僕が異端って呼ばれるなら、この凡庸な魔法だらけの世界で、それは大した偉業だろうかな?

@Zeroziroro

第1章 十歳の頃の生活

第1話 


 二月、新年が始まってから降り続ける雪の粒は、何も知らない者にとって美しいものだ。

 あちこちへと舞う風は、まるで真の自由を象徴しているかのように感じられる。


 信じられないことに、この小さな吹雪の中、僕は一本の大きな木の下でじっと佇んでいた。

 冬専用の厚手の服だけを身にまとい、手にはランタンを握っている。

 どうしたって辺りは真っ暗で、光がなければ何も見えやしない。


 今回のタイトルは……『ゼロの魔法』にしよう。


 うん、悪くない。

 いや、むしろこのタイトルは最悪だ。

 他人に知られたら間違いなくこう思われるだろう――「魔法も持たないくせに、素人め」と。

 要するに、こうだ――「弱すぎる」。


 まぁいいさ、気にするな。

 

 それにしても、もう何時間もこうしてしゃがんでいるのに、一向に魔法の力なんて得られやしない。

 僕自身、正直あまり期待していなかったとはいえ。


 これはただ、昔聞いたおとぎ話を真に受けているだけだ。

 パロディ? いや、違う。


 自らを鍛え、大いなる自然に身を委ねることで、魔法の力を手に入れる――そんな話だった気がする。

 たとえば、誰かが「水」を属性に選んだとしよう。

 その場合、特別な儀式を行う必要があるらしい。

 確か、滝に打たれながら、表情を変えず、文句も言わず、何も考えずにただひたすら座り続ける……


 (十年間、苔が生えるまで)

 

 いやいや、普通の人間にそんなことできるわけがない。

 証拠に、僕は今こうして雪の魔法を得ようとしているのに、何の進展もない。



 「――うわっ、いたっ!」



 世界の仕組みを理解しようとしていたその時、不意に雪に覆われた地面に誰かが転がり落ちてきた。

 全身を厚手の服で覆った少女だった。


 たぶん、着ている服が大きすぎて動きづらかったのだろう。

 しかし、近くで見てみると、どうやらこの大木の根っこに足を引っかけて転んだらしい。

 彼女の頬と鼻はうっすらとピンク色に染まっている。


 ……風邪を引いている可能性があるな。


 冬の寒さに弱い者にとって、それは人類の宿敵だ。


 「……や、やばい! 重い!」


 この子、一体何キロあるんだ?

 どこからどう見ても僕と同じくらいの年齢、十歳前後にしか見えない。

 なのに、なんでこんなに重いんだ?


 いい質問だ。

 

 結論を言おう――僕にはわからない。

 

 まぁ、どうでもいいか。

 ともかく、こんなことを考えている場合じゃない。

 彼女を木の下に運ぶことはできたし、あとは再びしゃがみ込んで、奇跡が訪れるのを待つだけだ。




     ◇◇




 「……やっぱり、手に入れるのは無理なのか?」


 その通りだ。

 僕は何も考えず、文句も言わず、ただじっと黙っていた。多分、時間にしてもう三時間は経っているだろう。

 だが、結果はどうだ? まったく進展なし。


 さらに言えば、厚着を脱いでみても何の変化もなかった。

 より過酷な状況にすれば、あるいは何かが起こるかもしれないと思ったが……結局、同じことだった。


 いや、実を言うと、僕が厚着を脱いだのは魔法を得るためだけじゃない。

 それ以外にも、もう一つ理由があった。

 そう、その服を、目の前で気を失っている少女にかけてやるためだ。

 

 まぁ、正直どれほどの効果があるかは疑問だけどな。

 事実として、少女は今もなお意識を取り戻していない。


 だが、この場で宇宙に向かって本音をぶちまけてもいいなら、僕は認めよう。

 この少女――本当にお姫様みたいに美しい。


 フードの隙間から覗く前髪は、柔らかな銀色をしている。……気になった僕は、思わず彼女の瞼をそっと開いてみた。


 すると、そこには――まるで朝日みたいな、優しく輝く黄金色の瞳があった。


 正直な話、こんなことを知らない女の子に対してやっているところを誰かに見られたら、ちょっとまずい気がする。

 「ちょっ、怖すぎるんだけど!?」とか、「誰だこいつ? 変態め!」とか、そんな反応が返ってくるに違いない。


 ――いや、大丈夫だ。問題ない。

 誰にも見られていない。



 たとえ……(ワクワクするぅ!)



 ひとまず、このことは忘れるとしよう。 

 こんな寒さの中にいると、「冷たい」という言葉そのものを思い出す。


 まさか、魔王の脅威から世界を救った英雄の血を引く人 間が、こんなにも異常な存在だとは思わなかった。

 いや、つまり……僕の両親は、体内に魔法を宿しているんだ。


 比較するなら、多分、父さんの魔力は母さんほどじゃない。

 彼はどちらかというと、剣を扱う戦士寄りの人間だ。

 だが、彼は剣に魔法を宿らせ、それを振るうことで、かつて仲間たちと共に魔王を討ち果たした。


 もっとも、それはあくまで伝説の話だ。

 聞いたところによると、それが起きたのは十五年前――僕がこの世界に生まれる前のことらしい。


 そして最終的に、世界の英雄となった彼らは、それぞれの道を歩むことになった……

 その中で、父さんと母さんは、一緒に暮らすための土地を買い、そこに家を建てた。


 こんな美しい田舎の村なら、自然を楽しみながら、ゆったりとした余生を送るには最適だろう。


 僕も、何度も魔法の習得を試みた。

 母さんが残してくれた魔導書を片っ端から読んで、学ぼうとした。


 何も間違ってはいなかったはずだ。

 母さんは、かつてSランクの魔導士だった。

 歴史を振り返れば、彼女の美貌と実力に惹かれた男たちが、何度も求婚していたらしい。


――まぁ、いいけどな。


 最終的に、父さんが彼女を射止めたわけだが……その方法が、実に想定外だった。

 ただ単純に――他のどの男よりも、性欲が強かっただけ。


 そして不思議なことに、それが功を奏して、数多の男たちが夢見た絶世の美女を手に入れたのだから、世の中わからないものだ。


 ともかく、どういう結果になろうと、僕はそんな二人の間に生まれた子供だ。

 ……なのに、何も受け継いでいない。


 彼らはよく言っていた。

 『ノウヤル、お前は同年代の中で一番賢い! 魔法がなくても気にするな!』――まぁそれは認める。


 実際、事実だ。

 同年代の奴らと比べても、僕の思考力は抜きん出ている。

 なぜなら、彼らはほとんど何も考えていないからだ。


 だが、それも仕方のないことだろう。

 彼らには、生まれつき魔法があるのだから。

 深く考える必要などない。

 

……それこそが、この剣と魔法の世界における“冷酷な現実”なのだ。



「……あなたは、誰?」



 何であれ、僕が回想に浸っている間に、突然、隣からはっきりとした声が聞こえた。

 間違いない。視線を向けると、あの少女がすでに意識を取り戻していた。

 体はガタガタと震え、唇は完全に冷え切っているのが一目でわかる。


 「グレイシア・ノウヤルです。君は?」


 ――なるほど、実に立派な名前だ。

 元・世界の英雄の家系から授かった名前としては、まあ、相応しいのかもしれない。


 「あ、あたし……ど、どこにいるの……?」


 戸惑いながら、少女はゆっくりと上体を起こした。

 そして、自分の上にかかっている厚手の服に気づいて、不思議そうな顔をしている。


 ――いや、別にそこはいいんだ。


 素直になれ、ノウヤル!


 まあ、確かに僕は名前を覚えるのが苦手なほうだ。

 けど、それでも自分の名前を忘れたことはない。


 これは歴史に刻まれるべき奇跡とも言える。

 そして結論としては――この少女、僕以上に名前を覚えていないんじゃないか?


 「まあ、気にするな。それより……場所についてだけど、ここは不確定な魔法を手に入れるための特別な場所……らしいぞ。いや、少なくとも僕はそう思って、ずっとここにいたわけだが」


 僕はありのままに説明する。嘘偽りなく、正直に。


 「……そ、そうなんだ? えっと……あ、あの……ありがと……」


 「……」


 ――まさかの奇跡が起きた。


 少女は、どことなく気まずそうに、恥ずかしげな表情を浮かべたのだ。

 それから、僕の顔を一度も見ずにそっぽを向いた。

 いや、別に僕も自分の顔がそんなにカッコいいとは思っていない。


 問題は、母さんがよく言っていたことだ。

 「わぁ! わぁ! ノウヤルはお父さんにそっくりで、すごくイケメンねぇ~!」


 このセリフ、たいてい僕が家の手伝いをしたときに飛んでくるんだよな。掃除とか、片付けとか、そういう些細なことをしただけで。

 一見、ありがたい言葉にも思えるが……よく考えると、これって親なら誰でも言うことじゃないか?


 「まあ、いいんだけどな……そろそろ帰る時間だろうし。僕も、これ以上“よく分からない魔法”を待っていても仕方ないしな。

それで、君はどうする? もしよかったら、一緒に来るか?  いや、違うな。どのみち、君は僕と一緒に来るべきだろう?」


 これで、何も間違っていない。

 ……とはいえ、僕はこんなくだらないことで凍死するつもりはない。

 真面目な話、文句を言ってる場合じゃなく、本当にヤバい状況だ。


 実際、僕の体はすでにほとんど凍りつきかけている。

 容赦なく吹きつける風が、この薄着の服を突き抜けて骨の芯まで冷やしていく。

 

 まるで、無数の針の形をした風が、僕の骨をじわじわと突き刺しているような感覚だ。

 ……正直、怖い。


 そろそろ限界だな。

 帰ろう。

 そして温泉に浸かる――それこそが、この世界における最高の楽園だ。


 「……あの」


 「別に無理にとは言わないけどさ。行きたくないならそれでいい。僕は先に行くよ。ランタンは置いておくから、使うといい」


 「……ち、違うの!」


 「ん?  何が違うんだ?」


 「えっと……い、今思い出したんだけど……わ、私の名前……ステラ・コルネリア!」


 ――なるほど。

 真っ赤な顔をして、まるで炎で加熱された鍋みたいに湯気が出そうなほどだった。……いや、爆発するんじゃないか?  これ。


 まぁ、いいけどな。


 表情から察するに、どうやら怒っているらしい。

 そして、それと同時に、何かしらの敬意を示すために自分の名前を名乗った……と、そういうことだろう。


  わかった、わかった。


 「おう、そうか。それはそれは……じゃあな、またどこかで――」


 「ま、待って!  わ、私も行く!」


 「………」


 一歩踏み出した瞬間、彼女はそう言った。

 どうやら、この寒さで思考回路にバグでも起きているらしい。

 おそらく、気温が低すぎて、脳まで凍りかけているのだろう。

 こうして、僕たちはこのよくわからない場所から一緒に立ち去ることになった。


 だが――

 彼女と手を繋いだ瞬間、何とも言えない違和感が走る。

 柔らかく、温かく、脈の鼓動がはっきりと伝わってくる。この感覚、どこかで感じたことがあるような。


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