴんとこなかったのかしら?」
「・・・あっ・・・もしかして、龍人族の・・・」
スティアンは無表情のまま、
「本当に気付いていなかったの。じゃあ許してあげる。私、とても寛大だから、1度目の失敗は許すの。2度目はないわよ。今すぐ私の視界から消えて。全員」
「はいーっ!」
男達がどたばたと逃げていった。
「・・・」
スティアンがすっと翼を閉じ、影が消えた。
ふわっと緊張が消え、マサヒデは腰から雲切丸を抜こうとして、はっとした。
(鯉口)
無意識に鯉口を切っていた。
スティアンに見えない角度で、そっと納める。
腰から抜いてゆっくりとソファーに座ったが、右手に刀を置くのが恐ろしくなった。
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